第14話:“暴食”の記憶と、失われた名の代償
七柱の封印、その第五の試練は《暴食》――
欲望のままに喰らい、壊し、奪い尽くす破壊の象徴。
リオンが手をかざすと、光柱は呻くような低い音を発して軋んだ。
その気配は、これまでの試練とは明らかに異質で、荒々しく、飢えていた。
「……これは、ただの精神試練じゃない。魔力を、直接喰らおうとしてる」
ルシアが警告の声を上げる。
「リオン、あなたの中にある魔力の核まで狙われるわ。もし飲み込まれたら……記憶も、名前さえも失う」
それでもリオンはうなずいた。
「俺はもう……自分を裏切らないって決めた。
この力で、奪うんじゃなくて“与える”未来を手に入れるんだ!」
そう言ってリオンが光の中に身を投じると、世界が暗転した。
黒い泥に満ちた空間。
腐食した大地に立つリオンの前に、“暴食の影”が現れた。
それは巨大な黒い獣のような姿をしており、四肢は溶け、牙は絶え間なく滴を垂らしていた。
『名をよこせ、記憶をよこせ、お前の魔力を、魂を――すべて喰わせろォ……!』
影が吠えると同時に、リオンの体から魔力が強制的に引き剥がされる。
「ぐっ……!? こいつ、本気で“喰いに”きてる……!」
膝をつく。
視界がぼやけ、名前が……思い出せなくなる。
――自分の名前、なんだった?
この世界で、自分が何者だったか……
「違う……俺は……俺は……!」
しかし、声にならない。
何かが消えていく。まるで記憶そのものが、濁流に流されているかのようだった。
そのとき――
“目を閉じるな。立ちなさい、リオン”
誰かの声が、頭の奥で響いた。
それは、ルシアの声。
でも、違う。もっと深く、自分の心の奥にある“真の記憶”――
――「ユーリ」という名前を持っていた、かつての自分。
「……ああ、そうだ……」
リオンは立ち上がる。
「俺は、リオンで……同時に、ユーリだ。
あの日の教室で、魔法を見て心を奪われた。
ルシアさんに出会って、希望をもらった――その記憶が、俺の核だ!」
胸に手を当てる。
そこにあるのは、誰にも奪われない“芯”。
「俺の魔力は、欲望じゃない。
誰かを救いたいっていう“祈り”の結晶なんだよ!!」
その瞬間、リオンの体から黄金の光が放たれる。
暴食の影が叫びながら光に焼かれ、消えていった。
《試練・第五柱“暴食” 克服認定。契約修復進行度71%》
戻ってきたリオンは、苦しげに息を吐きながら、微かに笑った。
「……危なかった……。本当に、名前を忘れるところだったよ……」
ルシアは微笑んで彼を抱きとめた。
「あなたは本当によく戦ったわ、リオン。暴食に記憶を奪われなかった者など、千年でもあなたが初めてよ」
リオンは答える。
「俺には、忘れちゃいけない名前があるから」