02
イナバは簡単そうに言ったが、俺には無理だった。現にこうして廃れた木小屋のなかで息を顰め、格好悪く敵から隠れている。
雨漏りが酷い。
腐った木の板も災いして雨臭い。
小雨に打たれて水分を吸った服が重い。
けれど、ちっとも気が休まらない理由はほかにある。
色々確認したいことだらけだってのに、さっきまで居た場所に戻るのを、腕組みしながら仁王立ちしてる無表情の女が許さない。
ぼろぼろの古い壁を背凭れにして蹲って座り、現状に悲観的な見方をする俺とは随分対照的な、非情なまでの冷静さ。
彼女の名前はシャルルレット。俺はシャルと呼んでる。
帯刀ベルトに大小の脇差。腰まで伸ばした白銀の髪を後ろで一つに束ね、素材がリネンぽい色してる無地の長袖、黒いズボンにブーツっていう、余計な物をすべて取り払った外見。形としては、十八世紀頃のフランス人男が着てそうな服装だ。
彼女に色気を感じないのは、それらが原因ではない。胸が男並みに平たい所や、態度が堂々としすぎているのも違う。
俺が一人で、腹を立ててるからだ。
「……なぁ。あんた、悔しくないのか?」
「何がだ」
「二人のことだよ」
突っかかっても時間は巻き戻せない。せめて、せめて、微かでもいいのだ。気持ちを汲んでくれる言葉が欲しい。弔いを受け入れることができるから。
しかし、彼女は意に介さないと言わんばかりの小さな溜め息を零す。
「おまえが望む答えを、私は持ち合わせていない」
「ッ!!」
頭にきた俺は歯を食いしばって立ち上がり、床板をギシギシ言わせながら早歩きで詰め寄って、頭一つ分背の高い彼女の胸ぐらを右手で掴む。
「あの人たちがどんな気持ちで、長年、あんたを思っていたか!」
「馬鹿馬鹿しい」
「何だと!?
……!!」
「!」
気付いたときには遅く、大量の足音が雪崩れ込んできた。
「見つけたぞ!!異端者のユンリ!!」
「大人しく降伏しろ!!」
俺は世界を救うどころか、裏切り者として国を追われる身になっていた。