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16・楽しい野餐


「何もない野外で眠るなんて……。夜鈴様ったら酔狂な」


 夏物の被子(かけぶとん)を布に包みながら、香月がまだぶつぶつ言っている。

 夜鈴と香月はいったん菫花殿に戻ってきていた。


「香月は無理してつきあわなくていいよ。芳静様が来てくれるし」

「余計に心配ですよ! あの方、夜鈴様に何するかわからないじゃないですか」

「ぶったり蹴ったり刺したりするわけじゃないし、大丈夫だよ。ぶたれても蹴られても刺されてもわたしは大丈夫だけど」


 ぶたれる蹴られる物を投げつけられるは、周家では日常だった。刺されても大丈夫なのは驚きだったが。


「夜鈴様のそういう、さらっと悲しいことおっしゃるのがつらいんですよ! 刺されても大丈夫とか、死んでもよかったとか」

「ごめんごめん」


 芳静にだまされて、香月が毒を盛るのではと疑ったときに、別に死んでもよかったと言ったことが香月の中でまだ尾を引いているらしい。香月が泣くので自虐めいたことは言わないようにしているが、つい出てしまうこともある。荒んだ育ちなので仕方ないのだ。


「正直言って、香月には菫花殿にいてもらいたいんだけど」

「どうしてですか!?」

「だって外だよ? 藪蚊とかいるよ? 香月のきれいな肌が虫に刺されて腫れたら、わたしが悲しい。すごく悲しい」

「……夜鈴様って」


 香月はぷうとむくれ顔をしながら赤くなってもじもじするという、複雑な反応をした。


「そんなにおっしゃるなら、わたくしに代わる強力な助っ人を頼みます」

「助っ人?」

「ダメもとで頼んでみます」

「えっ? 誰?」


 誰のことだと尋ねても、香月はついに口を割らなかった。




(なんだか野餐(ピクニック)みたい)


 夜鈴は野餐などという風雅なものに行ったことはないが、包子(パオズ)粽子(ちまき)の詰まった籠と敷物を持って野外に行くなんて、話に聞く野餐そのものではないか。暗くなるまではつきそってくれる予定の香月と荷物持ちの宮女たちも、なんとなく楽しそうだ。


「呪い喰いの発動条件が時を越えても有効ならば……そもそも時越えなんて珍現象が本当に起こったのだとしたら……まず禁術に含まれる作用の洗い出しから……夢として現れた要因はどこ由来かしら……」


 芳静は考え事をしながらずっとぶつぶつ言っている。それはそれで楽しそうに見える。こっちに構ってこないし静かでいいな――と思っていたら、唐突に芳静がくるりと夜鈴たちのほうを向いた。


「あなたたち、跪きなさい」

「へ?」

「主上の天幕よ。出てこられるわ」

「はい?」


 言われるがままにみんなで跪きつつ、夜鈴は木立の向こうの葵庵跡地を見た。たしかに、空き地には布張りで円錐屋根の小屋のようなものが立っている。あれが天幕というものか。はじめて見た。


 しかし、主上の天幕?


 天幕の周りには幾人かの護衛らしき者たちがいて、その中に李徳(りとく)の姿が見えた。星宇付きの宦官である李徳がいる、ということは。

 夜鈴は隣で跪いている香月をちらりと見た。香月は驚くでもなく涼しい顔をしている。

 香月の言っていた『わたくしに代わる強力な助っ人』って。もしかして。


「どうやって呼んだの……」


 相手は皇帝である。一介の宮女がおいそれと呼び出せる相手ではない。


「夜鈴様に何かあったら李徳様を通してお知らせするよう、主上に命じられておりましたので」

「何かあったらって。何もないじゃない」

「夜鈴様が幽鬼に魅入られたかもしれないと、すこしばかり脚色を。でもはずれてもおりませんでしょ。幽鬼と姐姐妹妹と呼び合う間柄におなりになるなんて」


 香月はつんとそっぽを向いた。


「いや夢の話だし」

「夢だけど夢じゃございませんのでしょ」

「なんで怒るの、香月」

「怒っておりませんが?」

「いや絶対怒ってるって」


 夜鈴に抱かれた宝宝が「黙りな!」とばかりに「ナ~!」と大きく鳴く。ちょうど天幕から出てきた人物が、その声に気付いてこちらを向いた。


 突如現れた皇帝陛下の御前、夜鈴たちは口を閉じて深々と跪拝するしかなかった。


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