第18話 「このラミスが住もうているこの狭間の世こそ、まさに地獄ですわ」
『9131回目』
「……ふふふ。」
「鍵を開けろ!」
不敵に笑い佇むラミス姫の姿を気にする事無く、兵士に鍵を開けさせ王子が入ってきた。
「ふへへへへへへへ……。」
王子は、にやけた顔で涎を滴ながらラミス姫に躙り寄って来る。
「はい、ごきげんよう。」
──ゴスッ!
ブヒィと、いい声で鳴きながら崩れ落ちる王子。
御付きの兵士二人はそれに戸惑いながらも、檻の中から出てきたラミスに斬り掛かる。
だが今のラミスは、それは避けるまでも無かった。ただ兵士よりも速く、剣よりも速く、ラミスが動けば良いだけの話である。
──ドガッ!
蹴り飛ばされる御付きの兵士二名、二人は、もはやラミスの敵では無かった。
もう片方の兵士も倒し、その鎧を拝借するラミス姫様。
「……それでは、お言葉に甘えて拝借しますわ。」
慣れない鎧に手こずりながら、鎧を着て脱出の手筈を整える。
「これでよし!ですわ。」
ラミスは脱出の準備を終え、これでようやく外に出れるのだと期待に胸を膨らませた。
ラミスは、鎧を着たまま廊下へと出る。そして廊下の兵士こと、ゲイオルグに気が付かれない様に自然に歩き扉へと向かった。
扉には鍵が掛かっているので、喋らずに身振り手振りで指をちょんちょんと動かし。
……開けて、開けてをするラミス姫様。
扉の先の仲良し四人組の兵士も、そのまま難無く素通りに成功し。少し歩くと、ようやく外に通じる扉に辿り着いた。
「これでやっと、外に出れますわ!」
……やっと外に出れる、久しぶりの外の景色、念願の太陽の下。
一体何日ぶりの、外なのだろうか?いや、時間にすると一時間にも満たないのだが……。しかし、ラミス姫にとっては少し違うのである。ラミスは同じ時間を何百、何千回と繰り返して来たのだ。ラミスにとって、それは体感的に三十年にもおよぶ長い道のりだった。
久しぶりの外だと……。姉や妹達とようやく会えるのだと。
……ラミスは希望を胸に抱きながら、扉を開けた。
──しかし、"外"は姫が何時も見慣れている美しい外の景色ではなく。
──過酷な現実だった。
「……ううっ。」
そのむせ返る死の臭いと現実に崩れ落ち、ラミスは堪らず嘔吐した。
……夥しい数の死体の山、奴隷の様な扱いを受ける愛する国民達。
ラミスは嘔吐し泣き崩れた……。自分の無力さを嘆いた、愛する民を守れなかった非力な公爵家である事を悔いた……。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……。」
……ラミスは謝った。ただ、ひたすら涙を流し謝り続けた。
……ある程度は理解していた、ある程度は覚悟を決めていた。しかしうら若き姫君に……。ラミス姫には、この現実は重く過酷過ぎた。
「どうして……。どうして人は、この様な酷い事が出来ますの……。どうして……。こんなにも、惨たらしい事が出来ますの。」
ラミスは泣いた……。その涙が、枯れるまで。
……絶望し、動く事の出来ないラミス姫の脳裏に姉達の顔が過る。
「…………。」
「そうよ、ラミス。……まだ姉様や妹達、それにまだ生きている人達がいるのよ。」
「挫けては駄目よ、動くのよ……。そして立ち上がるのよ、ラミス。」
ラミス姫は走り出した、無我夢中となって走り出した。
その途中でラミスの目に、小さな子供に酷い仕打ちをしている敵兵士の姿が映る。
……だが、ラミスはそれでも走った。心の中で何度も何度も子供に謝りながら、ラミスは走り続けた。
──ゴスッ!!
気が付くと、ラミスはその敵兵士を殴り倒していた。
ラミスは今までに出したことの無い、叫び声を上げ敵兵士を殴り続けた。
ラミスのその異様な姿に、周りの敵兵士が気が付き集まり始める……。しかし、ラミスはそんな事など気にも止めなかった。
ラミスは、背後に迫る敵兵士の気配に気が付かず……。ラミス姫の意識はそこで途絶える事となる。




