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ギャラクシー猫信仰の軌跡  作者: クロード・ニャンコスキー
18/19

18、黒猫信仰調査報告 ――身代わり黒猫とハピハピキャリー黒猫――

「失礼いたします。本学で講師をしております三木(みく)スネコです。ええと、その、クロードニャンコスキー先生。しばらく前の飲み会……いえ懇親会では、大変見苦しく、情けない醜態をお見せしてしまったそうですね。


まさかあんなに酔っぱらってしまうとは。実を言うと飲み会の途中からの記憶がほとんど無く、何か取り返しのつかないほど失礼なことを口走っていないといいのですが……」


 いえ、三木(みく)スネコ先生。全然大丈夫だったと記憶していますよ、私も酔っていてよく憶えていませんがね。それにしても、お久しぶりですね。今日はどうしたのですか。海外調査の経過報告があると仰っていましたが。


「そうですね……報告というか、相談といいますか……実は……」


 あっ、どうぞ、お掛けになってください。今、飲み物を出しますね。


「あっ、いえ、お構いなく……」


  ★


 それで、報告というのは?


「ニャンコスキー先生。最近のこの世界は、フレックスタイム制の浸透や遠隔出勤(テレワーク)の定着、そして職場のホワイト化運動、さらには富とサービスの平均化によって、安全な世の中に近付いているように思います。


しかし一方、漁場や農場での炎天下の作業や、宇宙や地中での資源採掘など、危険で過酷な労働も根強く残っていますよね。そんな中、重労働者たちの間で、ひそかに黒猫信仰が流行しているそうです。ご存知でしょうか」


 黒猫信仰ですか……。大きく分けて二種類ありますね。違いますか?


「二種類……ですか? いえ、自分が知っているのは一つきりです。過酷労働者たちによって黒猫が強く信仰されているという噂を聞きつけ、現地調査に赴いたのですが、稀少金属の坑道入口には、黒猫を象った像がいくつも並べられていて、とても大切なものらしく、すべてピカピカに磨かれていました」


 それならば、おそらく「身代わり黒猫信仰」のほうですね。


「そうなのです。彼ら彼女らは、労働中の不運やトラブルを自分たちのかわりに受けてくれる存在として、黒猫を崇拝していました。黒色は宇宙でいえばブラックホールに通じます。ブラックホールを何でも吸い込む黒いものと解釈し、黒猫をブラックホールに見立てることで、こうした信仰が生まれたようです」


挿絵(By みてみん)


 そうですね。黒猫たちが不吉や災いを吸収することで、過酷労働者たちを守ってくれるという考え方があることは把握しています。


「まさしくその通りです。これは、猫信仰の一側面として報告できるのではないかと考え、喜びかけたのですが、しかし、金属坑道の近隣都市に宿泊した際、気になる出来事がありました」


 どのようなものですか。


「とても優しく接してくれていた宿の主とその家族が、ノラの黒猫が庭に飛び込んで来るや目の色を変え、みんなで黒猫に向かって石を投げつけ、追い払ったのです。これは一体どうしたことかと私は非常に悲しみ、彼ら彼女らに理由をたずねました」


 おそらく、彼ら彼女らはこう言ったのではないですか? 「黒猫が街中を歩くのは役割を果たしていない。坑道に帰らなければならない」とね。


「さすが先生。おおむねその通りです。詳しく聞いてみたところ、黒猫は特別な存在であり、黒猫の役目とは労働に従事する人間たちの不運・不幸・災難など負のエネルギーを全て吸い取ることなのだと言います。そのため、街中をうろついている黒猫は役割を全うしていない存在であるか、もしくは負のエネルギーをたっぷり吸って抱えきれなくなって坑道から這い出てきたものなので、石を投げてもいいのだ、いや投げるべきなのだと言っていました」


 身代わり猫信仰が、これでもかというほど悪い方向に発展し、そこに暮らす黒猫たちが災いのもとであるとして敬遠されるまで至っているのですね。なんともカワイさに乏しい考え方です。それもひとつの猫信仰と言わざるを得ませんが、もはや邪教と言って差し支えないものでしょう。


「私もそう思うのです。黒猫と出会うと不吉であるとか、黒猫が災いを運ぶなどという迷信は、一刻も早く捨てるべきです。しかし、身代わり黒猫信仰は各地で根強く、しかも過酷な労働環境になればなるほど、陰湿な形で発展してしまっており、もはや私の力ではどうすることもできませんでした」


 なるほど。


「現地の有識者といわれる人に相談したところ、『ならば黒猫を根絶やしにするしかない』などと物騒なことを言い出し、逃げるように帰って来た次第です。どのようにすれば、彼ら彼女らに正しいギャラクシー猫信仰を伝えることができたのでしょうか」


 実は、さっきも軽く口にしましたが、労働者における黒猫信仰には二つの流れがあります。ここはひとつ、もう一つのカワイイ黒猫信仰の考え方をぶつけてみてはいかがでしょうか。


「すみません。勉強が足りないもので、もう一つの黒猫信仰というものを私は存じ上げません。ご説明いただけますでしょうか」


 結論から言えば、非常に単純(シンプル)です。ギャラクシー猫信仰における黒猫信仰では、黒猫は幸運を運ぶ存在であると信じ切られています。


「さすがニャンコスキー先生。それはなんとも、ハピハピハッピーな考え方ですね」


 そうですね。ハピハピハピハピハッピーだと私も思います。


挿絵(By みてみん)


「先生が仰っているのは、黒猫はプラスの願いや祈りを積極的に吸い取り、運ぶ存在ということですね?」


 さすがです三木先生。言葉足らずで不親切な私の発言から見事に要旨を汲み取ってくれました。


「不運や不幸を身代わりする存在ではなく、むしろ願いや祈りを運ぶカワイイ存在として尊ばれているのですね。そうした文脈において、黒猫というのは、もはや不吉などでは絶対になく、幸運そのものなのですね?」


 その通りです。このギャラクシー猫信仰を「ハピハピキャリー黒猫信仰」といいます。


「『身代わり黒猫信仰』から『ハピハピキャリー黒猫信仰』に進んでもらうよう、彼ら彼女らともう一度話し合ってみます」


  ★


「ニャンコスキー先生。だめでしたぁ」


 お久しぶりですね。一週間ぶりですか。どうしたのですか、三木スネコ先生。


「重労働者たちが求めているのは、実はハッピーやラッキーやカワイイではなかったのです。彼ら彼女らには、そんな余裕は全くありませんでした。求められていたのは、共感と、それに伴う癒しだったのです。心の負担を軽減してくれる存在だったのです」


 なるほど。


「先生。私たちは見誤っていたかもしれません。彼ら彼女らは、負の感情を押し付けていたというよりは、マイナスのエネルギーを黒猫と共有することで癒しを得ていたのです。その行為が、おそろしく不健全であるとわかっていても、厳しく孤独な人生という旅路で、身近な悩みやストレスやトラブルや困難を、共に味わってくれる身代わり黒猫が、彼ら彼女らには必要だったのです」


 たしかに、そういった傷ついた心に寄り添わねばならないという時代的・地域的な要請もあるかもしれませんね。しかし、たった今、三木先生自身が仰った言葉の中から答えが見え隠れしているのではないですか。


「どういうことですか」


 彼ら彼女らが誤った黒猫信仰の軸としているブラックホールの解釈に変化をつけるのです。それに伴って、身代わり黒猫信仰をも再解釈してみるのはどうか、ということです。


「再解釈……? どのようにですか?」


 ブラックホールは、ただ吸い込んで終わるものではなく、負のエネルギーを反転させ、正のエネルギーに変換した上で返却してくれる存在。そのように理解させるのです。絶望に呑み込まれっぱなしは看過できませんのでね。『共感反転の黒猫信仰』といったところでしょうか。


「ああ、すばらしい、お見事です。もともと黒猫たちに共有力・共感力があると強く信じられている土壌があるのなら、受け入れられる可能性があります」


 ええ、これでカワイイ黒猫を幸運そのものと位置付けることができました。この提案を懇切丁寧に説いてみてください。苦しみや困難に寄り添うという共感の段階を飛ばすことなく、最終的に負の力を反転させてあげることができるでしょう。


「つまり、『ハピハピキャリー黒猫信仰』は、はじめから希望や幸福への祈りを積極的に吸い上げ、そして何より、運搬・拡散することが重視されるということですね。それに対し、『共感反転の黒猫信仰』は、人から黒猫への最初のアプローチが負の感情であり、それが吸収→反転→返却という一連の流れを経て、人々が元気を取り戻すことが重視されるのですね」


 さすが三木先生です。両者の差異にまで、すぐさま目が行き届くことに、感動をおぼえます。私の言いたいことが十分に伝わってくれることは、本当に心から嬉しいことです。


「ありがとうございます。光栄です」


 いくつか問題があるとするならば、まずは、黒猫が感情を反転させる存在と考えられてしまった場合、正のエネルギーが負のエネルギーに変化すると解釈されてしまう可能性があるということです。


 また、猫は生き物であり、毎日毎日マイナスの言葉を投げかけられたら落ち込んでしまうこともあるため、生きている黒猫に直接投げかけるのではなく、既存の像などに語り掛けるようにしてください。


 これらの点に、深く深く注意しながら、正しいギャラクシー猫信仰を広めていってください。


「わかりました! 私、もう一度、彼ら彼女らと話してみます。ありがとうございました、ニャンコスキー先生!」


 行ってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて。


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