『報告書➀-2 ダルトンについて』
相手を否定されたその後から、弟は兄の私に無礼を続けている。要するに、随分遅れてきた反抗期なのだろう、とは思う。
まさか自身の子ども達の反抗期を全て終えてから、弟の反抗期に悩まされるとは思わなかった。
しかし、ダルトンは面倒くさそうにしながらもきちんと書類に目を通し、サイン、印鑑を押していく。仕事に真面目なことには変わりない。そのダルトンがサインのペンをパタンと置き、顔を上げた。
「兄上、この者は要注意です。何かを隠したい様子がこの設計図から、ひしひしと伝わってきますね。隠そうとすればするほど、全く美しくなくなりますので、私としても許可しかねます。本当に愚かなことをするものです」
設計図を見ながら、間違い探しの間違いでも見つけた様子の弟は、だけど、嬉しそうにしていた。
物事が表に出る前に見つけることができる才能だと思っている。そして、とても使える。
だから、弟が私に牙を向ける理由として、女神の宿った柱に求婚を反対したからなどとは、情けなくて仕方がなかったのだ。
そして、その設計図を書かせた貴族の名前を書き出して、ダルトンが私に差し出す。
「どうぞ、兄上。沙汰は兄上のお仕事です」
全く憎たらしい声を出す。まるで、早く帰れとばかりに。
執務室に戻ると報告書が置いてあった。ダルトンの幼馴染みであり、騎士団主任を努めているマリオからだ。今は王命として、ダルトンの行動を把握してもらっている。
報告書には昨夜までのことが書かれてあるのだろう。こちらも、使える人間である。
まず、どうして「トン」を認めてくれないのかとぼやきながら、早朝から職務を続け、その後昼過ぎに本日分を終了させ、そのまま外出。
一応人目を気にはしているようで、フード付きのマントを被り馬に乗る。
かなり怪しい人物ではあるが、近寄りがたいのは確かだ。
馬は、その教会がある村の入り口手前に繋いでおり、やはり人目は気にしているそう。
無言で歩くこと半時。
今、弟が夢中になっている教会へと辿り着く。そこには一抱えほどの二本の柱があるそうだ。
そして、その一方の柱を褒め称え、じっと動かず柱を見つめること数十分。何度も溜息を付いた後に、帰路へ付く。
夕刻、夕食のために「適当なものを」と厨房に伝え、それを持って自室へ籠もる。
これは、私が食い下がってくる弟に、夜には出歩くなと言ったからだろう。一応、王命と捉えてくれてはいるようだ。
何が楽しいのか全く分からんが、これを毎日繰り返していると言う。しかし、楽しいのだろう。そう思い、弟が寄越した絵姿を眺めた。
柱でしかないものがとても精密に描かれている。この柱の声をもう一度聞きたいのだそうだ。そして、声が聞かれないのは、自分の想いが足りないからだと宣った。
この絵を持ってきた弟は、数十分の間、この柱がどれだけ美しいのかと、私を説得しようとしたのだ。しかし、その説得内容もよく分からない上に、さらに関係が悪くなった気がする。
この入射角で光が入ると、ここに影が映り、より厳かに見えるとか。
一見ざらついているように見える柱の肌だが、白を清浄に見せるために光を吸収させるために、施された磨き方だとか。
朝日と、昼の光、そして月光でその色が微妙に変わるとか。
この設計者は天才だとか。
そして、さらに教会の設計者まで褒め始める。
この柱の価値を十分に理解して、この教会を建てようと決めたのだ。この方も天才だと。
だったら、その者が存命であるのなら、その者と共にあれば良い。人間であれば許すとまで言っているのだから。どうして、柱の方に気持ちが傾くのか。
その熱弁から十二分に柱へ対する想いは分かったし、これ以上想いを深くする必要もない。だから、動けない柱と共に過ごすために、自分が婿入りするのだなど……。
「お話しになられたのです」
弟の声が脳裏に過ぎったが、慌てて掻き消す。柱が話すわけがない。
一国の王の弟が、柱に夢中になって、あろうことか、二本あるうちのその一つが喋ったと宣い、柱と共に生きたなど、史実どころか噂にも残したくない。
しかも、ダルトンがあんな風になったのは、流行病のせいだったとはいえ、父母含めたこの国の重鎮たちの決めた方針が大きい。
だが、あれはダルトンを思えばの手段だったのだ。それを理由に変な悪意を吹き込まれでもしたら、綻びとなるかもしれない。
純粋培養の弟は、私の説得に失敗し、その柱と添い遂げると言ったきり、私用の言葉は発さない。一応、今はそこに留まっているが、どうにか諦めさせる手立てを考えなければならない。
……と、もう一つの報告書に手を伸ばした。
こちらは、柱の声の主について。あの夜、柱が声を発したという夢みたいなことさえ起こらなければ、おそらく弟もここまで執着しなかったはずなのだ。だから、同時に調べさせていたのだが、……
「意外と早く分かったもの……」
弟の現状よりも信じられるが、そちらもにわかに信じがたい真実だった。そして、溜息を付きかけて、ふと思った。
この事実を使えばなんとかなるのではなかろうか、と。