思いと共に 【月夜譚No.346】
神社の石階段には、色々な思い出がある。
夏休みに友人と並んで座って食べたアイスキャンディ。甘酒を飲んで温まった足で下りた初詣。七五三の時に親に注意されつつも晴れ着で駆け下り、残り数段で躓いて転んで酷く叱られたこともあった。
どれも私にとって大切な記憶だ。その中でも感情が色濃く残っているのは、高校二年生の終わりである。
あの日は卒業式を終えた先輩を部室に呼び出し、なけなしの勇気で告白をした。けれど、残念ながら先輩には他に好きな人がいたらしい。
振られたショックで意気消沈し、ふらつく足取りで学校を出たところまでは覚えている。しかし何処をどう歩いたのかは記憶になく、気がついたらこの神社の前にいた。
落ち込んだ気持ちのせいで足が重く、やっとの思いで石階段に腰を下ろした途端、両目から涙が溢れた。ここは周囲に住宅街しかなく、祭りなどの行事がない限りはあまり人も通らない。そんな静かな場所で、私は静かに泣き続けた。傾いた夕陽のオレンジが、厭に淋しくて切なくて、けれど綺麗だった。
あの先輩は、今頃何処で何をしているのだろう。
背後から風が吹き、伸ばした髪が神社に吸い込まれるように靡く。
あの時の気持ちをここに置いていこうと思ったが、どうやらそれは私の心に居座り続けるらしい。
私は今一度石階段とその先に立つ鳥居を見上げ、キャリーバッグを転がしてそっと背を返した。