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3・後宮中央大通り


 翌朝。星宇を見送ったのち、夜鈴が朝餉の粥を食べ一息ついていると、さっそく芳静がやってきた。皇帝と入れ違いのように皇帝の「寵妃」とされていた洪昭儀がやってくるなんて、一体何事かと下働きの宮婢たちが目を白黒させている。芳静はかまうことなく「視察に行くわよ」と夜鈴を急かした。


「視察ってなんです?」

「怪異の出どころの視察に決まっているでしょう。嫌がったって今日は逃がさないわよ」

「ひいぃぃぃ!」

「いくつか怪異の出没拠点があるのよ。有名どころから順番に回ってみましょう。あなたも妖なら、行けばきっと何か感じるところがあるはずだわ」

「おばけを感じたくない!」

「妖が何を言っているの。まずは五十年前に閉ざされた冷宮へ行くわ」

「冷宮ってなんですか?」

「そんなことも知らないの?」


 芳静があきれ顔で夜鈴を見る。


「しらないですよ。後宮のことなんて、ほとんどなんにも」

「市井の娘じゃあるまいし。周家の令媛なら、後宮の決まりくらい多少は知らされているでしょう?」

「知らされてません。わたしは後宮のことをしらないし、芳静様はわたしのことをなんにもご存知ない」


 夜鈴はあきらめたようにため息をついた。芳静はそれにムッとしたようだった。


「妾腹で妖のあなたが実家で不遇だったことくらい、阿兄(おにいさま)から聞いているわよ」

「その『不遇』の程度が、芳静様の想像以上ですよ、きっと」


 夜鈴は泣きそうな気持ちでぷいっとそっぽを向いたが、芳静は「同情なら香月にしてもらいなさい。さっさと行くわよ。冷宮については道すがら説明するから」と、まったくとりあってくれなかった。




「冷宮とはつまり、罪を犯した妃嬪が入れられる監獄よ。星宇が即位する以前は、後宮の妃嬪は皇帝が退位するまで、生涯外に出ることが許されなかったの。重大な罪を犯してもね」


 並んで歩いて後宮の奥へ向かいながら、芳静は夜鈴に冷宮の説明をした。冷宮は後宮の最奥にある。近くには廟と林しかない、寂しい場所だ。

 夜鈴が暮らす菫花(きんか)殿は皇帝の居城近くの整った区画にある。殿舎ひとつひとつの敷地が大きく、それぞれがよく手入れされた広い園林となっている。

 皇帝の住まう星照(せいしょう)殿から離れ後宮の中心部に向かうと、位階の低い妃嬪が集合して住まう大きな宮殿や後宮の雑事のための局がひしめき、小さな街のような様相になってくる。


 鋪地(ほち)の敷かれた中央大通り、すれ違う宮女や宮婢は皆、洪昭儀を見て揖礼(ゆうれい)し、夜鈴を見て目を丸くした。そして形だけ礼をとりながら、「ああこれが例の新入りか」とでも言いたげな顔をするのだ。


 まだ位を賜ってもいないくせに、皇帝の寵愛を手にした妃嬪。

 夜鈴の現在の立ち位置はこれである。


(普通に考えて妬まれまくりなのでは……)


 ここで「どうだ、すごいだろう」と優越感を持てるような性格だったら楽だったかもしれない。しかし夜鈴は胃がキリキリしてきた。「不遇」な育ちゆえ、峰華や麗霞にされたように、手ひどく攻撃されることばかり考えて逃げ出したくなってしまう。こんな自分に後宮を統べる皇后など絶対に無理だと思う……。


「背中が丸まっているわよ。情けない。皇帝の寵愛を得た妃嬪がそんなことでどうするの。うつむかないでちょうだい。宇澄国の恥だわ」


 追い打ちをかけるように芳静の叱責がとんだ。仕方なく夜鈴は顔を上げたが、見知らぬ妃嬪たちが夜鈴を見て、半笑いでささやき合うのを見てしまった。


(こんな光景、覚えがある)


 あれだ。周家で家婢のように暮らしていたころ、麗霞を訪ねてきた友人が夜鈴を見て、よくこんなふうに嘲っていた。


(そっか。あのころと同じか)


 あのころと同じなら、あのころと同じように心を閉ざしてしまえばいい。

 夜鈴は顔を上げた。賑わいのある大道が、すっと遠のいて小さくなったような気がした。心を閉ざすといつもこの感覚になる。


 そうだ、ここはしらない場所だ。

 自分には、菫花殿さえあればいい。


「これでいいですか」


 姿勢を正して顔を上げた夜鈴は、冷えた声で芳静に尋ねた。


「急に人が変わったみたいね」


 芳静は少しばかりとまどいの表情を浮かべ、小さく肩をすくめた。


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