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20・皇子と葵翠を解き放つ


 菫花殿に戻ってきた夜鈴は、なんとなく気分が沈んでいた。

 きのうまでは、夢の葵翠が本物だったとわかったら、はやる気持ちで廃冷宮の葵翠の幽鬼のもとへ駆けつけるだろうと思っていた。

 なのにこの気持ちの重さはなんなのだろう。


(確かめるのがこわい)


 葵翠が宇俊皇子を殺したのかどうか。

 あのやさしい葵翠の、暗部に触れるのがこわい。


 殺したのだとしたら、葵翠の心にどんな闇があったのか。

 殺してなかったのだとしたら、冤罪にどんな絶望を味わったのか。

 葵翠の幽鬼は何を思って「ここからだして」と言ったのだろう。冷宮から出てどこへ行きたかったのだろう。愛する宇豪のところへ? でも彼は、葵翠の罪を信じ彼女を冷宮へ閉じ込めた張本人だ。

 それとも、自分を陥れた者のところへ報復に? あのやさしい彼女が復讐を望むなんて思いたくない。

 それとも、皇子を死なせたことを皇后にあやまりに? でも宇俊皇子の母華萌なら、もう死んでしまった。後宮をなくしてほしいと死の床で望みながら。

 それとも、苦しみに疲れて、もう消え去ってしまいたいだけ?


(わたしが葵翠様だったらどうしたいかな)


 星宇がほかの妃嬪に産ませた子供――まず、そこからして考えたくない。考えが先に進まない。いかに自分が後宮に向いていないかよくわかる。

 結局、考えがそこで止まって夜鈴は先へ進めなかった。自分に葵翠の想いなどわかるはずがない。こんな気持ちで葵翠の幽鬼に会いになど行けない。


「夜鈴様。芳静様がいらっしゃいましたけど」


 ぐだぐだと考え事をする夜鈴を香月が呼びに来た。


「もう? 昼まで一緒にいたのに」


 そして散々、解呪の「実験」につきあわされた。廃冷宮に場を移してまた実験したがるだろうとは思っていたが、それにしても来るのが早すぎる。夜鈴はげんなりした。芳静の方術に対する熱意についていけない。


「疲れたから明日にしてほしいって、芳静様に――」

「疲れたですって? そんな場合ではないわ。阿兄(おにいさま)が動き出したの。廃冷宮へ行くわよ、夜鈴様」


 案内も待たず、芳静がずかずか正房に入ってくる。


「賢輪様も実験に参加されるのですか?」

「実験? 実験ではないわ。陰謀を暴くって言ったでしょう。あなた葵翠の冤罪を晴らしたいのでしょう? さっさと行くわよ」

「冤罪? やはり冤罪なのですか?」

「あなたの望む通り冤罪よ。そして裏には陰謀よ。どう? 疲れたどころではないでしょう?」

「なぜわかったのですか? 賢輪様がお調べに? 冤罪の噂があっても、今まで誰も調べなかったのに?」

「宮中で禁術が使われたとあっては大問題なのよ。廃冷宮の大蜘蛛のおかげで、この件に関して宮廷方士が動く大っぴらな理由ができたの。そしてあの大蜘蛛に禁術がかけられていたのを暴いたのはこのわたくしなの。うふふ」


 芳静はつんと顎をあげて大得意だ。


「思ってたよりわかりやすい人だな……」

「何か言った?」

「いえなんにも。わかりました。わたしも行きます。わたしは何をやればいいのですか?」

「葵翠に力を与えなさい。妖力を」

「はい?」


「葵翠を廃冷宮から解き放って、力を与えるのよ」



     *****



 酉の刻、後宮星照門街。

 皇帝の住まう星照殿から後宮の中心を貫く大道に、夕暮れの日が差している。夕餉の時間が近いため、尚食局に仕える宮女宮婢が忙しく中央広場を行き交っていた。日没前の活気のある時間帯である。


 宮婢のひとりが、菊花殿に運ぶ(ひつ)をよっこらしょっと持ち上げる。そのとき、パタパタと軽い足音が背後を走り抜けるのを聞いた。


(子供?)


 昨年即位したばかりの年若い今上帝には、まだ子がいない。今の後宮に子供と呼べる年齢の者はいないはずだ。不思議に思い、宮婢は振り返って足音が去った大道の先を見つめた。


(やっぱり子供?)


 白っぽい袍を着た七、八歳の子供の背中が見える。子供は道の真ん中に立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回していた。


「ねえ、あの子だれ?」


 宮婢は隣にいる同僚に視線で子供を指し示し、尋ねた。


「あの子って?」


 同僚も視線の先を見た。だが不思議そうに首をひねるばかりだ。


「白い袍を着た子よ」

「白い袍を? 男? いるわけないじゃない」

「まだ子供よ。七つくらいの」

「子供?」

「見えないの?」

「見えないわよ」


 視線の先の子供は、不安そうにきょろきょろしながら建物の向こうへ行ってしまった。


「今、見えなくなったけど……」

「何言ってるの。子供なんて最初からいなかったわよ」

「うそ」

「……あなた霊感強いって言われない?」

「……! やめてよ~!」

「この後宮も二百年よ? 見える人にはいろいろ見えるって噂が……」

「ほんとにやめてよー!」


 無駄口をたたくなと上役に叱られるまで、宮婢はやだやだこわいと震えあがっていた。


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