禁断症状
リーリアちゃんが私の下をさってから、数日が経過した。私の心の穴は未だに大きくぽっかりとあいたままで、埋まる気配が何もない。
リーリアちゃんがいないと、凄く暇だ。リーリアちゃんがいないと、活力がわいてこない。リーリアちゃんがいないと、張り合いがない。リーリアちゃんがいないと、心があたたまらない。
私はたった数日で、リーリアちゃん成分がなくなってしまいその栄養を欲する身体になってしまった。禁断症状で触手が勝手に震えだし、リーリアちゃんを求めて勝手に伸びてさまよい始める。
「あ、アリス様!?またですか!?しっかりしてください!」
ふと気づけば、リーリアちゃんを触手が拘束していた。触手でぎゅっと拘束したまま本体の私の方へと持ってくると、私自身が抱きしめてその抱き心地を味わう。
でもリーリアちゃんと比べてぷにぷにで、何か違う。これはこれで凄く良いのだけど、離してよく見て気づいた。ネルルちゃんだ、コレ。
「……ネルル」
「は、はい。私はネルルです。リーリア様ではありませんよ」
「……うん」
ネルルちゃんは申し訳なさそうに言いながら、私を慰めるように頭を撫でてくれた。
場所は、私の部屋。時間は、もうお昼。リーリアちゃんを失った私は、若干引きこもりがちとなっている。いや、いてもたぶん引きこもりがちだけどね。
「大丈夫ですか、アリス様。何か、欲しい物とかありますか?この間のネックレスのお礼を何かしたくて……」
そう言ってくれるネルルちゃんの首元には、私があげたネックレスがついている。プレゼントした物を気に入って、身に着けてくれるのを見るのって嬉しいね。
まぁ今の私に喜んでいる余裕はないのだけど。
「特にない。気を遣う必要もないから、気にしないで」
「じゃ、じゃあ。二人でどこかへ行きませんか?どこかと言っても、私はお仕事があるので町とかではなく、お城の中をぶらぶらとお散歩してみないかという意味です」
一瞬デートに誘われたのかと思ったけど、違った。ネルルちゃんは部屋からあまり出ようとしない私を心配し、外に出るように誘ってくれているのだ。
「……分かった。ネルルが一緒なら、行く」
「行きましょう!」
ネルルちゃんの気遣いが嬉しいので、付いていく事にした。そして部屋を出た直後に、私はリーリアちゃんを発見したので思わず触手で拘束して引き寄せ、抱き締める。
「アリスさん、どうかしましたか?」
おかしい。リーリアちゃんと違い、身体が妙に硬い。硬すぎる。
離してよく見てみると、リーリアちゃんに顔がなかった。肌は真っ白で、まるでマネキンのよう。そして気づいた。リーリアちゃんじゃなくて、テレスヤレスだと言う事に。
「テレスヤレス」
「はい。テレスヤレスです」
「……人違い」
「少し、様子がおかしいです。大丈夫ですか、アリスさん。ご飯はちゃんと食べていますか?ちゃんと眠れていますか?」
「うん。それは大丈夫」
「そうですか……」
「っ……!」
テレスヤレスが、私から一緒に部屋から出て来たネルルちゃんに向いた。
テレスヤレスも色々な言語が扱える。魔族語は勿論の事、人語も習得済みなのでこのお城では基本的に人語で喋っている。先程の会話も人語の物だ。
とはいえ、人語を喋る魔物に対してネルルちゃんはちょっと引き気味。テレスヤレスに対してのネルルちゃんの反応は、私と出会って間もない頃を思い出す。
「少し、城内を散歩する。テレスヤレスも来る?」
「ご一緒してよろしいのですか?」
「うん」
「では、是非お供させていただきます」
仲間が増えて、3人で城内を散歩する事になった。私と、ネルルちゃんとテレスヤレス。けっこう珍しい組み合わせだ。
廊下を歩くと、嫌でも皆の注目が集まる。ただでさえ単体で目を引く2人が一緒にいるからね。
「ネルルはアレ以降、嫌がらせは受けていない?」
「は、はい。アリス様のおかげで全くそういった事はありません。というか、メイド長はあの後すぐに配置替えとなり、地方のお屋敷に勤務する事になったんです。今のメイド長は優しくて、とても良い人ですよ」
「そうなんだ。良かった」
念のため、彼女に気づかれないように監視はしていたので、そう言った事がない事は承知の上だった。でも、メイド長が飛ばされたと言うのは初耳だ。
性格悪そうな人だったし、嫌われてたのかな。これを機に自分の行いを悔い、反省すればいいと思う。
「人は面白いですね。同じ種族、同じ形だというのに、力がない者が上にたち、下の者を見下す事があるのですから。勿論魔物の中にも群れる者はいて、体格差で上にたつ者もいますが、それは力の差で決まる事。人には力以外の物があるのですか?」
と、テレスヤレスが不思議そうに聞いて来た。
あの洞窟出身のテレスヤレスにとって、この外の世界は不思議で理解できない部分があるらしい。
「それは仕事の内容によって変わるんです。人々が構成する社会の中には、力以外の部分を重要とするお仕事もあるんですよ。例えば私はメイドで皆さんの身の回りのお世話をするのがお仕事です。そこに力は必要ありません。あれば便利な時もあるかもしれませんが……基本は、お世話をするための技術が求められます」
「はい。知っています、メイドの方。私も貴女達メイドの方に、お世話をしてもらっていますので。皆さん、熱心に私が過ごしやすい環境を作ってくださり、とても感謝しています。……なるほど、それが貴方達メイドの方のお仕事ですか。お仕事によって求められる技術が違うと言うのは、本当に面白いですね。他にはどのようなお仕事があるのですか?」
「そうですね……家を作る大工さんや──」
「大工さん。洞窟を出てから魔族の方の町や人間の方の町を見かけましたが、どの町にもキレイな建物がありました。それらを作っているのが大工さんという仕事なのですね?」
「そ、そうです。興味ありますか?」
「はい。あんなキレイな建物を、一体どうやって作っているのか非常に興味があります」
テレスヤレスが胸に手をあて、僅かに頬を染めながらそう言った。本当に、建物に興味があるみたいだ。その建物を作った大工さんという職業に、恋しているようにすら見える。
だってその仕草はまるで女の子のようで、そこで疑問がわいた。
「テレスヤレスは、女の子なの?」
声は中性的なので、そこで判断はつかない。分かりやすい所で、胸は出ているような、出ていないような……視線を下に向ければ、もっと分かりやすい所がある。股間だ。その股間には、何もついていない。
でもそれは人間としての性別の判断なので、魔物のテレスヤレスには当てはまらないのかもね。
え?じゃあ私はどうなんだって?それは皆さんのご想像にお任せするよ。
「人間のように、雄雌という性別は私に存在しません。生殖能力もありませんので、私という種族が増える事もありません」
「じゃあ、テレスヤレスはどうやって生まれたの?」
「私は卵から産まれました。よく分かりませんが、私が死ぬと卵が残り、そこから新たなテレスヤレスが産まれるのです。私の親が死に、残った卵から産まれたのが私。ジ・ゴがそう言っていました」
どうやらテレスヤレスは、人とは根本的に作りが違うようだ。形は人っぽいんだけどね。
そして、ジ・ゴという人物の名を久々に聞いて思い出した。
「ジ・ゴは、バニシュに殺された大きなカエルの事?」
「……その通りです。私にとって、親のような存在でした。私は彼に育てられ、洞窟で一番の強さを誇る魔物となったのです。しかしその誇りは魔族の方によっていとも簡単に踏みにじられ、オマケに屈辱的な扱いを受けました。でもどうしてそれを?」
そういえば、テレスヤレスにはまだ言ってなかったっけ。レヴに私の生い立ちを語った時は、部屋の隅でマネキンになって眠っていたからね。
「私も、洞窟にいたから。その時、テレスヤレスとも出会ってる」
「そうだったのですね。驚きました」
「あ、あのー……もしかしたらと思ったのでお尋ねするのですが、その洞窟とはもしやジョーグヴァーレン洞窟の事ですか?」
恐る恐る、ネルルちゃんがそう尋ねて来た。
「その通りです。私がいた洞窟はジョーグヴァーレン洞窟と呼ばれていました」
「や、やっぱり……!」
ネルルちゃんは、私とテレスヤレスの会話から洞窟の場所を特定した。
そしてその答えを聞いたネルルちゃんの顔が、何故か引きつっている。その理由が分からない私とテレスヤレスは首を傾げるのだった。