第16話 「天に帰る時が来たのですわ」
ラミス姫は冷たい地面の上に横たわり、ただ天井を見つめていた。
……そして、今までの全ての戦いを振り返っていた。一体今まで、自分は何回あの兵士と戦い敗れてきたのだろう?一体何回、絶望し泣きながらごろごろと転がったのだろう……と。
その目に涙は無かった。……あるのは闘志。その瞳に宿る物は、燃え滾る熱き闘志だった。
一体、何時終わるのか全く分からない戦いの日々。一体この戦いは何時まで続くのか……。迷う時は確かにあったかも知れない、しかし今のラミス姫の心には……。
その様な迷いなど、一欠片も無かった。
……ラミス姫は、"今日"勝つ気でいた。
──そして、遂にその時は訪れる。
ラミス姫は、何時も呼吸を整え瞳を閉じ精神統一を図っていた。
……しかし、今日は違う。必ず勝つと言う揺るがない信念が姫にはあった。
ラミス姫は何時もの儀式をせずに、そのまま扉を開け放つ。
──ギィ。
その音に廊下の兵士は、気が付き振り返る。
──コツ、コツ。
ラミスはゆっくりと、ゆっくりと歩き出す。
──コツ、コツ。
……緩やかに、そして粛々と。
ラミス姫は何時も、廊下の兵士に背後から飛び蹴りをお見舞いしていた。……だがその様な卑怯な戦いなど、今のラミスには必要無かった。
──コツ、コツ。
廊下の兵士は、姫のその異様な姿にたじろいだ……。
その見た目は、ただ単に麗しい令嬢であるにも関わらず。その瞳は鋭い眼光を放ち、その細い体からは溢れ漂う闘気を放っていた。
──コツ、コツ。
「……貴方のお名前を、教えて頂けるかしら?」
ラミスはこれから最後であろう"死合い"を、共に闘う者として名を尋ねた。
だが、廊下の兵士はその姫の闘気に圧され。……たじろぎ、言葉を失っていた。
「どうしたのかしら?……お名前くらいあるでしょう?」
廊下の兵士は、息を乱しながら答える。
「……ゲイオルグだ。」
「私の名は、ラミスですわ。」
ラミスは緩やかに、身構える。
「……さあ、ラストステージの始まりですわ!」
『9127回目』
ラミスは動いた、その姿は廊下の兵士も……。いや、ゲイオルグも驚く速さだった。
ゲイオルグはラミス姫に向かって、鋭い突きを放つ。ラミスは、それを上半身の軸を少しずらすだけで回避する。そしてくるんと一回転をし兜を掴み、背中に蹴りを放つ。そしてその反動で兜を奪い、高く飛び上がった。
ラミス姫のその姿は、まるで夜空に浮かぶ月の様に弧を描き回転し華麗に宙を舞う。
──ゴスッ!
ラミスの鋭い一撃が、ゲイオルグを襲う。
──ガガガッ!!
ラミスの拳には、以前の様な軽さなど無かった。今のラミスの拳は、その一撃一撃が重く。ゲイオルグの体力を着実に削っていく。
「ガハァ……。」
その威力は、ゲイオルグの顔を見れば一目瞭然だろう。その顔は苦痛に歪み、口の中は切れ既に満身創痍だった。
ゲイオルグは防御に徹するしか方法が無かった。兜が無い今、ラミス姫の攻撃は顔に集中すると決まっている。ゲイオルグは両腕を上げ籠手で、顔を覆い守備を固める。
──ドゴォ!!
「……ぐはっ!」
しかし、その様な付け焼き刃の戦法など。今のラミス姫には、通じる筈が無かった。ラミスは幾度もの死闘の中で、それは既に対策済みなのだから。
ラミスは腹部に鋭い蹴りを放ち、堪らず吹き飛ぶゲイオルグ。
「あら。……ボディが、お留守ですわよ?」
更にラミスは、倒れているゲイオルグに追い撃ちを掛ける。
──ガスッ!
「ぐはぁ!」
もう、既にゲイオルグには攻撃する余裕などありはしなかった。尚もラミス姫の、鋭い一撃がゲイオルグを襲う。
何百、何千……。万に近い、その闘いの日々がラミスを成長させた。幾度も敗れ、幾度も涙を流し。そして終わる事が無いとさえ思われた、この長きに渡る闘いに……。
今まさに"終止符"を、打つ時が来たのだ。
──ゴスッ、ゴスッ!
「ごはぁ!」
ゲイオルグの足はガクガクと震え、既に戦意を消失していた。ラミスは自分に残された力を全て拳に込め、最後の一撃を放つ。
「これで、フィナーレですわ!」
──────────。
一閃!
撃ち抜かれた姫のその拳は。ラミス姫が今までで放った拳の中でも、一番速く、そして一番重い一撃だった。
ラミス姫はくるりと後ろを振り向き、拳を高々に天に掲げる。
それと同時に、ゲイオルグは倒れ地に沈んでいった。
そして、ラミス姫は出口へと向かい歩き出した。
「強敵よ、貴方の屍を乗り越えて行きますわ!!」
ラミス姫の長い……。長い戦いが、ここに幕を閉じた。
ラミスは心の何処かに、少しの寂しさを覚えた。しかし、これでやっと姉や妹に会えるのだ。そう信じ、ラミス姫は希望を胸に扉を開け。
……外に出た。
『夢幻牢獄編』 完結
次回、新章
『古の魔獣と龍の姫』 編 開始!
──ガチャ。
「あら?」
──ガチャガチャ。
「あらあら?」
…………。
「そうでしたわ、鍵ですわ。」
そそくさと、鍵を取りに戻るラミス姫様でしたとさ。……そそくさ、そそくさ。




