第1話 手汗。
「エメリーヌ、あなた本当に庭師になるつもり?」
屋敷には専属の庭師がいる。いい仕事をする。
四季折々の花々が咲き乱れる庭園は風通しもよく、くつろげる。エメリーヌはかぶっていた麦わら帽子と柔らかな革製の手袋を取って、隣の椅子に座る。
「ええ。おばさまの所のマルクさんのようになるまでは、あと50年ぐらい修業が必要ですけどね。うふふっ。」
ライラックがこんもりと咲いている。
目を細めてそれを眺めている私の姪っ子は、まだ21だというのに、結婚もせずに毎日のようにこの庭に来ては庭師のマルクと土いじりの日々。
ほんのりと日に焼けている。兄に似たきれいな金髪はきっちりと三つ編みされている。
小さい頃からここに出入りしている。もちろんこの子の家の屋敷にも庭はあるが、エメリーヌ曰く、
「整い過ぎていて面白味が無い。」
のだそうだ。まあ、確かにきっちりと整えられた、遊び心のない庭園だ。兄の性格だろうな。
ガゼボでお茶にする。
この子が焼いたハーブ入りのクッキーが添えられている。
「ねえ。あなたの気にしていることなんて、大したことないんじゃないの?」
「・・・・・」
「気の持ちよう、じゃないのかしら?誰しも緊張したりしたら手に汗ぐらいかくものよ?」
「それは…そうかもしれませんが…。」
そう言いながら、ハンカチを握りしめる。
「追い詰める気はないのよ?誤解しないでね。ただ、女一人で生きていけるほどこの社会は甘くないのも現実なの。」
「・・・・・」
小さい頃から手汗が他人より少し多かったエメリーヌは、子供が集められたお茶会で、一緒に遊んでいた男の子に
「なんだ?お前の手、びちゃびちゃで気持ち悪い!」
と、心無いことを言われたらしい。
その頃、家庭教師に来ていた女に、教科書をわざと濡らしているんだろうと叱られたのも重なってしまった。
・・・それ以来、ハンカチと手袋は手放せない。
緊張すればするほど、手汗はひどくなるらしい。しかも、そんなことがあったから、知らない人があまり得意ではない。
学院も、植物学を専攻したアカデミアでも、この子は手袋をしたままだった。
社交の勉強はもちろんしたが、社交界に出たのはデビューの時、一度きり。
縁談も来たが…。学院で何かあったのか、同世代がことに苦手みたいだ。
さっさといろいろなことを諦めて、うちの庭師のマルクの弟子になった。もう2年になる。兄も諦めたようだ。
「おばさま?私、庭師協会の正式会員に登録できましたの!ゆくゆくはマルクさんのような専属庭師になって、庭園管理を任されたいです。もちろん、勉強は続けますが。」
そう…。まあ、いろんな生き方があるわよね。
風に、ライラックの香りが運ばれてくる。春ねえ…。




