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11・つらいのを見るのがつらい


「まったく甘ったれなんだから。ここは後宮よ? 過去に何十人、宮婢まで入れたら何百人の女が、無念のまま人生を終えたかわからないわ。『いい人が悲しいまま終わる場所なんて好きになれない』ですって? 好きになるもならないもないでしょう。ここはそういう場所よ。喰呪鬼ってもの知らずで我儘な妖魔ね。あきれて物も言えない」


 あきれて物も言えないと言ったくせに、その後も芳静は廃冷宮を出るまでずうっとぶつぶつ文句を言っていた。星宇がいなかったら、夜鈴はきっとまた霊符で強制的に眠らされていたことだろう。妖魔の死骸が横に転がっていようがおかまいなしに。


 夜鈴が廃冷宮に泊まらないと強情を張ったため、結局星宇は菫花殿に泊ることになった。皇帝が先触れもなくお渡りになるなど普通ありえないため、香月と菫花殿の宮女は大わらわだったと思う。本当に申し訳なかった。

 当の皇帝はだいぶ通い慣れてきた夜鈴の閨に落ち着いて、すっかりくつろいでいる。


「わたしのところで良かったんですか? 藤花殿でなくて……」


 今も芳静にはなんとなく引け目を感じてしまう。卑屈で嫌だなと思いつつも、夜鈴は問わずにはいられなかった。


「藤花殿に行ったら寝るまでずっと今日の文句を言われる。芳静は自分の仕事を邪魔されるのを一番嫌うからな」

「宮廷方士って妖魔退治までするんですか?」

「宮城に妖魔が出たら宮廷方士の仕事だ。妖魔は人間が武器を用いてもなかなか殺せないからな。人間が妖魔に致命傷を負わせるのは容易ではない。妖魔を屠るには方術を用いるか、もしくは妖魔に屠らせるのがはやい」


 星宇が持っていた刀を部屋の端に置く。蜘蛛型の妖魔を斬った大振りの刀だ。装飾は控えめで、煌びやかな龍袍にそぐわない使い込まれた実用品に見えた。


「妖魔に……?」

「人間と妖魔は存在の次元が若干ずれているというか……。人間が妖魔の生命に影響を及ぼすときは余計な負荷がかかるらしい。夜鈴も、夢の中にいるような感覚になることはないか? 外界を遠くに感じることと言うか」


 夜鈴はつらいことがあって心を閉ざすとき、いつも自分だけ場の外にいるような感じになることを思い出した。そういえば後宮に来てから、周家にいたころほどその感覚におちいることがない。つい先日芳静と菊花殿のそばを通ったとき、ひさしぶりに思い出したくらいだ。

 外界を遠くに感じることとつらくて心を閉ざすことが繋がっているので、夜鈴はつい眉をひそめてしまった。悲しそうな顔になったのだろうか。星宇が手を伸ばしてきて、夜鈴の前髪をくしゃりとなでた。


「芳静に、廃冷宮に夜鈴を同行させないよう言っておくか?」


 夜鈴を気づかってくれたのか、星宇がそんなことを言い出す。


「あ、いえ。わたし行きます。行きたいです」

「幽鬼が怖くないのか?」

「怖いけど行きます。芳静様には、わたしを無理に泊まらせないようにとだけ言っておいていただけるとたすかります」

「……葵翠の魂を助けるために行くのか?」

「うーん。葵翠様のためというより、たぶん……自分のため」

「夜鈴の?」

「つらいのを見るのがつらいっていう……たぶん、それだけなんです」


 うまく説明できないので、夜鈴はへへっと笑って話をおしまいにした。

 そんな夜鈴の笑い顔を星宇がまぶしいものを見るように見つめたが、そんな星宇の心のうちなど、お子様な夜鈴にはまったくわからなかった。



     *****



「つらいのを見るのがつらい、か……」


 翌日。星照殿で賢輪に昨日の後宮でのあらましを話したのち、星宇はぽつりと独りごちた。


「夜鈴様は周家で虐待されておりましたからね。平穏を望むお気持ちが人一倍強いのでしょう。それはそうと、主上が斬り殺したあの妖魔ですが――」

「『それはそうと』ってお前……まあいいが」

「芳静が気になる報告をしてまいりました。主上、あの妖魔の外殻の一部に、呪文が刻まれていたそうです」

「呪文? どんなだ?」

「使役の術です。妖魔を使役するのは人の屍を使役する屍鬼術に次ぐ禁術であるはずです」

「――ほう」

「刻まれた時期は古いようです。百年――は経っておりませんが」

「五十年は経っている?」

「だろうと」

「ふん」


 星宇は顎に手をやって考え込んだ。宇俊の立太子がならなかったことで得をした一門はどこだ? 当然、第二皇子の母の生家である(さい)家だろう。今も宮廷で勢力を持ち、何かにつけて中央にしゃしゃり出てくる家だ。常に玉座近くに侍ろうとしているが、妖の血の濃い星宇の即位を良しとはしておらず、腹の中はわからない。

 腹の中がわからないから、弱みがあったらありったけ握っておくのが良いだろう。先代先々代、それよりさらに前の代の罪でもなんでも。


「蔡家の娘が後宮にいなくて幸いだった。入宮していたら、ほかの妃に何があるかわかったものではない」

「どうせそのうち後宮に押し込んでくるでしょう」

「その前に皇后を立てるさ」

「夜鈴様をですか?」

「駄目か?」

「推奨しません」

「芳静はごめんだぞ」

「芳静も推奨しません。性格に難ありです」

「妹なのに手厳しいというか正直過ぎるというか。次期当主のくせに、洪家の勢力拡大を望まないのかあ?」

「現時点ですでに頂点ですので」

「方士の家としてのな……」


 洪家は本当に欲がない。方士の家として頂点にありさえすれば良いようで、権力欲しさに危ない橋を渡ろうとする者は過去にさかのぼっても出てこない。だから相談役として、側近に置きやすい。


「皇后は穏当に、姜昭容(きょうしょうよう)安昭媛(あんしょうえん)で手を打ってくれませんか」

「俺以上にあいつらがごめんだと思うぞ」


 個性的な妃嬪二人を思い浮かべ、星宇は苦笑した。


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