第80話 「憂鬱ですわ」
ラミスは走っていた。
セルゲイに何度も挑んでは、敗れ。そしてまた西の村へと走り、そしてまたセルゲイに挑む。
ラミスはそれを、幾度となく繰り返した。気の遠くなる程の時間を、ただひたすら繰り返していた。
その終わる事の無い、苦しい死闘の中。ラミスは何度も死に戻り、そして天井を見上げ。時には涙を流し、ごろごろと転がっていた。
その終わる事の無い、絶望的な状況のさ中。……ラミスはぽつりと呟く。
「……ああ。お次はどんな技を、試そうかしら?」
…………。
何だか、思ったより楽しそうな姫様。
「ふふふ。あの技を使ったら、あの人は一体、私にどんな顔を見せてくれるのかしら?」
ラミスはまるで、デートを楽しむ乙女の様に。楽しそうにわくわくし、ルンルン気分で走るラミス姫様。お弁当を作って、それを見た恋人が一体どんな顔をするのかしら?
……みたいな感じのノリで、技の話をし。鼻歌混じりに、ラミス姫は風の様に草原を駆け抜けて行く。
「らららーですわ。」
……うん。何だかとっても楽しそう。
──ひょこ。
何時もの様に、窓からひょっこりと可愛く中を覗くお姫様。
「……何やら、話をしていますわね皆様。一体、何のお話をしていらっしゃるのかしら?とりあえず中に入りますわ。」
……そそくさ、そそくさ。
─バタン!
「お姉様ー。ラミスですわー。」
──ドカッ!
「たっ、大変です!グレミオ隊長!クリストフ将軍!敵兵がっ、ヘルニア兵がすぐそこまで来ています!」
「むぎゅっ。」
とりあえず、顔面から床に行くタイプのお姫様。
「む、むぎゅう。わっ、忘れてましたわー。」
仮にも一国の姫君である、ラミスを突き飛ばし、酷く青ざめる兵士をよそに。この圧倒的、起き上がりにくい空気の中。一体どの様に起き上がろうかと、必死に悩み考えるラミス姫様。
…………。
えーと、前回は確か。
「不敬ですわー!一国の姫である私を、よりにもよって突き飛ばすなんて。言語道断ですわー、許されませんわー。よって極刑にして、差し上げますわー!」と、兵士に。
姫神拳奥義、十六式プリンセス"肋折り"を決めたのでしたわね。
周りは少々、ドン引きでしたが……。でも掛けられた兵士さんは、何故かとても嬉しそうな表情でしたわ……。
……何故かしら?
「?」
ラミスの頭の上に、ぽよんとハテナマークが浮かび上がる。
恐らく。兵士にとってそれは、何よりもご褒美だったのだろう。
……しかし、もうネタが無い。ラミスはこの圧倒的起き上がりにくい空気の中、今回は一体どうやって起き上がろうか、悩み考えるのだが……。
…………。
……今回は、諦めた。
仕方ないので、
「えへへ、痛いですわ。」
と、ラミスは照れながら起き上がった。
…………。
……?
何かしら?この空気感。うーん。ラミスは首を傾げる。
…………。
シンプルイズ・ザ・ベスト。
どうやら、殿方には単純な方が受けが良い模様だ。
……?
「やはり、ここは姫神拳十七式のフェイスロックの方が、よろしかったかしら?」
…………。
姫様が思ってるより、単純な男性陣であった。




