第19話 「私〈わたくし〉の様な非力でか弱い乙女には到底無理ですわ」
……ラミスは、また何時もの様に天井を見上げていた。薄暗い牢の中で一人、冷たい地面の上で横たわりながら、虚ろな瞳で天井をただ見上げていた。
ラミスは背後から槍を持って迫ってくる、敵兵士の姿に気付かず。槍の餌食となり、また牢獄に戻される事となる。
しかし、それは別に構わなかった。本来なら涙を流し転がったり悶えるラミスなのだが。あの様な過酷な現実を、突き付けられては……。流石のラミスも、転がり弱音を吐くのを躊躇った。
自分の事だけならともかく、愛する民達や公国の兵達が傷つく姿は……。ラミスには、とても辛いものがあった。
しかし、今のラミスにはどうする事も出来ないのだ。非力な姫では……。無力な姫君では、誰一人救えないのだから……。
今、自分に出来る事をしなければならない。
「今、自分に出来る事をするのよ。……まずは妹に会いに行く。それの事だけを考えるのよ、ラミス。」
ラミスは自分自身に。……そう、言い聞かせた。
『9132回目』
ラミスは廊下の兵士こと、ゲイオルグとの死闘を繰り広げる。なんとか苦戦しながらも勝利し、先ずは脱出に成功した。
そして、目を瞑り自分に何度も言い聞かせ覚悟を決める。
「心を鬼にするのよ……。今はただ、妹に会う事だけを考えるのよラミス。無力な今の私には、誰一人救う事等出来ないのよ……。」
……そう何度も自分に言い聞かせ、扉を開ける。
そして、目を閉じ何も見ずに走り出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。助ける事が出来ない、非力な姫でごめんなさい。」
……ラミスは涙を流しながら、必死に走り続けた。
……どれくらい、走ったのだろう。
ラミスは無我夢中で走り続け、気が付いた時には遠く離れた東の森まで来ていた。
ラミスは、とりあえず東に向かった。東には友好国であるサイドデール公国がある。
……サイドデール公国は、妹が向かった所であり。妹は今、そこにいる可能性が一番高いと思われる。
ラミスは、一度振り返り後方を確認する。
……どうやら追っ手の兵士などは、見当たらない様である。
安心したのか一気に気が抜け、その場にぺたんとラミスは座り込んだ。
……そしてまた涙をこぼし謝った。
「助けれなくてごめんなさい……。一人だけ逃げてごめんなさい……。」
ラミスは何度も謝った。何度も涙を流し謝り続けた……。
ラミスは暫くしてから、ふと考える。
「……そうですわ、サイドデール公国に援軍を要請すればいいのですわ。」
ラミスはサイドデール公と言う人物を、よく知っていた。ラミスが頼めば、きっと援軍を派遣してくれる。……そうに違いない。
──ラミスがそう信じ、立ち上がった瞬間。
ラミスの背中に激痛が走り、恐ろしい程の寒気が全身を襲った。……足は鉛の様に重く、指もぴくりとも動かない。
そして呼吸すらも出来ず、時間さえも止まってるかの様な感覚に陥っていた。
……それと同時に、恐怖とも言える程の嫌な予感がしたのである。
──ラミスは"それ"を警告と、感じ取った。
もし隣国に逃げ援軍を要請すれば、自分は助かるかもしれない……。まだ生きている人を助ける事が出来るかも知れない。
しかしそれと同時に、何か良くない事が起こりそうな気がしたのである。
そう、例えばこの伝承の力が失われ。この力によって救えるべき筈の人が、もう二度と救えなくなってしまう様な……。
ラミスは隣国には行かず、妹を探すだけなのだと必死に自分に言い聞かせた。
……すると何故か不思議と体の硬直は解け、足が動いたのである。
「落ち着くのよラミス、とりあえず国境にある砦で妹の行方を聞くだけにするのよ……。」
そう、言い聞かせ国境の砦に向かったラミスだが。……その途中の森の中で、何やら人の声が微かに聞こ始めた。
──敵!?
まさか、追ってが!?
慌てて声の主を探す、ラミス。そこには鎧を着た二人の兵士が歩きながら話をしていた。……どうやら、こちらにはまだ気が付いてはいない様だ。
音を立てないように慎重に、この場を離れなくてはいけない。
──そう思った瞬間。
「誰だ?そこにいるのは!?」
……見つかった!?
二人の兵士は槍を手にし、じわじわとラミス姫に向かって歩み寄ってきた。




