05
チャペルさんは俺の前に立つと前屈みになり、焦茶色の革製グローブを嵌めてる手のうち、右手のほうを差し出した。
これ、握り返して無事で済むのか?
親切そうなのは見せかけで、斧を投げたときのような不意打ちをまた喰らわしてくるんじゃないか不安は過るけど、断ってドジを踏んで生命の危機に晒されるほうが、遥かに嫌だ。
優位に立って見下ろしてくる高圧的な視線に俺は折れて、手を握り返した。手のひらサイズは似ている。
「ぅわッ!」
ぐいっと一発で引き上げて貰い、立った瞬間、僅かに俺の体がよろけた。彼女の腕力の強さに心臓がどきどきする。
「チャペルさん、質問いいか?」
握った手を解放して貰いながら尋ねると、彼女は「うむ」と、短い言葉で承諾した。
「あんたは、イナバを知ってるのか?」
「儂の師匠だ」
「失礼なこと言って悪いけど、その人、生きてる?」
「何を言う。世界に生きるも死ぬも無いぞ」
「神様だって言うのか?」
だとすれば、やっぱり何か罰当たりな事象が、俺の身に起きてるのだろうか。
「おまえさんの国では知らんが、此処で言う神様とは世界の子どものことで、各地に封印されている各々の竜を表す」
それで、親たるイナバが巳ノ土神社に現れた?
蛇が進化した物を竜と言ったり、蛇と竜は同じだって説があるくらいだし。
チャペルさんは俺に背中を見せて、薪を積んだ場所へ歩いて向かう。
「我々は身近にある大自然と創造主を同列に考え、世界という呼び方をする。イナバという名前は巫女の姿を知っている平民の一人が、勝手に名付けた呼称だ」
「本人は幽霊って認めたぞ?」
「亡霊に等しいな。一つに戻れぬのだから」
「?」
チャペルさんは左手を顔の高さまで上げ、鈴を動かすことなくちりんと鳴らし、木に刺さっていた斧を瞬間移動させて柄を掴んだ。次いで、平らになってる切り株の上に、薪を一本立てる。
「師匠は命を奪われたときに魂が一旦二つに分かれるよう、事前に準備をしていた。うち一つはおまえさんに宿っておる」
斧が振り落とされ、薪は断たれて二本になった。
「じゃあ、一つを二つに戻せばいいのか」
「そう単純な話ではないぞ。
善悪が一つに戻るとき師匠は復活するが、慈悲なる素養を受け継いだおまえさんと対になる存在アルデバランの娘は憎しみを継いだ。ハズレ籤というやつだ。会わんほうが良いぞ」
「チャペルさんは、師匠の望みに反するのか?」
「あぁ。師匠の我が儘に付き合わされて不幸になった者どもを見てきた儂は、人間の味方でありたい」
「……」
「早く元居た場所へ帰りたいのは山々だろうが、心配するな。儂は、おまえさんの運命の舵取りを安心して任せれる者に文を出しておいた。そやつも悪いようにはせんよ」
俺の意思で何をするか選んじゃ駄目だってのか。窮屈だな。まぁ、巻き込まれて流れに流されるスローライフもいいか。イナバも弟子がそう言うならと、望みを叶えてくれる可能性が高い人を新たに見つけるだろ。
「そういや、俺の服は?何か着てなかったか?」
「裸の姿で、川流れに遭ってたぞ」
「!!?」
桃太郎かよ!
「心配するな。おまえさんの貧弱な体になど、儂は興味ないわ」