22、おわりに 可逆的最終話 究極と至高の猫耳娘たち
エレクトリカルファイヤー猫パレードが終わって、数日が過ぎた。
祝祭の余韻を残しながら、日常が続いていた。
夕方、開店すぐの猫耳居酒屋「ギャラ串ィ」には、まだ一人の来客もなかった。
この日のシフトに入っていた二人の女性従業員は、アルバイトである。近くの大学に通っていた。
二人の頭にはすでに猫耳が装備されている。
そのうえで、一人は顔に下地を塗っていて、もう一人はネイルに液体を塗っていた。
メイクをしている女の胸には、「あめり」と書かれたプレートがつけられていて、ネイルをしている女の胸には「みぬえ」と書かれたプレートがあった。
メイクをする手を止めず、あめりが、みぬえに話しかけた。
「ねえ、今日の講義さ」
「うん? 何限のやつ?」
「逃避哲学とかいうやつ。ほら、あれ、ニャンコスキーの」
「ああ……あれね。ウサギと猫の無限鬼ごっこ篇だっけ」
「みぬえちゃん、違うでしょ。脱獄と回避だよ。ウサギは逃げるけど、猫はその場でかわす、って話だったじゃん」
「それが何?」
「どっちが好き?」
「ウサギと猫ってこと?」
「そう」
「そりゃあ、われわれ猫耳なんかして働いてるわけだし、猫なんじゃない?」
「店長に言えば、うさ耳に変えられるかもよ」
「したら店名も変えなきゃじゃん。うさ耳居酒屋ギャラ串ィにならなきゃじゃん」
「わかってないね。ウサギは猫でもあるんだから変える必要ないでしょ」
当たり前のようにこの世界の常識を口にしながら、メイクの女あめりは、ネイルの女みぬえに視線を送った。
視線に気付いて、みぬえは気まずそうに笑った。居眠りばかりして、真剣に講義に耳を傾けていなかったため、話についていけていないのだ。
苦笑いで話を合わせることを心に決め、逃げの一手を打ち込む。
「あめりちゃん。どっちがとかって質問がよくないんじゃない? どっちもカワイイでいいって話じゃなかった? ユニバ猫的には」
「それはそうなんだけど、うちはエスケイプウサギが面白いなって思ったなぁ」
「だろうね。あめりちゃんは、旅行に行きまくりたくてバイトしてんだもんね。外向きだよね」
「まあね。みぬえちゃんは、やりたいこととかないの?」
「別に。家でゆっくり過ごせれば、それが一番しあわせかなあ」
「そういう考え方もあるよね」
「平和な宇宙がいちばんカワイイんだから」
「かわいいと言えばさ、授業の後で質問コーナーあったじゃん」
「あめりちゃんの彼氏が質問してたやつ?」
「はっ? ちがうんだけど。ありえないでしょ。あんなキモくて終わってる猫耳娘マニアが彼氏とか無いわ。二度と言わないでねそれ」
「結構お似合いだと思うけど。ていうか、付き合ってるって噂も立ってるよ」
「まじかー。逃げたい」
「それで? 授業後の質問で何が気になったの?」
「――先生ッ、究極の猫耳娘とは何なのでしょうか」
「モノマネ下手すぎん? 似てなっ。てか、悪意ありすぎじゃん? そんなキショい喋り方じゃないでしょ」
「いやいや、本物はもっとキショいんだから」
「まあね」
「は?」
「え、めんどくさ」
「あっ、ごめんごめん。それでさ、実際のところ究極の猫耳娘ってのは何だと思う?」
「なんでもいいと思う」
その答えを聞いて、あめりは、みぬえに不満の視線を送った。みぬえは爪を塗り続けながら、目をそらした。
「ニャンコスキーはさ、『これは初めて語りますが、究極の猫耳娘ともなれば、身体の内に宇宙を宿すでしょう。内在化です』とかわかった風なこと言ってたけどさ、じゃあ、どこに宇宙が宿るんだって話よ」
「全体なんじゃないの? それか、目に見えてない部分とか」
「みぬえちゃんは、どこか一部だとして、どこだと思う?」
言いながら、あめりは、カラーコンタクトが入ったケースに手を伸ばした。
みぬえは、本ッ当にどうでもいいなと思いながらも、一応は付き合いで考えてみる。さっぱり思いつかなかったので、目に入ったものを答えた。
「爪かな」
「爪かあ。おもろいね」
「何が?」
「猫の爪ってさ、しまうことができるからね。しかも自分の意志で。内在化っていうのにも合ってるなって。あと、常に伸び続けてるわけじゃない? そうすると、過去と現在と未来が同じ『爪』っていうものとして可視化されてるわけだよ。究極の猫耳娘ともなれば、宇宙すべてを小さな爪に入れてしまえるって考えもアリかもしれない」
「ふっ、大げさかなぁ」
「何か言った?」
「別に。あめりちゃんは、内在化するとしたら、どこの部位だと思うの?」
あめりは、カラーコンタクトをつけて、ウインクしてみせた。
つけているほうで、みぬえを見つめた。
カラーコンタクトを装着した目は、複雑なグラデーションがかかり、小さな反射の集まりが星々に見えて、美しかった。星雲をのみこんだかのように輝いていた。
「瞳」
「理由は?」
「いっちゃん、わかりやすいかなって」
「そりゃね」
「視線は交差するものだから……関係性のなかに宇宙をみる、みたいに言ったらカッコいいかな」
「キショい彼氏に似てきたなって思われるだけだよ」
「は?」
「まあでもさ、こういう話って、どれが正解とか、なくない?」
「そうだね。でも、自分なりの正解は、持っておきたいじゃん。ニャンコスキー的には、『宇宙を自分の外に置いて対象化してしまったら究極ではないッ』みたいなこと言ってたから、瞳はやっぱり違うかもだけど」
「日替わりとかでいいんじゃない」
「ありかも」
「要は、なんでもいいってことでしょ?」
「うん、なんでもいいよね」
なんでもいいの一致で決着した時、あめりの耳は、ちょうど店の入り口の扉が開いた音を拾った。
「あ、いらっしゃいませ〜」
【完】




