第32話 「息が持ちませんわ」
ラミスは走っていた。
ツインデール城から北の街までの間には、五つの村が存在している。その村の何れかに姉二人が居る筈なのだ。
……いや、居るに違いない。そう何度も自分に言い聞かせながら、ラミスは走り続けた。
ラミスは先ず北に走り、ツインデール城から一番近くにある東の村まで辿り着く。
辺りを必死で見回すラミスだが、その村には誰も居なかった。
「お姉様ー!!」
大声で呼んでみるが、やはり返事もない。何ヵ所か家の中も確認したが、誰一人見付ける事は出来なかった。
「ここの村の人は全員、北の街に避難した様ですわね……。」
姉二人の姿も見当たらない様である……。ラミスは次の村を目指す為、西に方角に走り出した。
長時間走り続け、ようやく次の村が見え始める。……だがラミスの足が、ふと止まる。
──煙!?
……火の手が上がっている?
嫌な予感がする。……ラミスは考えるより早く走り出していた。
──村が襲われている。
ラミスの、嫌な予感は的中していた。
……姉達は?……村の人は無事なのか?そもそも、敵は何人居るのだろうか?
「……はぁはぁ。」
流石に長時間走り続けた所為なのか、それともこの緊迫した状況の所為なのか……。
ラミスは息を乱し、思考を欠いていた。敵兵の数は?……先ずは、敵兵の数を確認をしなければならない。
ラミスは村に入り、急いで辺りを見回す。
……敵兵の数は、およそ五十人くらいだろうか?ラミスの目に、ふと襲われている一人の村人の姿が映り込んだ。
「ひぃぃぃぃ!」
その村人に、剣を振り下ろすヘルニア兵士……。
──たたたたたたたっ!
「そこまで、ですわ。」
──ドガッ!!
ラミスの飛び蹴りを喰らい、吹き飛ぶヘルニア兵士。
「……ひ、姫様!?」
「ここは私に任せて、貴方は早くお逃げになって。」
ヘルニア兵達は、ラミスの元にぞろぞろと集まってくる。
「…………。」
「なんだぁ、てめぇは……。」
……ラミスは瞬く間に、十数人のヘルニア兵に囲まれてしまう。
──ドガッ!!
「先手必勝ですわ。」
これ以上増えると不味い。……ラミスは先手を取り、とりあえず一番身近に居る兜を装着していないヘルニア兵士に、飛び蹴りを喰らわす。
ヘルニア帝国兵、十数人に囲まれるラミス姫様。絶望的なこの状況、ラミスに一つ利点があるとすれば。
……この麗しいら見た目である。
武器も持たず美しいドレスを身に着けた、うら若き令嬢ラミス。その見た目から誰もが油断し、侮るに違いない。
しかし、それだけで倒せるのなら苦労は無い。ましてや、この場を覆すのは至難の技だろう。……いくらラミスが、あの屈強な戦士ゲイオルグに勝利したと言っても。それはあくまでラミスがゲイオルグ何度も戦い、攻撃を読み切っているからである。
それにラミスには一対一の経験しか、ほぼ無いのである。
……ラミスは今、自分がどれだけ戦えるのかすら分からなかった。
だが先ほど蹴り飛ばした兵士も、むくりとすぐに起き上がる。全くと言っていい程、ラミスの飛び蹴りも、効いてはいなかった様だ……。
だがラミスは、退くわけにはいかなかった。
「……逃げる訳には、参りませんわね。」
ラミスは愛する民を守る為、戦場に身を投じるのだった。




