第22話 「豚さんは一匹で充分ですわ」
「姫様、お話中の所申し訳ありません……。」
体格の良い兵士が一人、姫に話しかけて来る。
「貴方は、確か……。」
その人物は、確かにラミスの記憶にある人物なのだが。……ラミスからすると、それは約三十年近い前のお話である。ラミスは既に、大抵の人物の顔と名前が朧気になっていた。
「この部隊の隊長を務めさせて頂いております、ガルガと申します。」
「……して姫。姫様の護衛が見当たらぬ様子でありますが……。姫様の兵は幾ら程の人数でありましょうか?それで我が軍の状況等は……。」
ラミスは、これ迄の経緯をざっくりと話した。
「かくかくしかじか~しかのこのこのこ~と、言う訳ですわ。」
「ええっ!?」
「そんな……。くっ、既に城が落ちているとは。俺が居ない間に……。は?姫様!?」
そうでしょう、城が落ちてるなんて……。
「……敵兵士を殴り倒して脱出!?」
「うふふ……。お姉様ったら、冗談がお上手ですわ。私、驚いてしまいました。」
「ああ冗談でしたか、そうでしょうなぁ……。姫様の様な可憐な姫君に、その様な……。」
「大変です!!たっ、隊長はどちらに!?」
兵士の叫ぶ声が聞こえ、皆に緊張が走った。この状況からして、あまり良くない知らせに違いないだろう……。そう理解した様に皆、不安げにその一報を聞いていた。
「どうした!?」
ガルガ隊長が駆け出し、話を聞きながら外の様子を伺う。
「敵兵です!……数は、およそ千五百!!」
──千五百!?
その数の多さにに、味方陣営が慌てふためきだす。
「……敵兵が、ヘルニア兵がもうそこまで!?」
「千五百だと!?……こちらは、たったの五十だぞ!」
「姫様……。僅かばかりで恐縮ですが、護衛をお付け致します。メイド達を連れ、北の街へと向かって下され。」
そう言いながらガルガ隊長は、戦地へと赴いた。
「……お姉様。」
「大丈夫よミルフィー、安心なさい。私には古の神々の力が……凄い力が備わっているのよ?……貴方は私が必ず守るから、安心して。」
「……お姉様?」
実際ラミスに宿る神々の力は、戦闘向きとは言えず。この場を凌げる様な力では、決して無かった。……しかし妹ミルフィーを心配させたくないラミスだが、これ位の強がり事しか言えなかった。
ラミスはミルフィーから離れ、敵の様子を探る為に洞窟の外に向かう。
……敵兵は、すぐそこまで迫っていた。
やはり数が違い過ぎる、山の上と言う多少の地の利はあるものの。この圧倒的、戦力差を覆すのは厳しいと言わざるを得ない。
か弱いラミス姫様が倒せる敵の数は、良くても精々四、五人程度なのだから……。
「か弱過ぎますわ……。」
そんなか弱いラミスの想いも虚しく、ヘルニア帝国軍の突撃が開始する。
やはり千五百と言う数に圧され、味方の兵達は次々にやられていった。
「ぐわぁっ!」
尚も敵の攻撃は続き、こちらの拠点を目指し駈け上がってくる。
「ああっ。」
いつの間にかミルフィーも表に出ており、その光景を目の当たりにし悲痛な声を上げる。
──ザシュッ!!
ガルガ隊長の大剣が唸り、ヘルニア兵を斬り裂く。その巨躯から繰り出される斬撃は、一度に五人もの敵兵を屠っていく。
ガルガ隊長の斬撃を見た帝国兵は、一瞬たじろぎ動きが止まる。
「うおおおおお!!」
味方の歓声が上がり反撃へと移り出す。ガルガ隊長の強さは凄まじい物があった。敵兵を次々に斬り裂き、その数は既に百に達していた。
「ガルガ隊長は、こんなにも強い御武人だったのですわね。……もしかして私より、お強いのではないかしら?」
「……え?お姉様今、何と?」
「あら、ミルフィー。お耳が、どちらへお出かけかしら?ガルガ隊長が凄く強いって、お話ですわよ?」
「……勿論です、姫様!」
ミルフィー姫の護衛の兵士の一人が、ラミス姫の質問に答える。
「ガルガ隊長は、我がツインデールでたった五人しかいない"剣豪"の称号を持つ御仁です。その剣豪の中でも最強で、ツインデール公国でガルガ隊長より強い人は。たった二人しか、いらっしゃいません!」
「オオオオオオオ!!」
またもや味方の大歓声が上がる。
「ヘルニア兵が撤退していくぞ!」
歓声が上がり兵達は勝鬨を上げ、口々に勝利を叫んだ。
「やりましたわ、お姉様。」
ミルフィーの喜ぶ姿に、ラミスも安堵し胸を撫で下ろす。
──不意に、何故か敵兵の動きが止まる。ヘルニア兵全てが、同じ方向を見ていた。
……その視線の先には。
──ズシィーン、ズシィーン。
……不気味で、地鳴りの様な音が鳴り響く。
「な、なんですの、この音は……?」
「……地震?」
そして巨大な足音と共に、それは姿を現した。
「ブヒィ!!」
巨大な豚の姿をした化け物、"オーク"だった。
「……何だ、あの化け物はっ!?」
「まるで、古の伝説の怪物じゃないか……。あんな物が存在はずが……。」
その巨大な化け物はズシンズシンと足音を響かせ、ガルガ隊長の元に近付いて行く。
ガルガ隊長は背丈は1大柄で二メートル近くある。ツインデール公国の中でも彼ほど強靭な体と身長に恵まれた者は、そう居ないだろう。
……その化け物"豚"は、ガルガ隊長よりも一回りも二回りも巨大であった。
その恐ろしい姿に皆、恐怖した。……いや、ただ一人を除いては。
「この化け物め!」
ガルガ隊長の大剣が唸り、豚に襲い掛かる。
──ガキィン。
しかし、豚の鋼鉄のような肉体に阻まれ、その分厚い皮膚には傷一つ付いて等いなかった。
「何だと!?」
「ブヒィ!」
──ドゴォ!!
豚の巨大な棍棒の一撃を喰らい、吹き飛ばされるガルガ隊長。
「ガ……。ガルガ隊長?」
……兵達は言葉を失い、倒れて動かなくなった隊長をただ呆然と眺めていた。
……ガルガ隊長が、立ち上がる事は無かった。




