10、懇親会1:キジトラとホワイトの争い
懇親会は、猫耳居酒屋『ギャラ串ィ』の一室を貸し切って行われた。
猫耳娘のコスプレをした女性従業員たちが注文を取りに来る。
串焼きや串揚げとともに酒を楽しみ、それぞれ軽く酔いが回ってきたところで、ユニヴァース猫大学准教授の、渋谷待公が、ジョッキを片手に先生の隣に座った。
「ニャンコスキー先生。正直、今回の話は、あまり踏み込んだ話は少なかったですよね」
「そうでしょうか。わりと攻めた内容だったと自分では思うのですが」
「もっとですねぇ、大胆な暴露がみたかったですよ。マンチカン派に気を遣い過ぎでは?」
「それはある種の礼節ですので、致し方ないでしょう」
「忠義に厚いのは素晴らしい事ですがね。でも先生は、正直なところ、これからどうなっていくと思いますか?」
「どう、といいますと? マンチカン派の今後ということですか?」
「いやぁ、そうじゃなくてですね。もっと広い……まあ、いろいろキナ臭い話があったりするわけですよね。ギャラクシー猫界隈は。実際のところ、そのへんはどうなってんですか、正直」
「おそらく渋谷先生が言っているのは、キジトラ振興会のことですね」
「正直、その通りです」
「現在、この地域周辺では、キジトラ振興会とホワイトニャンキー同好会とが対立状態にあります。両方とも新しい組織ですが、これは放っておくと厄介なことになります。私の後を継いだ、新たな教祖の腕の見せ所といったところでしょう」
「さすがですね。正直、御存じないかと思っていました。現在進行形で刻々と変化する最新情報までカバーしてらっしゃるとは」
「正直おどろきましたか?」
「はい、正直なところ、素晴らしい先生だとあらためて思いました」
「キジトラ振興会は、地上で活動する過激派教団ではありますが、ここ最近では、ハイレベルなユニヴァース猫耳娘やギャラクシー猫耳娘を多く生み出していることから、大衆化には貢献してきたとされます。少し強引な手段で資金を集めることがあるものの、信仰に対しては熱心であると言える組織です」
「正直に言ってください正直に。あいつらヤベえ組織ですよ? 解体しましょうよ」
「思想的に過激であることはわかっています。しかし、現在のところはまだギリギリで犯罪にはならないレベルの行動に止まっています。どちらかといえば原理主義に属し、『汝の猫を愛せよ』の精神がひときわ強く、それが強すぎるがために、排他的な側面を持ち合わせているようです」
「でも、正直、先生の思想とはかけ離れてますよね。やつらは、犬信仰をもつ者をあぶりだし、信仰対象が猫である組織以外は異端であるとして方々を罵っています。とても許容できるものではありません。しかも、彼らの見せかけの愛は『宇宙カワイイ』にまでは全く届かず、生物としての猫や、キャラクターとしての猫娘のところにとどまってしまっています」
「もちろん、狭量で浅学な面は許容しがたいですね。しかし、尊重すべき点もあります。私の教えとは全く違っておりますが、キジトラ振興会の最も大事にしている考え方は非常に現実的で、『目に見えないものを大切にしたところで、目の前の大切な人たちを守れなかったら意味がない』というものです。一理あると思います」
「ですが正直それは――」
「彼らの問題というのは、強い仲間意識が生み出す排他性です。それが自分たちだけの利益を追及し、過激な行動に走らせかねない点にあります。危険視するのは構いませんが、無理に引き締めようとすると、さらに排他的になり、大きな反発を生んでしまうでしょう」
「たしかにそうですね。難しい舵取りです。そうなってくると、ホワイトニャンキー同好会は彼らから目をつけられているわけですが、正直、存続できると思いますか?」
「はっきり言いますが、ホワイトニャンキー同好会として存続し続けることは出来ないと思います。しかし、彼女らの特性上、生き残ることはできるでしょう」
「どういうことでしょう、正直、わからないのですが」
その時、対面に座っていたユニヴァース猫大学非常勤講師の三木スネコという女性がすっかり顔を赤くして、甘い声で会話に混ざってきた。
「れー、先生、ホワイロニャンキーをぉ、ご存知なんれすかぁ?」
「ええ、存じておりますよ。ホワイトニャンキー同好会。とりあえずあなたマタタビ酒を飲みすぎでは? お水をどうぞ」
「へへぇ~。ありあとろらいま――ひっく、うへぇ。ぐびぐび」
「三木先生は、彼女たちとどういう関係が?」
「あー、そのまえにぃ、ホワイロニャンキーは、何のやつなんれすかぁ?」
「どのような思想か、ということでしょうか。はっきり言います。思想はありません」
「あい、そうれす」
「ホワイトニャンキー同好会には、女性信者しかおりません。彼女らは、名前からもわかるように、白い猫を愛する者たちだと思われています。しかしそれは表向きにそう主張しているだけです」
「あい」
「この者たちの行う儀式は、巨大な白猫型の人形のしっぽを撫でるというものです。そのしっぽは、座る猫の前方についており、そそり立つ立派なものです」
「そうれす、ごりっぱごりっぱ」
「ホワイトニャンキーのニャンキーとは、ニャンコとジャンキーとヤンキーが重なっており、普通の猫信仰に反発した若い娘たちが、世の男子たちの気を引く目的で設立されました。つまり彼女らは恋人との出会いを病的に求めているのであって、本当に白い猫を愛してるわけではありません。あたかも信仰があるかのように装ったカモフラージュです。それっぽくした悪質寄りの出会い系です」
「ここらけの話ぃ、ホワイロニャンキーには計画がありあす」
「キジトラ振興会に入り込むことですね?」
「そうれす。すごぉい」
「そもそも、なぜキジトラ振興会が動き出したかというと、彼女らの慣習の異常性に原因があるのです。彼女らは意中の男性がいた場合、子供を産みはしますが結婚はしません。あくまで真の夫は巨大な白猫の人形なのです」
「すごぉい、やばぁい」
「ホワイトニャンキー同好会は、娘が産まれると、その娘も同好会に参加することになります。息子が産まれると、何らかのユニヴァース猫信仰に属すことになります。ホワイトニャンキー同好会は信仰をもっているわけではないただの出会い系ですので、そうした猫信仰に全く関係のない活動を世の中に広げてしまうことを危惧したのです。これがホワイトニャンキー排除の運動がはじまった理由です」
「れすれす」
「欲望との折り合いをつけるのが苦手な両者の争いですが、私はいずれ遠くないうちに終結をみると思います」
「なんれれすか」
「結婚するんですよ。ニャンキーが。キジトラ振興会の全員と」
三木スネコは思わず拍手をした。正解だったようだ。
「おろろき~?」
「驚きやしませんよ。あなたも含め、かの同好会は高IQ集団ですのでね、このレベルの策を練ることのできる者は大勢いることでしょう」
渋谷待公は、どこまで先が読めているのかと驚き、身を乗り出した。
「すごい話になってたんですね。正直、おどろきです。しかし、結婚することがなぜ高度な策と言えるのですか」
「ホワイトニャンキー同好会の信徒が、キジトラ振興会の構成員全てと婚姻関係を結ぶということは、彼らの身内になるということです。表向きは同好会は消滅したことになります。しかし、これはキジトラ信仰会を隠れ蓑にする生存戦略で、組織を丸ごと乗っ取ろうという算段です。三木先生の言う計画というのは、そういうことでしょう」
「やばばぁ」
「しかし、気を付けなくてはなりませんよ。キジトラ振興会は、女性たちを商品化することで金策を練る手段を手に入れたと考えます。彼らの邪悪で短絡的な考え方に吞み込まれれば、ろくでもない事態になってきます」
「らいじょうぶれすよぉ」
「本当に大丈夫でしょうか? あなた、わりと呑まれやすい性格のようですので、少し心配ですね。乗っ取るつもりが取り込まれて終わるなんてことにならないようになさってください」
「あい、がんばいまぁす――うっぷ」
すっかり酔って吐きそうな三木先生に、「もうっ、正直飲みすぎですよ」と渋谷先生が手を差し伸べ、彼女をお手洗いに連れて行った。
しばらくすると、空席になった隣に、美しい女学生が座った。
「先生、さきほどのホワイトニャンキーの話、聞かせてもらいました。でも、いささか腑に落ちない点があります。ホワイトニャンキー同好会に思想が無いとおっしゃいましたが、彼女たちの思想は、少子化に対抗するためのものと言われています」
「そうなのですね」
「ええ、猫かわいいとか、猫耳かわいいとか言い出すあまりに、現実の女の子がないがしろにされていて、それが少子化の大きな要因になっているのではないかと同好会は考えているのです。つまり、人間を第一に考えることを強調しているわけです。これは思想といえるかと思いますし、実際に有名な学者先生がそうした説を唱えていることからも信憑性が高いと言えませんか」
「少子化への対策ですか。たしかにそういう結果も招くかもしれません。中には、そうした信念のもと同好会での出会い活動をしている者もいるのでしょう。ただし、一つ言っておきますが、有名な先生が言ったからそうだというのは、すこし乱暴な論ですね。あなたは、有名な学者が『ギャラクシー猫の正体はトイプードルだった』と言ったら、それに盲目的に従うのですか?」
「いえ、あたしのギャラクシー猫はスミロドンです」
「おお、サーベルタイガーの一種ですね。元気にしていますか?」
「現実では絶滅してしまいましたが、私の中では生きています」
「では、絶滅していないということです。勝手に絶滅させてはいけません。引き続き『汝の猫を愛せよ』ですよ」
「ありがとうございます、ニャンコスキー先生!」