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8・廃冷宮にお泊り


 翌日。

 夕餉を済ませ日も暮れたので、今日はもう芳静は来ないだろうと夜鈴は思っていた。静かな一日を満喫し、主上のお渡りの先触れもなく、あとは湯浴みをして眠るだけのはずだった……のだが。


(甘かった……)


「何を驚いた顔をしているのよ」


 困惑する夜鈴に対して、芳静はすずしい顔だ。


「いえ……。今日はもういらっしゃらないと思っていたので」

「幽鬼は夜のほうが出やすいわ」

「この前は昼に出てきたじゃないですか」

「わたくしが霊符を使ったからよ。次は余計な力を使いたくないわ」

「なんでですか」

「危険がないと決まったわけではないでしょう。あの幽鬼自体は微力だとしても、邪気があったら下級の妖魔くらい寄ってくるのよ。結界で囲ってはいるけれど、古い結界よ。裂け目がないとは言い切れないわ」

「もしかして廃冷宮の結界って、葵翠様を出さないためじゃなくて妖魔を入り込ませないためのものですか?」

「どうかしら。五十年前の宮廷方士の見立ては不明よ。許可をとって祠部(しぶ)司へ出向いて調べてみたけれど、冷宮の結界に関して詳細が記されているものは見つからなかったの」


 祠部司とは礼部内にある祭祀や廟などを取り仕切る官署であり、宮廷方士も所属している。方士の業務は主にそこで管理しているらしい。


「葵翠様の幽鬼が『ここからだして』って言ったから、結界で閉じ込めてるんだと思ったんですけど」

「幽鬼がそんなことを言ったの? わたくしは聞いていないわ」

「……言った気がしただけかも」


 芳静が聞いてないと言うのなら、夜鈴もあまり自信がない。あのときはすぐに気を失ってしまったし……。

 夜鈴が考え込んでいると、芳静は、あなたが連れていきなさいというように抱えていた宝宝を夜鈴に渡してきた。


「宝宝の目を通して阿兄(おにいさま)も見ているわ。心配いらないわよ」


 芳静の言う「心配いらない」は信用できるのか?と不安になった夜鈴だが、もう一度廃冷宮へ行って葵翠と話してみたいと思ったのは本心だ。心配する香月を菫花殿に残し、夜鈴は芳静のあとに続いて、いそいそと夏の夜の廃墟へ向かった。




 昼間は夏の日を浴びて色鮮やかな葵の花も、夜となっては月明りにほのかな影となって浮かびあがるばかりだ。伸び放題の夏草をかきわけ、夜鈴は再び廃冷宮の門をくぐった。


(いる。やっぱりいるなあ、幽鬼……)


 前来たときは恐怖のみだったが、喜春の話をきいた今となっては別の思いも湧いてくる。この幽鬼は五十年間、何を思ってこの廃墟を漂っていたのだろう――。

 葵翠を思ってしんみりしていた夜鈴だが、ギシギシ鳴る床を踏みつつ最初の(へや)へ入った途端、しんみりした気持ちなどどこかへ吹き飛んでしまった。


「芳静様」

「なにかしら」

「なぜ床がのべてあるのでしょう」


 戸口を入って最初の房、おそらく衛士(えじ)が控えておくための房だと思うが、なぜか真新しい夜具が敷いてある。


「あなたが宿泊するために決まっているでしょう」

「……本気だったんですか?」


 喰呪鬼が喰呪鬼となるために、冷宮の責任者に衣食住を提供させるというあれ……。


「太監が贈った鯛を食べて夜着を着たでしょう?」

「あの鯛、主上からじゃなかったんですか!? 夜着……そう言えば新しかったような……」

「あとはここに泊まれば衣食住の条件が揃って、あなたの呪い喰いが発動するのではなくて? 喰呪鬼さん」

「泊まるんですか!?」

「冷宮の主が誰かという点が問題だったのよね。管理は内官監、持ち主は皇帝――。主上からは食物も衣ももらっているでしょうから、内官監からも贈らせたわ」


 図られた!

 夜鈴は青くなった。そうだった。こういうコソコソしたのが芳静のやり口なのだ。


「眠れるわけないですよ! こんなところで」

「大丈夫。この霊符を額に貼れば――」

「ぎゃー!」


 あやしげな札をおでこに貼りつけられ、力の抜けた夜鈴は崩れるように膝をついた。夜具に倒れ込む寸前、宝宝が腕の中からするりと抜け出る。


「宝宝たすけて~……」


 眠気に抗って手を伸ばしてみるものの、ぶち猫は「ナ~」と鳴いて首をかしげただけだった。


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