序―2『少女』
とある建物の一室で、少女が一人、椅子に座ったままうたた寝をしてい。
コックリコックリと船を漕ぎながらも、けして倒れないのだから、何とも器用である。
一つの束ねてある金色の髪が動きに合わせて揺れていた。
「おーい、サラー!」
呼ぶ声がして、少女は弾かれるように椅子から立ち上がった。急に意識が覚醒したことで動悸が激しく脈打つ。
一瞬、状況が掴めていないように辺りを見回して、直ぐ様「しまった!」といわんばかり表情に表情を歪めた。
「サラー、ちょっと来てくれないかー?」
呼ぶ声は階段の下から聞こえてくる。同時にガンガンと何か作業をする喧騒も響いてきた。
「は、はぁーい!今行きます!」
上擦った声で返事をして、サラは一階への階段を駆け降りた。
一階はフロア全体が工房のような造りになっている。部屋の真ん中では中年男性が一人、黙々と作業に打ち込んでいる。
「ユリーさん、お待たせしました!」
飛び込むようにサラが一階に降りてくると、男は手を休め顔を上げた。
「おお、来たか。…どうした?そんなに息切らせて」
「いえ、ちょっとボーッとしてまして」
嘘は言っていない。まさか居眠りしてましたと正直に言える訳がないので少々言葉を濁してはあるが……
彼、ユリーはサラが助手として働いている此処『魔具商工店アクエリア』の店主である。
魔具とは、物質に魔法を込めて道具として加工した物のことを指す。
例えば、光の術を込めれば暗闇を照らす灯りとして、火の術を込めれば暖房器具として、それぞれ用いることができる。今日においては、日常の生活から技術の最先端まで様々なところで魔具が使われており、文明の発展とは切っても切り離せない存在である。
そして魔具を作る技術を持ち、それを生業としている人々のことを魔技師と呼ぶ。
ユリー自身も少しは名の知れた魔技師である。国家からの要請で魔具を手掛けることも少なくない。
「実は、これから魔具の点検頼まれてるんだけど…。少し作業が立て込んでてね」
ユリーは目線だけで現在作業中の魔具を指してみせた。テーブルの上には大きな鉱物のような塊がこれ見よがしに置かれている。
「大きいですね。コレ何の魔具ですか?」
「町の灯台の光の源だよ。今朝方急に調子がおかしくないなったらしい」
「ヘェー、始めて見た」
「日没までにどうにかコレを直さなければならないのだが……どうやら、かかりっきりなってしまいそうなんだ。そこでだサラ、私の代わりに点検に行ってきてくれないか?」
「え?…私が行ってもいいんですか!?」
ユリーの助手として働いてはいるが、サラは“まだ”魔技師ではない。所謂見習いといったやつだ。
「まぁ、光灯の故障だし、そこまで難しくは無いだろうからね」
「行きます。ぜひとも行かせてください!」
サラはユリーのことを尊敬している。いつか彼のような一人前の魔技師になりたいと日夜努力も怠らない。
今までユリーの補助として仕事に出向いたことはあったが、こうして単独で仕事を頼まれるのはこれが始めてだ。
ユリーの元で働き始めて2年、努力が確実に実っていることを実感できる。喜ばずにはいられない。
「おお、良いやる気だな。頼むぞ看板娘」
「ハイ!では行ってまいります!」
ビシッと背筋をを伸ばして、サラは敬礼の真似事をして見せた。
――此処は永世中立国エルカ、産業の町アール。
今、世界の情勢は大きく荒れていた。属に言う戦乱の世というやつだ。毎日どこかの国で戦火が上がり、外戦・内乱見境なく争いが絶えず勃発している。
きっかけはもう50年以上も前。日頃から対立関係にあった二つの大国が戦争を始めたことから始まった。
二国の力は拮抗しており、次第に戦いは長期化していった。二国の同盟国も次々に参戦し、更には資源をもとめ近隣の国を次々と支配下に置いていった。
こうして戦争の波紋は世界中へと広がっていった。後に第七次世界大戦といわれる戦争である。
そんな乱れた世界の中で、エルカはとても平和な国だった。
サラは孤児だった。町の入り口に捨てられていたところを今の両親に拾わた。以来、この場所で育ち、暮らしてきた。
自分の生まれも本当の親のことも知らない。しかし寂しいと思ったことは一度もない。
自分にはちゃんと家族がいるし、何にも代えがたい平和な日常がある。今でも十分に幸福なのだから。
「さて、お仕事頑張りますか!」
溌剌とした表情でサラは店をあとにした。
町の中央にある時計台からは三時を告げる鐘の音が鳴り響いていた。
――選択を迫られる少女
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