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実戦用の剣


 人気の少ない路地を、ネコミミ少女に手を引かれて歩いて進んで行く。

 ミルネちゃんは聞いてもいないのに、どこに何があるかを私に教えてくれた。あの家はなんとかさんっていうお婆さんが住んでいて、お菓子をよくくれるとか。あの家のおじさんは獣人族を見て臭いと虐めて来る、とか。あの家の女の子とは友達だ、とかね。

 ここら辺は、3等地くらいかな。大通りから外れているし、裏の裏道なので割とお金のない人たちが暮らしている感じだと思う。

 ちなみにミルネちゃんは大通りの方で暮らしているらしい。この道は通りから通りへの近道で、よく利用するのだとか。今の暮らしは幸せだと言っていたし、カトレアが絡んでいるはずだからこんな所……というのは失礼だけど、貧困街とは無縁のはずだ。それでも分け隔てなく色々な人と知り合いになって仲良くなれるのは、やはりどこか猫っぽい。


「こっち、こっちですよ、アリス様!」

「……今は、アリス禁止。そのために変装している」


 周囲に人がいなかったからいいものの、その名を聞かれたら困る。私は自分の正体を隠すためにこの服を着て触手を隠しているんだからね。決して自分の趣味で選んだ服装ではない事をここに宣言しておかなければいけない。


「わ、分かりました。では……あっちゃんと呼ばせていただきますっ」

「あっちゃん……」


 いや、別に良いんだけどね。

 ミルネちゃんは自信ありげだし、その名を否定するつもりはない。


「あっちゃん、今日も可愛いねー。この後お茶しない?夜は星を見に行こうよ。でも星の美しさも君の美しさには敵わないよ」

「どこで覚えたの、その台詞」

「私と同じ、バレルカミシュに騙されて奴隷にされてた鬼人族の男の人が、同じ奴隷の女の人達にそんな事を言ってて覚えました」

「覚えなくていい。その人はただのナンパ男」


 奴隷なんて身分にされておいて、同じく奴隷にされた女性をナンパするとか、ある意味凄いよ。神経の図太さに感心させられる。


「でも、良い人でしたよ?妙にベタベタとくっついてくる人でしたけど、ご飯を分けてくれたりもしました」

「……ミルネは、悪い男の人に騙されないようにした方がいい」

「悪い男の人?騙される?」

「例えば……ミルネに好きな男の人が出来たとする」

「私、男の人より女の人の方が好きです!」

「うん。じゃあなんでもない」


 純真無垢な笑顔でそんなカミングアウトをされたから、私はこれ以上首をつっこむのをやめておいた。

 それからしばらくミルネちゃんに手を引かれて歩いていくと、本当にお店に辿り着いた。お店と言っても、普通の家の前に乱雑に看板が置かれていているだけのお店だ。看板には武具屋とだけ書かれている。周囲は相変わらず狭い路地で、貧困街だ。


「ユグさーん、お客さんを連れて来たよー」


 そんなお店の扉を、ミルネちゃんが堂々と開いて中へと入ってく。そして挨拶をしてから、私に手招きをして中へと入るように促して来た。

 招かれるままに、私もお店の中に入って行く。するとそこは、間違いなく武具屋さんだった。

 建物の中には空白が目立つものの、武器がちゃんと並べられており、狭いんだけどキレイに整列されて飾られている。剣や、弓、盾や鎧もあって、それらはきちんと手入れもされているのか、ホコリも被っておらずキレイな状態で置かれているね。


「……客だぁ?はっ。随分と可愛らしい服装の客じゃねぇか」


 お店の一番奥のカウンターに、酒瓶を片手にイスに深く座り込んでいるおじいさんがいた。白髪で無精ひげを生やしたおじいさんで、ズボンは半分脱げていて凄くだらしがない。

 彼は私を見て、鼻で笑った。こんなのが客だなんて認めないと言う態度が見て取れる。


「何が欲しいんだ、嬢ちゃん。お遊戯で使う模擬剣か?それとも、お家で大事に飾っておくための装飾品が欲しいのか?残念だけどな、うちで扱ってるのは全部実戦用の武器だ。帰れ」


 バカにするような事を言って来て、おじいさんは酒瓶に口をつけた。


「だ、ダメだよ、ユグさん。この人は──」


 私の正体を明かそうとしたミルネちゃんの肩に、私は手を置いた。そして喋らないようにと、口の前に人差し指をたてて黙らせる。


「欲しいのは、実践用。出来るだけ軽くて、扱いやすい剣が欲しい」

「実践用だぁ?怪我するだけだからやめときな。……いいか、嬢ちゃん。あんたに売ってやれる物は、うちにはない。家に帰ってとーちゃんかーちゃんにでも、剣が欲しいって頼んでみろ。ここにあるような物じゃなくて、もっときらびやかで宝石が散りばめられた、キレイな剣を買ってくれるだろうさぁ」


 この人、私の事をどこかのお嬢様だと思い込んでいるようだ。

 残念ながら私はお嬢様じゃなくて、魔物だ。そしてとーちゃんもかーちゃんもいない。

 でも確かに、ここに置いてあるのはこう……殺意が剥き出しにされた飾り気のない物ばかり。本当にただ戦うための物であり、そんな武器を貰ってフェイメラちゃんは喜んでくれるだろうか。だったら、この店主のおじいさんの言う通り、宝石がちりばめられてキレイでお洒落な剣の方が喜んでくれるかもしれない。

 ……分かってる。フェイメラちゃんは、そんな物を望んでなんかいない。彼女はここにあるような武器を望んでいるのだ。


「私に親はいない。そして剣を使うのは私じゃない。これから剣を覚えようとしている子にあげるための物」

「……なら、尚更帰ってくれ」

「……ユグさん、この前の戦争に駆り出された、貧困街の若い男の人たちに剣を格安で配ったそうなんです。でもその人たちは前線に配置されて、大勢死んでしまったみたいで……」


 と、ミルネちゃんが耳打ちしてくれた。

 それと新米に剣を売ってくれないという関係性が、私にはよく分からない。

 まさか、ここで新米が剣を買ったらまた前線で戦う事になり、死んでしまうとでもいいたいのだろうか。そんなのはバカバカしすぎる。


「……」


 なんか、意地でもここで剣を買いたくなってきた。私は適当に壁に飾られていた剣を手に取ると、軽く振ってみる。

 私に、剣の腕も知識もない。でも剣を振るとブォンと音をたて、風が巻き起こった。

 もう、コレでいいか。飾り気はないけど頑丈そうだし、お値段は……高いのか安いのかよく分からないけど、いいんじゃね。


「軽くて、いい剣。これを貰う」

「……」


 剣を買うと言っているのに、店主のおじいさんが口を開けて何かに驚き、何も言ってくれない。オマケにお酒の入った瓶が手から落ち、床に転がってしまった。でもお酒の方はもうほとんど空だったようで、中身はそれほど零れていない。


「あ、あっちゃん、凄いですね。それ、ヘビークレイモアっていう武器で、凄く重くて常人に扱う事は出来ない物なんですよ」

「そうなの?」


 確かに長さは私の背丈ほどあり、横幅はミルネちゃんくらいある。鋼鉄の光り輝く刃は切れ味が鋭そうで、いいと思ったんだけどな……。

 常人に扱えないと言うなら、勿論フェイメラちゃんにも無理だろう。諦め、私は元あった場所にその剣を戻した。


「お、おい、ミルネ。この嬢ちゃん、何者だ?」

「え、えっと……凄い人だよ。実は私、この人に助けられた事があるの。私にとって、未来をくれた人で……だから、ちゃんとした武器を売ってあげてほしいな」

「……欲しいのは、新米用だろ。その新米ってのは、筋肉ムキムキのマッチョなのか?」

「違う。ミルネと同じくらいの女の子。非力で、重い物は扱えないと思う」

「ならそんなもんを渡されたって困るだけだ。……あんたが選ぶべきなのは、そっちの壁の物だ。いや、もういい。オレが見繕ってやる。剣を渡したい相手の事をもう少し詳しく教えてくれ」


 なんか、急に店主のおじいさんのやる気が出た。カウンターから出ると、壁に飾ってある剣を手に取って私にフェイメラちゃんの事を質問して来る。


 結局、店主のおじいさんにお勧めされるがままに、ごくごく普通の剣を購入してしまった。飾り気のない、本当にただの実戦用の剣。でも刀身はキレイで、私は好きだよ。

 ただ、ちょっと軽すぎる気がする。何の重さも感じないくらい、軽い。そして簡単に折れてしまいそう。まぁでも私基準で考えたらダメそうなので、お店の人が勧めてくれるならきっとコレでいいんだと思う。


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