第9話:契約の継承者と、“時を超える魔法”の完成
ルシアの手によって開かれた、かつての弟子・ユーリの研究室。
そこに眠っていたのは、今は亡き彼が残した最後の魔導ノートと、一振りの杖だった。
リオンはその杖を手に取り、魔導ノートをめくる。
ページを追うごとに、頭の奥がじんわりと熱くなる。
「これ……俺の中に、入ってくる……。言葉も、図形も、魔法式も……全部、わかる……!」
驚愕するリオンを見て、ルシアはゆっくりと頷いた。
「やはり、あなたには彼の血が流れているのね。
その杖は、魔力の記憶媒体。使い手の魔力と共鳴し、記録された術式を“継承”する」
「これが、ユーリさんの……!」
リオンの掌に、蒼い光が灯る。
それは、彼の体内に眠る魔法の血脈が目覚めた証だった。
「リオン。今なら“時間魔法”の基礎が扱えるわ。ユーリが遺した魔法理式は、
《因果干渉式魔法》──失われた時間を“再接続”する術よ」
ルシアは黒板の前に立ち、チョークを手に数式を走らせる。
「この世界は、神との契約により“特定の過去”が切り取られている。
そのため、魔法文明が『なかったこと』にされているのよ」
リオンは息をのんだ。
「そんなこと……できるの?」
「ええ。現実を塗り替えるほどの力を持つ“七柱の契約”が存在すれば、ね。
私の処刑も、魔法文明の崩壊も、“神の契約”によって因果から消された」
「じゃあ……それを取り戻せば、魔法は元に戻る?」
「そう。ただし、それは神への反逆でもある。
リオン、あなたは“継承者”として、それでもこの道を進む覚悟はある?」
リオンは拳を握った。
「……ある。ルシアさんが命を懸けて守ろうとしたものを、俺が繋げたいんだ」
その言葉に、ルシアは微笑んだ。
「ならば、今ここに、《契約の継承》を行うわ。
私がかつて交わした“魔法の誓い”を、あなたに受け渡す」
ルシアが掲げた杖の先から、細く光る糸がリオンの胸元へと伸びる。
「継承式、開始――《アーク・インヘリット》!」
光が爆ぜ、地が揺れる。
リオンの体を魔力が貫き、深く根を張るように染み込んでいく。
そしてその瞬間、リオンの脳裏に、過去の記憶が流れ込んだ。
──講義室で笑う少年。ルシアに叱られながらも、必死に式を書き写すユーリ。
──やがて、ルシアの処刑の日。誰にも止められず、彼女を見送るしかなかった自分の姿。
「……あれは、俺? いや……ユーリ……?」
リオンは気づく。
自分の中に眠っていたのは、“魔法の血脈”だけではない。
──魂が、輪廻していたのだ。
リオンは、千年前、ルシアの弟子だった【ユーリ・アーデン】の“転生体”だったのだ。
「俺……ルシアさんに、もう一度会いたかったんだ……! ずっと……!」
ルシアの瞳がわずかに潤む。
「気づいていたわ。けれど、あなたが“あなたとして”この道を選ぶまで、私は言うつもりはなかった」
空間がふたたび震える。
継承は完了した。リオンの魔力は、ユーリを上回る強度で覚醒していた。
「これが……俺の……魔法!」
ルシアは告げた。
「行きましょう。七柱の契約が眠る場所――
神に選ばれし地、《レガシアの環》へ」