第87話 「気にしてませんわ」
…………。
ラミスは祈るしか出来なかった。もう少し待ってみようと考えた。もしかするとミルフィー達が、この北の街迄来る可能性が、まだ僅かに残されているかも知れない。
……そう信じて、ベッドに潜り込む。久しぶりのふかふかのベッドなのだが、やはり頭に不安が過り、ラミスはあまり寝付けずにいた。
──翌朝。
今日もラミスは祈りながら、ミルフィー達の帰りを待つ。……しかし、夕暮れになってもミルフィー達が北の街にやって来る事は無かったのである。
自分の選んだ選択を、後悔するラミス。やはりミルフィーか姉ナコッタ、どちらか一方しか救う事が出来ないのだろうか……。
「……ミルフィー。」
ぽつりと妹の名を呼び、その場に座り込む。ふと振り向くと、そこにはグレミオの姿があった。
…………。
「姫?……泣いているのかい。」
……ぐすっ。
ラミスは自分が今、泣いている事にも気が付いていなかった。そんなラミスの姿を見て、グレミオはおろおろと慌てふためいていた。
「きっ……。」
「気にする事なんて無いさっ。君の様な美しい人はそういないし、俺は気にしない。……そう、俺は気にしないぞっ。うん。」
……?
「一体、何のお話をしてらっしゃいますの?グレミオ。」
そう言うとグレミオは目を反らし、少し歯切れが悪そうに喋り始める。
「えっ?あれ。違ったのかい?俺はてっきり……。ああっ、そうか。この戦争とかの事かな?」
「……てっきり、何ですの?」
そう、聞き返すラミスの顔を見て。グレミオは驚く。
「あれっ?姫。顔の傷が、消えている?」
「……傷?」
ラミスは、昨日の戦いで。凄腕の剣士こと、ゲイオスに付けられた頬の傷を思い出し、頬にそっと手を寄せる。
「?」
……さすさす。
「ねえグレミオ、ちょっと見てくださる?」
自分ではよく分からないので、グレミオに見て貰う為に顔を近付けるラミス姫様。
「わっ、ラミス。ちょっ……。」
何故か、慌てふためくグレミオ。
「……?」
「……あれ?」
「やっぱり。顔の傷が無くなっているよ。」
……さすさす。
正直ラミスは顔の傷など、全く気にしていなかった。幾度となく終わりの見えない戦いの中、多少の傷では動じなくなっていた。
それもその筈である。明日ヘルニア帝国の軍勢が攻めて来るのを、ラミスは知っているからだ。
あの古の怪物、豚を前にして、明日と言う日を無事乗り切れるかどうかさえ、分からないのである。
「?」
……しかし。そんなにすぐに治る事など、あり得るのだろうか?言われて見れば、あの傷はそれなりに深かった。
「……変ですわねぇ。」
ラミスは、頬に手を添えながら首を傾げた。




