頑張るしかない
兜をとったその女性は、髪を後ろで結った女性だ。人懐っこそうな顔はどこかミルネちゃんを思い出す。けど、こちらは獣人族ではない。人族の女性だ。その顔には剣で斬られたような傷跡があり、端正な顔が台無し……とはならず、カッコ良くて彼女の魅力を引き出しているように見えるね。姉御って感じ。
彼女はカトレアを見てニカッと笑って見せると、それからカトレアに向かって手を差し出してちょっとだけ豪快に握手して手を振り回すという行動を見せる。
先ほどの堅苦しい挨拶などなかったかのような、とても親密そうな行動だ。
カトレアは彼女の事を、姫騎士とか言っていたよね。姫騎士と言う事は、カトレアと同じお姫様なのかな。この人が……カトレアとはちょっと違うタイプだけど、確かにキレイな人だし、お姫様と言われれば納得と言えば納得である。
「心配していたんだけど、案外元気そうじゃない。会議に出るって聞いた時はビックリしたわー。でも正直言って、もう二度と会えないかと思ってたし嬉しいよ」
彼女とカトレアは個人的には親しいのかもしれない。だけど国同士が今争う事になりそうで、互いの立場を考えれば親しくなんてしていられない。分かるんだけど、もどかしいね。
「大袈裟ですよ、シェリー。でも、そちらも元気そうで何よりです」
「うん。あー……色々、大変だったね。ごめんね、援軍にいけなくて。本当はあたし、援軍に駆けつけたかったんだよ。それは信じて欲しい」
「分かっています。貴女はそういう人ですから」
「……でも本当に、無事で良かった。アスラの大軍勢を退けたんだよね。確か、アリスとかっていう魔物の力を借りて勝って、その後庇護下に入ったとか……それって大丈夫なの?魔物に生贄とか要求されてない?カトレアは可愛いし、食べられたりしない?」
「ふふ」
カトレアは面白そうに笑った。
確かにカトレアは美味しそうだし、食べたいとは思っている。でも当然食べていないからね。自らすすんで食べられようとして来ても、ちゃんとお断りしている。
そんな過去を想い、笑ったのだ。
「大丈夫ですよ。アリス様はちゃんとしたお方です。生贄など求めませんし、とても可愛くて頼りになるお方なんですよ」
「そ、そうなの?珍しいね、カトレアがそこまで褒めるなんて……そんなに凄い魔物なの?」
「はい」
「そっか……」
私を想像しているのだろうか。シェリアさんが、空を見上げて遠くを見つめ出す。
彼女の頭の中で、どんなアリス像が浮かんでいるのか是非とも覗き見てみたいものである。
「シェリア様……」
「ん。何?」
近づいて来た兵士が、シェリアさんに耳打ちをした。そしてシェリアさんがこちらを見て来る。
そこには、顔を隠して触手を生やした魔物が立っていた。つまり私だ。
「っ!」
シェリアさんが反射的に腰の剣に手をかける。でもそれは本当に反射的な行動だったようで、剣を抜いたりはしないし、すぐに我に返って身体の力を抜いた。
魔物と遭遇した時の、至極当然の反応である。だからまぁ、別にいい。ちょっと悲しいケド。
「ま、まさか……アリス、様!?」
「その通り。この方がデサリットを救ってくださり、今はデサリットの守護者として君臨するアリス様ですわ。剣を抜かなくて正解ですよ、シェリー。もしアリス様に襲い掛かったりしたら、食べられていた所です」
「人が悪いよ、カトレア……!そう言う事は最初に言って!というかおかしいよ。さすがにここまで魔物の気配を感じ取れないなんて、絶対におかしい。まるで存在そのものがなかったみたいだったもん」
バレた。
実は私、気配遮断のスキルを使っていたのだ。遠目に見ていた兵士に気づかれてしまったみたいだけど、カトレアに気をとられていたシェリアさんは私に全く気付いていなかった。おかげで特に私がしゃしゃり出る事無くすんなりと話が進みそうだったんだけど、そうはいかない。
「えっと……は、始めましてアリス様。私、シェリア・リル・クルグージョアって言います」
「……よろしく」
「よろしくお願いします。て、魔物に言葉が通じた。私、魔物と喋ってるっ」
「言葉が通じる魔物なんて、珍しくない。たくさんいる。だから、普通」
「そ、そうなんですか!?」
私が教えてあげた事実に、シェリアさんは衝撃を受けたようだ。
でも本当の事である。喋る魔物なんて、珍しくない。テレスヤレスだって喋れるし、ジ・ゴだって喋ってたんだから。
……でも、それくらいか。
「……あの魔物が、アスラ神仰国の大軍勢を虐殺したのか」
周囲の兵士達も、全員が気配を消していた私を認識した。そうなったらもう気配遮断のスキルは無意味なので、解除しておく。
そして私に、畏怖の目が向いた。シェリアさん側の兵士達は私を見て、私が目を向けようとすると顔を背けて一歩下がる。
私の耳が良い事を知らない彼らは、ヒソヒソと話して私を化け物呼ばわりしているね。こんな化け物に縋るとか、デサリットの王様の頭がイカれているとかという内容も聞こえてくる。
「──客人の前で堂々と陰口を叩くのはよせ!」
居心地が悪くなってしまったんだけど、しかしシェリアさんが叫んでそのヒソヒソ話を打ち消してくれた。
「し、しかしシェリア様!まさか、この醜い魔物を王都に入れるおつもりですか!?」
「当然、入れる。だって客人だもん」
「ダメですよ!そんな事絶対に許されません!」
「そうですよ、シェリア様!特に今は、各国から王が集まろうとしている時期です!もしその場に魔物などがいると知れ渡れば、我が国の沽券に関わります!王の中には、危険を察して帰る者もいるかもしれません!」
私を通す事に、兵士達は猛反対だ。私の目の前で、ね。へへ、良い度胸してる。食ってやろうか。
なんてちょっとは思うけど、そんな事はしない。コレが普通の反応だと理解しているので、怒りもしないよ。私は冷静な魔物なのだ。
「……アリス様は、私の護衛。そして、デサリットの守護者。それを、危険だの醜いだのと、私を前にしてよく言ってくれます。貴方たちの所属は?名前を教えてください。是非とも、カラカス王に相談したい事がありますので」
私はいたって冷静だ。怒っていない。でもカトレアが怒っている。ニコニコ顔だけど、その顔には笑顔には殺気がこもっているから。
兵士達はそんなカトレアに睨まれて黙るしかなかった。もし所属や名前を教えたら、カトレアが王様に、『この人たちを死刑に処して』とかお願いしそう。だから言わない方がいい。
「ごめんね、カトレア。彼らは私の部隊の兵なの。だから私に免じて許してあげて。後で私がきつくしかっておくからさ」
「……仕方ありませんね。シェリーに免じて赦してさしあげます。しかし客人に対する礼儀も、きちんとわきまえさせておいてくださいね。私は本気で、頭に来ているのです」
「分かった、分かった。お前たちはとりあえず、あっちに行ってて。話が進まなそうだからさ」
シェリアさんに指示され、私に関して抗議をした人たちはこの場から退いた。それでも、魔物の私に向けられる目つきは変わらない。
ま、いくら言葉で安全だと言った所で、距離は縮まらない。デサリットで、実際そうだった。今はネルルちゃんやフェイちゃんとも大分近づけたけど、それはちゃんと話したり友達のように接する事で得た距離だ。カトレアのように、初見で好感度マックスで行ける人はまずいない。
もしかして、彼らが飼いならしている魔物にならい、首輪でもつけてリードをカトレアに握らせたら、少しは見る目が違ってくるのかな。
……想像したけど、カトレアにそんな事をさせたら一種の何かのプレイになってしまいそう。というか自分の身の危険を感じる。やめておこう。
でもそれじゃあこれからしばらくは、こんな感じの扱いを受けるのかな。居心地が悪そうだなぁ。私来ない方が良かったんじゃないだろうか。
いやでもカトレアだけを行かせる訳にもいかないよね。だって、カトレアの見立てでは神様関連の人がどこかにいるかもしれないんだから。
まぁ、頑張るよ。頑張るしかない。