運命
ジョーグヴァーレン洞窟は、深い森の中のそびえたつ岸壁の中に存在している。その岸壁は大地の巨人と呼ばれるほどに大きく、私が洞窟から脱出した時もその岸壁にポッカリとあいた穴から落下する事で脱出を果たした。
その洞窟に、人は近づかない。人どころか、全ての生き物が近づかない。洞窟に足を踏み入れれば、亡き者となる。洞窟から魔物が出てきたら、周囲の生物に大きな災いをもたらす。
そうして周辺の国々はその洞窟の危険度を認知し、触れない事で平穏を保って来た。
それでも昔は人が足を踏み入れる事があったらしく、その人たちが広めた逸話にジ・ゴという化け物が出て来るらしい。人語を話す、洞窟最強の魔物。彼は洞窟が人の手で荒らされる事を許さない。人々に洞窟に入る事は勿論、近づく事すらも禁じておいやった。
その後も洞窟に近づいたり洞窟に入る人はいたけど、誰一人として帰ってこなかった。以後、洞窟と洞窟周辺は人々にとって立ち入り禁止の聖域となった。
というのがネルルちゃんのお話。ジ・ゴ、有名だったんだね。
「ど、洞窟にはそれはそれは恐ろしい化け物がうじゃうじゃいるって、そういう噂です」
しばらくブラブラとしながら話していたけど、やがて私達は城内2階のテラスへと辿り着き、そこでイスに座りながら話している。
ポカポカな陽気で、眠気を誘われる環境だ。
「……確かに、恐ろしい魔物がたくさんいた」
今思えば、ホントよく生き残れたものだと感心するよ。あんな化け物だらけの洞窟で、レベル1から私のこの世界での生は始まったのだ。
「その洞窟で生き抜き、あまつさえ洞窟で一番の強さを誇ったとか……本当にすごい事だと思うんです。そんなお二人が手を組めば、誰も手を出せない最強のチームとなってしまうのでは……」
私とテレスヤレスは、そう言われて互いの顔を見合った。たぶん、考えている事は同じだ。
私もテレスヤレスも、確かに強い方だとは思う。でも上には上がいる。私達の前に立ち、その圧倒的な強さを見せつけて来た、偉そうなおじさんことバニシュさん。
ただでさえ強い存在だったのに、その更に上に魔王クエレヴレがいる。バニシュさんはともかくとして、レヴの強さは異常だ。今の所全くこれっぽちも勝てる気がしない。
「……」
「な、なんでお二人ともしょんぼりするんですか!?」
「……なんでもない。ちょっと思う所があるだけ」
「そうですね。本当に、ちょっと思う所があるだけです」
「どうして二人で息を合わせたように同じことを言うんですか……。もしかして私、何か失礼な事を言ってしまいましたか?」
「言ってないから、大丈夫」
私はそう言いながら、触手を伸ばしてネルルちゃんの頭をなでなでする。
そう。これは自分の問題だ。レヴより強くなるのは難しいかもしれないけど、少なくともバニシュさんを倒せるようにはなりたい。邪神の、縋ってはいけない力に縋って倒すのではなく、自分の力でね。
当面の目標はそこでいいだろう。最終的にはレヴよりも強くなりたいと言う野望はあるけれど、今は無理だ。
というかそれよりも、リーリアちゃんと会いたい。話したい。抱きしめたい。
「あの戦いで、よく二人とも生き残る事が出来ましたね」
と、テレスヤレスが呟くように言った。
あの戦いとは、言うまでもなく私とテレスヤレスが手を組んでバニシュさんに挑んだ戦いの事だろう。
「うん。私達は、弱い」
「はい」
「ええー……」
ネルルちゃんから見れば、そりゃあ私達は強いのだろう。でも私達がした経験は、私達にそう感じさせるに充分な物がある。
リーリアちゃんは、そんな弱い私を目標にし、強くなる決意をして私の下を去って行った。でも悪いけど、私だって弱いままではいられない。もっと、もっと強くなってやる。次会う時には前の私と比較にならないくらい強くなってるかもよ。覚悟しておいてほしい。
「そういえば、テレスヤレス。洞窟に戻りたいとは思わないの?」
私にとって、あの洞窟にはなんの思い入れもない。でもあの洞窟出身のテレスヤレスからしてみれば、あそこは故郷のような物だろう。
バニシュさんから解放してくれた私に恩を感じてついてきてくれるのはいいんだけど、私としてはちょっとだけ心苦しい。だって、せっかく自由になれた訳だしね。
「思いません。あそこにはもう、ジ・ゴもいませんし。それに今私は洞窟の外の世界に胸を躍らせています。洞窟にいた時には、考えた事もなかった世界の形が広がっていて、その興味は尽きる事がありません。そう考えると、私を洞窟から連れ出した魔族の方には……いえ、やっぱり殺意しかわきませんね。あの方、ジ・ゴを殺しましたし」
一瞬だけ感謝しかけて、テレスヤレスはやめて殺気を放った。その殺気を浴びたネルルちゃんが怖がってしまっている。けど私が頭を撫で続ける事でなんとかフォローした。
「……そのジ・ゴだけど、実は私、バニシュが彼を倒した後で私がその死体を食べさせてもらった」
「ジ・ゴをですか?その時、現場にいたのですか?」
「うん。でもその時の私はこの世界に生まれたてで、とても小さな存在だった。目の前でおきたバニシュとジ・ゴの戦いを見ても、何も理解できない程に小さかった。戦いが終わると、ジ・ゴの巨体が地面に転がっていて……それを私が食べさせてもらった。おかげで、命を繋ぐことが出来た」
もしかして、大切な人の死体を食べた事に怒られるかもしれない。そう思ったけど、私は正直に話した。
テレスヤレスにとって大切な人の最期を、テレスヤレスには知っておいてもらいたいと思ったから。
「驚きました。まさか、アリスさんとジ・ゴに接点があったなんて……。でもその時ジ・ゴの身体のおかげで命を繋いだアリスさんが、成長し私を助けてくれたと考えると運命を感じますね。私、益々アリスさんと仲良くしたいと思いました」
「ありがとう。私もテレスヤレスとは仲良くしたいと思っている」
「はい。どうぞこれからもよろしくお願いします」
共闘し、元々友達のような存在になりつつあったけど、この件で決定的になった気がする。
テレスヤレスはいい魔物だ。下手に人を傷つける事なんてないし、意思の疎通も出来てその性格はとても穏やかだと分かる。これからも是非とも仲良くしてもらえたら嬉しいと思う。
そんな穏やかなテレスヤレスを怒らせる事が出来るのは、バニシュさんのような人くらいだね。
と話している時だった。私はお城の中にリーリアちゃんの姿を見つけ、席を立った。
リーリアちゃんは書類のような物を胸に抱いて廊下を歩いていたんだけど、すぐに追いかけた私は背後から彼女を触手で拘束する事に成功する。
「はっ!?な、何これ!?て、アリス様!?何してるんですか離してください!も、もしかしてついに私を食べるつもりなんですか!?そうなんですね!?私食べたってきっと不味いです!クソの天ぷらみたいな味しかしないですよ!聞いてます!?もし私に手を出したらリーリアさんにぶっ殺してもらいますからね!?ぎゃー!嘘ですごめんなさい、謝るから何もしないでー!」
引き寄せて抱きしめてみたけど、このリーリアちゃんはとにかくうるさい。あと、ネルルちゃんよりもプニプニしている。
よく見ればリシルシアさんだった。半泣きで私の腕に抱かれ、青ざめている。
「はぁ……」
私はため息を吐くと、彼女を解放してあげた。
「助かった……けど勝手に拘束して抱きしめておいて、ため息ですか!?なんかショックです!」
「ごめん」
文句を言われたので一応謝っておいて歩き出し、私は城内の散歩を再開する。
「ま、待ってくださいアリス様。私も行きますので」
「……アリスさんはどうやら、リーリアさんを探しているようですね。私も同じ事をされました」
「え、ええ。リーリアさんがいなくなって寂しいのは分かるけど、誰彼構わず抱きしめるのは──ギャー、魔物!食べられるー!」
途中までテレスヤレスに話しかけられているのが分からなかったリシルシアさんが、テレスヤレスの顔のない顔を見て気づき、叫びながら走って逃げて行ってしまった。
さすがにそれはショックだったのだろうか。テレスヤレスは呆然としてしまっている。
「い……行きましょう、テレスヤレス様」
そんなテレスヤレスの手を取り、ネルルちゃんが引っ張って歩き出して私についてくる。
「はい、メイドの方」
「わ、私はネルルって言います」
「はい。ネルルさん」
なんだか、この2人の仲も良くなっている気がする。きっとこの散歩のおかげだろう。
レヴも言っていたけど、仲良きことは良い事だ。この調子で皆と仲良くなれるといいね、テレスヤレス。
ちなみにリシルシアさんの事は、気に病む必要はない。私に対してもあんな感じだし。でもさすがに顔を見て逃げ出す事はないけどね。リーリアちゃんがいれば笑いながらフォローしてくれるんだけど……と考えると、またちょっとだけ寂しくなってしまった。




