第10話:“神の契約書”と、選ばれし者の試練
空は澄み、雲一つない青が広がっていた。だが、ルシアとリオンの向かう先は、晴天とは裏腹の重苦しさを纏っていた。
それが、神との契約が交わされた最初の場所――
かつての神殿《レガシアの環》。
「この地は、千年前、“七柱の契約”が刻まれた聖域。
世界の理を書き換える“神の契約書”が、ここに眠っているわ」
ルシアの言葉に、リオンは息をのむ。
「つまり……ここにある契約を壊せば、世界に再び魔法を取り戻せる?」
「正確には、契約を“書き換える”ことになる。
契約書は、魔法の文明を封じた代わりに『安定と静寂』をこの世界に与えた。
それを覆すには、“正統な継承者”として“神の試練”を受ける必要があるわ」
ルシアはリオンを見つめる。
「リオン。あなたは魔法文明を望む? 混乱を受け入れてでも?」
リオンは強く頷いた。
「俺は……魔法が悪だったなんて、思えない。
ルシアさんが、みんなを救おうとしたその想いを、この目で見た。
その火を、俺が繋ぐ」
その瞬間、神殿の中央に埋め込まれた石盤が輝きを放ち始めた。
《汝、選ばれし継承者よ。七柱の封印を解く意志、此処に示せ》
空から降り注ぐ光の中に、七つの文字が浮かび上がる。
【怠惰】【傲慢】【強欲】【嫉妬】【暴食】【憤怒】【色欲】
「これは……七柱の大罪?」
「ええ。“神の契約”は、七つの罪を象徴する存在と引き換えに、人間から魔法を奪ったの。
それぞれの柱は、契約の守護者となって今も世界のどこかに存在している」
《試練を越えし時、汝に再び“魔法の理”を開示せん》
次の瞬間、石盤から強い光が走り、リオンの体が空間に引き込まれる。
「リオン……!?」
気づけば、リオンは漆黒の空間に立っていた。
周囲は鏡のように光を反射し、どこまでも自分自身が映っていた。
そして、そこに現れたのは――リオン自身の姿をした“もうひとり”。
「お前は誰だ……?」
「俺は“お前の怠惰”だ。諦め、逃げ、見ないふりをしてきた過去そのものさ」
影は言う。
「覚えてるか? 祖父の遺言を無視して、魔導書から目を背けた日。
他人の評価に怯えて、才能を隠して生きてきたこと。
ルシアの力を見て、心のどこかで“無理だ”って諦めた夜を」
リオンは震えた。だが――目を逸らさなかった。
「そうだよ。俺は臆病だった。何もできないって思ってた。
でも、今は違う。逃げる理由がなくなったんだ。
だって……俺には、“継ぎたい想い”があるから!」
その瞬間、影が裂け、光が溢れた。
《試練・第一柱、克服認定。契約修復を一時停止》
リオンは現実世界へと引き戻される。
膝をついた彼を、ルシアが受け止めた。
「第一柱、“怠惰”を超えたのね……!」
リオンは息を切らしながらも、立ち上がる。
「……俺、絶対に七つ全部、超えてみせる」
ルシアは微笑む。
「ええ。あなたならできるわ。――これから始まるのは、“魔法の再誕”そのものよ」