獣人族の少女
お金は割とある。リーリアちゃんと共に森を彷徨い、倒した魔物の素材を売って得たお金だ。これがどれくらいの価値があるかはしらないけど、それなりの物が買えるはず。
ついでだから、リーリアちゃんやアルメラちゃんなど、普段お世話になっている人にもなにかお土産が買えたらいいなと思い、私は町へと繰り出した。
今日は、私一人である。リーリアちゃんはお城でお留守番。なんかレヴがリーリアちゃんに話があるということで連れていかれた。一緒に来たがっていたけどね。私としてもデートの時のリーリアちゃんは頼りになるし、一緒に来たかった……けど、来たくなかったような……複雑な心境だ。
服装は、前回と同じようなドレス姿で、ドレスの下に触手を隠している状態だ。そんな服装でフードを被り、顔を隠しているとまるでお忍びのお嬢様のようだね。自分で言うのもなんだけどさ。
いや、それにしても……人の数が凄い。通りは人で埋め尽くされており、活気に溢れている。
前にここを訪れた時は、戦争が終わったばかりと言う事もあって今よりかは元気がなかった。それがどうでしょう。皆笑顔で買い物を楽しみ、売る側も元気よくお客さんを呼び込んでいる。
人ってやっぱ、逞しいわ。
私なんて、その光景を見ただけで気分が悪くなってきたよ。帰りたい。引きこもりたい。まぁでも、頑張るよ。フェイメラちゃんの笑顔のためにね。
「……」
という訳で私は通りから外れ、裏道へとやってきた。人通りの少ない道で、落ち着く。
決して逃げた訳ではないよ。案外こういう道の方が、隠れた名店というやつがあるのだ。
嘘ですごめんなさい。逃げました。私は階段に座り込むと、空を見上げる。
嫌味なくらい、空が青い。元陰キャの引きこもりに、活気あふれる街でぼっちで買い物はキツイ。連れがいても割とキツイ。どっちにしろキツイ。
「……おや。おややや!」
一人で呆然としていると、正面の通路から歩いて来た少女が私を見て声を上げた。
そしてこちらへとやってくると、私の周りをぐるぐると回って全方位から観察してくる。
なんか、前にもこんな事あったな。これはもしかして、また変な組織に喧嘩を売られるパターンなのだろうか。だとしたら、仕方ない。またお望み通り潰してあげようではないか。
と思ったんだけど、まぁ違うね。この少女、パン屋さんで買い物をしてきたのか手にパンの入ったバスケットを持っていて、服装も清潔感のあるワンピース姿だしとてもではないけど変な組織の一員には見えない。
というか、人間じゃなかった。頭の上にはちょこんと猫の耳が生えていて、まんまるな目は好奇心に満ちた子供っぽさを感じさせる。彼女は獣人族の少女だ。この町に来て人以外の種族に会うのは、これで二度目である。
「この匂い、もしかして、もしかしなくても、アリス様ですよね!?」
好奇に満ちた目が、フードで隠れた私の顔を覗き込んで来た。階段に座り込んだ私の膝の上に乗って来て、ね。
なんかもう、本当に猫みたいだよ。
いやそれより、どうして私の事がバレてしまったのだろうか。私の変装は完璧のはず。誰にも私の正体は分からないはずなのに。
「……」
「はっ。すみません、なれなれしくしてしまって」
少女の目を見つめていたら、少女が睨まれたと感じてしまったのか私の膝から飛び退いた。
別に、それはよかったんだけどね。まぁ初対面でこのスキンシップはどうかと思うけどさ。でも可愛かったから許せてしまう。
「それは別にイイ。何故私がアリスだと分かったの?」
隠す必要もないので、指摘されたら否定する必要もない。私は素直に自分の正体をあかした。
「その顔を隠した服装と、匂いでです。こんな不思議な匂い、アリス様しかいませんから。でも、ちょっとだけ背が伸びました?」
「成長期」
「なるほど!」
適当な事を言ったら、信じてしまった。まぁいいか。
彼女は獣人族なだけあって、鼻がいいようだ。私程ではないだろうけどね。
そして服装でも判断出来たと言う事は、前回リーリアちゃんと出掛けた時に会った可能性があると推測できる。今の私はあの時とほぼ同じ格好だからね。
しかし思い出せない。あの時出会った獣人族とか、組織に捕まって奴隷のようにされていた人たちくらい……いや、それか。思い出したよ。あの時は小汚い格好だったので分からなかったけど、間違いなくあの時あそこにいた獣人族の女の子だ。
「私の事、覚えていませんか?」
「……覚えてる。バレルカミシュに奴隷にされていた子」
「そうです!あの時は助けていただきありがとうございました!」
少女が勢いよく私に向かって頭を下げて来た。そして顔をあげると、再び下げる。
年で言えば、ネルルちゃんくらいかな。15歳くらい。背も彼女と同じくらい。彼女と同じで食べたら超絶美味しそうな少女である。
「お礼は一度聞けばもうそれで充分。あの後は、平気だった?」
「……はい。国の方の協力があり、おかげさまでちゃんとした暮らしが出来ています。騙されて奴隷にされていた鬼人族の人は自分の里に帰ったり、この町に残った人にはお仕事の斡旋や暮らす場所まで用意していただいて……今、本当に幸せです」
ニコリと笑うと、口から覗く八重歯が可愛いな。思わずモフりたくなる。その耳を触りながら頭を撫でたい。
それにしても、カトレアがちゃんとやってくれたようだ。これはカトレアにもお礼の品物をあげなくちゃいけないな。
「それはよかった」
「あ、申し遅れました。私、ミルネ・ルルネラって言います」
獣人族の少女、ミルネちゃんはそう言いながら私の隣に腰を下ろした。
「ところでアリス様は、こんな所で何をしていたんですか?」
「……剣を探していた」
「剣ですか?それはどのような?もしかして落としてしまったとか」
「違う。ある人にプレゼントするために、剣を買う事が出来るお店を探している」
「ふむふむ。つまり、武具屋さんを探していたんですね。私、知ってます。この辺りで武器を売っているといったらあそこしかありませんので。是非とも案内させてください!ああ、でもその前におつかいで頼まれたパンを家に置いてこないと……!」
「……待ってる」
「すぐに置いてきます!」
そう言い残し、ミルネちゃんは勢いよく立ち上がって走り去っていった。その後ろ姿はあっという間に見えなくなり、彼女の脚力を見せつけられた形となる。
それにしても、本当にこんな所に武器屋さんとかあるんだね。隠れた名店がどうのこうのはデタラメだったんだけど、本当にあるなら黙っておけばよかったよ。
「──お待たせしましたぁ!」
しばらくその場で空を眺めていたら、見つめている空から少女が降って来た。一応手で押さえているものの、スカートで隠すべき青色のパンツが丸見えだ。地面に綺麗に着地してようやくあるべき姿に戻った。
「さぁ、行きましょう!」
そして笑顔で私の手を取って来る。笑顔が眩しい。