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『報告書②-1 リリについて』


「そろそろ寒くなるからね、リリちゃん、これ持ってお行き」

お湯を分けてもらい、すっきりしたリリは、仕立屋のおかみさんから毛布を受け取って抱きしめ、顔を埋める。


 そのリリは小径の向こうにある教会に住んでいた。

 棲んでいるとも言うのかもしれない。その教会は少し変わった教会で、大昔にあった神殿の柱を残し、その上から教会が建てられているそうだ。しかし、その当時の神父さまは、きっとその柱にリリが棲み着くとは思っていなかっただろう。


 そして、いつも通り夕焼けの頃にお針子の仕事を終え、教会への小径を歩いていた。そして、毛布を持ってほくほくしていたのだ。

 この間、変な男の人が夜にやってきたから、ちょっと怖いのだ。だから、手に持つ毛布がありがたい。これに頭からくるまっていれば、見つからないかもしれないし。


 とても変な男の人だった。柱に向かってどれだけ柱を愛しているかを叫び続けるのだ。そして、それを自分のことだと勘違いできるほど、リリも世間知らずでもない。


『あぁ、月夜の君も美しい。太陽の輝きの下、立派に佇まれているそのお姿と違い、月の閑かな輝きの中、なんと神々しいのでしょうか』


 何よりリリは佇んではいない。


 こんな遅い時間、普段はお祈りに来る方はいない。だから、怖くなって柱の陰でギュッと膝を抱え、姿が見えないように小さくなった。そして、男の人の発した言葉の意味を考えながら、自分の背中にぴったりとくっついている柱を思い起こす。うん、ずっと佇んでいる。そして、こちらの柱の方があちらの柱より、なんとなく温かい気もする。

 もたれると何とも言えない安心感もある。


 だから、彼があちらの柱ではなく、こちらの柱に向かって愛を叫ぶ理由は、なんとなく分かった。

 ただ、男の人の言うような、神々しさは感じたことはない。ただ、やっぱり、なんとなく、悪い人ではなさそうだと思った。柱にこれだけ愛情を注げるのだ。それもリリの大切な方。


 だから、ちょっとだけ気になった。姿を見せるのは怖いけれど、どこの誰なんだろうと思った。そして、そのまま歩いて来そうな彼の足を止める口実として、まず尋ねてみたのだ。「お祈りでしょうか?」と。


 すると、「これは、失礼致しました。ご無礼をお許しください」と驚きながらも、とても紳士に返答した彼は、名前を教えてくれた。始めの方は慌てた彼が口ごもったので聞き取れなかったので、「トンさんですか?」と尋ね返すと「そうでございます」と嬉しそうな声が聞こえてきた。


 変わった名前だった。しかし、彼の全てが変なだけで、出来ればこれ以上近づかないで欲しいというお願いも守ってくれたし、きっと悪い人ではない。リリはもう一度自分の中で暗示のように落とし込む。


 それでも、色々と勘違いしてそうだったけれど……。


 だから、縋れる毛布が余計に嬉しくて、ほんのちょっとホカホカな気分で歩いていたのだ。

 そうだわ。

 みんなにもこのホカホカ気分をお裾分けしなくちゃ。


 教会を寝床にしている小鳥たちが、美味しそうにパンをつつく様子を思い浮かべながら、リリは来た道を戻りパン屋へ向かう。実は無意識に帰るのが怖いと思っているのだが、リリはまだ気付いていなかった。


「あら、リリちゃん」

「コッペパン一つくださいな」

パン屋のおばさんもリリに優しい。


 そんなリリがこの町にふらりと現れたのは、もう随分昔のことだ。この国に流行病が蔓延し、人がどんどん死んでいった頃。


 村外れにある教会に、突然現れたリリは五歳だと言った。

 毎日お祈りに来る人がリリに尋ねた。

「お嬢ちゃんはどこの子だい?」


 その頃のリリは首を傾げるだけで、もしかしたら言葉も分かっていなかったかもしれない。ただ「いくつ?」と尋ねられると掌をパッと広げて、「おなまえは?」と尋ねられると「リリ」とだけ言う。そして、伝えられたことを喜んでいた。


 亜麻色の髪はボサボサで、身につけている上衣も土に汚れて、スカートの裾も解れていたけれど、その笑顔はお祈りに来る信者たちにとって、救いそのものだったのだ。


 リリを亡くした我が子に重ねる者、友達に重ねる者。天使だと思う者。

 人々はリリに食べものを少しずつ分けながら、その髪を梳かしながら、その笑顔に癒された。

 リリはいつも幸せそうに笑っていた。


 しかし、村人達がいつ来てもそこにいるリリを不思議に思い始めた頃。ちょうど、流行病が終息に向かっていた頃。人々が『リリという存在』に気持ちを向ける余裕が出てきたのだ。


「リリちゃんのお家はどこなの?」

「ここ」


 単語を話すようになってきていたリリが指さした場所は、女神さまのおわす場所。祭壇の下だった。


 死の臭いを近くに感じていた頃に、その笑顔で癒されていた村人達は、何度かリリを引き取りたいと、家に連れ帰ったこともあった。


 ご飯を与え、湯浴みもさせて。おとぎ話を聞かせ、温かい布団のあるベッドで寝かせようとすると、リリは頭を上手に下げて玄関を飛び出していった。


 そして、教会の柱にもたれ朝を迎える。

 不思議な子だった。


 リリについて様々な憶測が飛び交ったのは確かだ。言葉が通じなかったこととお辞儀の仕方が綺麗なのとで、隣国から落ち延びてきたやんごとなき方ではないかとも囁かれたり、いや、山に住むと言われる悪魔に攫われた子だったのかもしれないなど。

 しかし、リリが教会に来たタイミングと流行病が収束していった時期、さらにその光のような笑顔で心が救われていたということも重なり、人々はリリを神が使わした御子だと囁くようになっていった。


 そんなリリをみんなで護ろうと決めていた。先代までは内乱もあり、さらには山向こうの隣国と関係は悪かった。あの流行病で互いがそれどころじゃなくなって、なんとなくそちらも収束したように村人達は感じていたが、なんとなく思い出して勃発するかもしれない。


 山向こうの悪魔は、怪しい月の悪魔。小さい頃から聞かされるおとぎ話だ。新月の晩になるとその光を求めるようにして、人里に降りてきて、子どもを攫う。攫われた子どもは満月になるまで月を磨くのだ。


 国王が隣国の誰かを探してはいないだろうか。

 悪魔が連れ戻しに来ないだろうか。

 リリは村の可愛い宝物。


 誰ともなしに、リリに灯火を与え、食べものを与え、リリの成長に会わせ、我が子の着古しを持ってきた。そして、リリは、流行病で親を亡くして教会に助けを求めた子ども達に、それらを惜しげもなく分けた。


「一緒に食べよう。美味しいよ」


 子ども達は独り立ちできるようになると、仕事に出掛け、それぞれが仕事先に身を預けた。それなのにリリは十歳から始めたお針仕事で、お針子の仕事をもらえるようになっても、ずっと教会の柱に居座り続けたのだ。


 そんなリリも二十四歳となり、その不思議さから色々と通り過ぎてしまったけれど、すっかり大人になって、十歳から始めているお針仕事もすっかり板について、スカートの裾の綻びくらいならお手の物だった。


 リリが教会の扉を開く頃には、太陽の光は朱色に変わり、白い柱も朱く染めあげていた。

「ただいまぁ」

といつものように声をあげると、いつもの小鳥たちではなく、見慣れぬ兵が佇んでいた。あの衣装は、確か国の騎士だ。

 一瞬驚いて首を傾げていたリリは、それでもにこりと微笑み「お祈りでしょうか?」と尋ねた。

そんなリリにその背の高い騎士が尋ねる。


「君がリリだね」

「?……はい」

国の騎士に用事など作ったことはないのだけれど、とやっぱり首を傾げたまま、返事をした。



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