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ギャラクシー猫信仰の軌跡  作者: クロード・ニャンコスキー
17/19

17、龍信仰とは猫信仰である

「ニャンコスキー先生、龍信仰について、教えてほしいのですが……。世界中に点在する龍信仰が、実は猫信仰だったと先生のご著書に示唆されていたかと思います。本当でしょうか」


 よく読み込んでくれていますね。この大教室で、そのことが理解できるのは、おそらく私を含めて……そうですねぇ、わずか数人といったところでしょう。


「いえ、実をいうと理解できたわけではないのです。龍と猫って、全く違うじゃないですか。それが、どのように同一視されるに至るのか? 議論に絶対的に無理があるのではないか? 自分は、そのように疑っているのです」


 そうですね。無理もないことです。ですが、私も全くの根拠なしで「龍とは猫である説」を唱えているわけではありません。あなたは、「猫は液体である」という言葉を御存じですか?


「ええ、それは知っています。とても狭い場所に入って行ったり、小さな鍋やガラス瓶に納まったりする能力を持っており、まるで骨格など無いかのように肉体を自在に変化させるさまは、まさに液体のようだと言っても過言ではないでしょう」


 それを一歩進めると、「猫は水である」という解釈が可能です。


「そうですね。我々人類も、身体の半分以上が水でできているなんて言われたりもしますね」


 水と聞いて、何か思い出しませんか?


「いえ、浮かびません。というか、候補が多すぎて絞り切れないといいますか……」


 ご存知のことと思いますが、古今東西の龍信仰は、水に関わるものが多いのです。寺院などの宗教施設や城郭などにおいて、火事で建物が焼けないようにと、水神を(かたど)った龍のようなものを屋根に設置している例は枚挙に(いとま)ないほどです。また、水難よけとしても龍は祀られます。


「それは知っています」


 龍は、蛇のように細長い姿をして描かれることが多いですね。これは、水の特性を表わすものです。川の蛇行した様子などに、古の人々は大地に大いなる龍を見いだしました。そして猫を形成しているのは何ですか? そう水です。


「たしかにそうですが……」


 古今東西の龍信仰の裏には、猫がいるのです。「猫は水である」という一つの事実は、龍との関わりを示すものであることに間違いありません。


「いや、猫……。龍……。やっぱ全然ちがいますよ。それに、一瞬だまされかけましたが、そもそも、猫が液体だから猫は水だ、という説にも乱暴な飛躍を感じます」


 ひょっとして、あなたは、現実の猫の姿のみを思い浮かべていませんか? そして、無意識に龍の存在を肥大化させ、「龍は猫である」の意味を誤解していませんか。……もしや龍という名の神的なものが、猫の姿をとって目の前に顕現しているとでも? それも一つの信仰の形ですが、やはり誤解があると言わざるを得ません。


「いえ、すみません。あの、えっと、自分はまだ、今のニャンコスキー先生のお言葉をとってみても、後半部分は思いつきもしないレベルです。全然そんな境地まで考え至ってさえいません。ただ、現実の猫の姿だけを思い浮かべてしまっているというのは、確かにその通りでした。反省します」


 いいえ、大丈夫ですよ。いろいろな考え方がありますからね。とにかく、私の考えとしては、ギャラクシー猫信仰――まあ、ユニヴァース猫信仰と言い換えてもいいですが。その支配下に、龍信仰はあるのです。


「つまり、猫が龍の化身なのではなく、むしろ龍のほうが、偉大な猫の化身として存在しているということですか?」


 はあ。なるほど。おかしいですね。我々の教えは、そのようなものではなかったはずです。“偉大な”猫ではありません。“カワイイ”猫です。ただ、あなたの言葉のなかで、化身という考え方は、悪くないかもしれません。龍もまた、カワイイの化身の一つであることは疑いようありませんからね。


「しかし先生、一般的なイメージで言うと、龍はおそろしい形相で描かれることが多いですし、そもそも龍と猫はひどく格が違うものと考えられているのでは? ギャラクシー猫信仰が龍をどこに位置付けていようとも、龍信仰は根強く世界中に広まっています。あまりに龍のイメージは強く、一般論では、絶対に猫は龍に並び立ちません」


 いいでしょう。まずは、あなたを納得させるために、少し違った角度から斬りこんでみましょう。


「お願いします」


 龍と並び立つ存在といえば、猫と似たある動物が思い浮かぶことでしょう。


「猫と似ていて、龍と同格というと、やはりあれですか。大きく鋭い牙や爪をもち、特徴的な縞模様で森に君臨する……虎、ですね」


 そうです。虎です。「竜虎(りゅうこ)相い()つ」という言葉があるように、英雄豪傑の頂上決戦のようなイメージでとらえられています。


「そうですよね。強大で、抜きんでた両者の争いが想像されます」


 これねぇ、間違っているかもしれません。


「は?」


 古代東アジアの古典に、『易』というものがあり、その一節に、「龍吟ずれば雲起こり、虎(うそぶ)けば風生ず」という言葉があります。龍という生き物が雲を起こし、虎という生き物が風を生むと解釈できますが、一方で、別の解釈も存在し得ると思うのです。


「えっと」


 龍と虎は、実は同じ存在なのではないかと解釈できます。雲と風は、ともに天候に関わる現象です。あるいは、天候を操る力をもった一つの生き物だったとすれば、わりと筋が通るのです。


「龍虎だとか虎龍とか、もともとは両者の特徴を包括した存在だった……。それが、どこかのタイミングで解釈に誤りが生じ、龍と虎に分かれてしまった……と、そういうことですか?」


 誤解や誤読は、必ずしも悪い事ではありませんが、一度は真実を見通す必要があります。どのように分かれたのかは不明ですが、あなたの言う通り、龍と虎は一つの存在だったというのが今の私の意見です。


「本当に? ひとつの生き物だった……。ハッ、もしかして、それはギャラクシー猫だったのではありませんか」


 結論を急がないでください。まだ話の途中ですよ。


「すみません」


 いいえ、あなたの今の気付きは、この上なく目覚ましい長足(ちょうそく)の進歩です。


「あっ、ありがとうございます」


 さて、猫にまつわる言葉として、「猫が顔を洗うと雨が降る」というものがあります。この言葉が意味するのは、猫が天候を操るということが暗に示唆されているということです。さらに、猫は火事が起きると炎に突っ込んでいくということが古の記録にあります。このような他の獣と違った特殊な習性は、猫が水の加護をうけた特別な生き物であることを示しています。要するに、現在世界中に広がっている現実の猫は、龍虎という存在と関係があるのです。


「なるほどぉ」


 龍虎という存在が二つに分かれてから、龍は何にもとらわれず縦横無尽に飛び回るイメージをもち、虎は気高い野生を振りまきながら大地を闊歩するイメージをもつに至りました。そして、一般の家屋で飼われることによって、それぞれ別の名前を獲得しました。


「蛇と、猫ですね」


 その通りです。蛇、たとえばアオダイショウなどは、天井裏や床下などに住み着き、ネズミなどの害獣を駆除する役割を果たして来ました。猫もまた、家に居ついて同じくネズミなどの害獣を駆除してきました。


「たしかに」


 ここで一つ皆さんに向けて警告しなければなりません。


「なんですか」


 龍虎は、ある角度から分析すれば、農耕にも関わる存在です。雲や風は、天候の変化を生みます。雨が降らなければ、作物が育つのが難しい環境となります。豊穣を得る手段として龍虎信仰があったのだとしたら、龍信仰と虎信仰(=猫信仰)を分けてしまうことによって、そうした豊穣への祈りが忘れられることになりやしないか心配に思うのです。


「なるほど。同意します」


 飽食の時代と叫ばれて久しい昨今ですが、やがて食糧を得るのが難しい時代が来るのではないかと言われています。このような時代にこそ、今こそ蛇と猫との関係性に思いをはせ、龍虎信仰を思い起こさなくてはなりません。


「その関係性というのが、つまり、蛇と猫とが、対立したり並び立ったりする関係性でなく、そもそも同じ一つのものだった、ということですよね」


 そうです。


「ギャラクシー猫、なのですね。であるなら、猫も蛇も、龍虎という存在も、すべて広義の猫ということになります」


 ある場所に、「おねこさま」という伝承があると聞いたことがあります。ネズミを退治するために神社で借りてくるものなのですが、この正体が実は蛇なのですね。「おねこさま」なのに蛇を表わすというのは、蛇と猫との関わりを示す証拠の一つと考えられます。また、ネズミは当時・当地域において不潔の象徴ですので、それを清めるのに水のイメージをぶつけたとも解釈できます。つまり、やはり龍は猫なのです。


「ありがとうございます。大切なことに気付けた気がします。たとえば、我々がさまざまな猫と触れ合うとき、その背後に龍虎を見出し、そのさらに向こうにギャラクシー猫を見出さねばならないのですね」


 それは素晴らしいことです。そして、今ここに示すのが、私が考案する「龍虎」の新たなイメージ図の一つです。


挿絵(By みてみん)


 はい、龍虎ちゃんカワイイですね。


「かわいいです」



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