無血開城
ウルスさんには、私から話を通した。魔王と仲間になったので、この町が攻撃される事はもうない、てね。
そもそも魔族とあの町の人たちは、まだ何も事を始めていない。魔族は包囲していただけで、町は守りを固めていただけ。だから、和平交渉は割とすんなりと上手く行った。そして町に大勢の魔族が入って来て、無血開城みたいな形となる。
しかしながら、人間側の魔族に対する反発は強かった。どうやらこの世界では、魔族は人間の敵で、人間は魔族の敵みたいな形が出来上がっているようだ。ゲームじゃ手を取って仲良くしてたのに……。一体この千年の間に何があったというのだろうか。
そもそも神に支配されていた国だけあって、神の支配はなくとも神を崇拝している人も多いのも原因にある。そこは自由だとは思うんだけど、そんな人々を中心として魔族に対する反発を強めているようだ。町に入って来た魔族に対し、抗議デモみたいな物がおこっている。
だけど、暴力的ではない。本来こういう時は、力を持つ神様に支配された人が先導していたはずだ。でももう神様の信者に力を持つ者はいない。あまりにも非力で、だから暴力沙汰にすらならない。
一方で神の抑圧から解放された事を喜ぶ人も大勢いて、その人たちも魔族に対して想う所はありそうだけど、魔王の目的が神様の駆逐だと聞いて利害関係が一致している事を悟った。
多少の混乱はあるものの、上手くいっている方だとは思う。この国の王様が、ウルスさんになった事も大きい。彼は私の友達だし、魔族を受け入れて仲良くして欲しいと頼んだら笑顔でいいよと返してくれたから。
まぁ嘘だけど。すっごく驚いて唖然としてめっちゃ悩んでた。けど結局はしぶしぶ頷いてくれた次第である。
「──まったく、オレは信じませんよ魔王様。町から神に支配された者だけを選別し駆逐するのは至難の業です。人間を一匹ずつ身体中くまなく見て神の印を探す訳にはいきませんからね。スキルを使っていちいち一人ずつ見て回るのも同様に現実的ではない。魔王様がそう仰ったのではないですか。だから、殲滅もやむなしという話だったはず。魔物がその至難の業を実現させたとは考えにくい」
町のど真ん中で、魔族のおじさんがねちねちとそんな事を言っている。身体中に包帯をまいていて大怪我をしている様子がうかがえるけど、胸にあいた風穴は治ったのかな。知らないけど、少なくとも腕は再生して元通りで、元気そうだ。
ねちねちとうるさいし。でも私より回復が遅いので、笑っておこう。心の中で。
「私は鼻がとてもいい。神様関連の人は、とても臭いからすぐに分かる。この町にはもうその臭いはない。だから、もういない」
「証明してもらわなければ信じる訳にはいかん。そもそも、嘘をついている可能性もある。魔王様に殺されないための詭弁かもしれない」
「アリスは我が信じるに足る人物と判断した。そもそもアリスは神にとって、邪魔な存在じゃ。神に味方する理由がない。それよりお主は、我の命に逆らいアリスを殺そうとしたな。それに、聞けばあの白い魔物を使役するにさいし、酷い扱いをしていたようではないか」
「そ、それは……!」
レヴに指摘され、魔族のおじさん──名前をバニシュさんと言うらしい。彼は取り乱したように片眼鏡の位置を直し、額から汗を流した。
確かにレヴは凄く強い。その強さを、彼女と対峙する事で私は思い知らされた。だから、責められるだけで怖がってしまうのも無理はない。こんなに可愛いのに……こんなに怖いなんて、反則だ。
「その通りです。私、この魔族の方にテイム魔法をかけられ、酷い扱いを受けました」
と続いたのはテレスヤレスだ。レヴに対し、赤裸々にどういう扱いを受けたのかを訴えかけ、彼の性格の悪さを語る役を買っている。
「……黙っていろ、魔物。今ここでオレの立場が悪くなったら、貴様ゆるさないからね」
「それを止めろと言っている。いいか、バニシュ。我は神に対抗する戦力として、お主の力が必須だと考えている」
「は、はっ!ありがとうございます!」
「しかし、お主はやりすぎじゃ。お主は確かに戦力として高い能力を有している。しかし我は敵を作りたい訳ではない。殺したい訳でも、破壊したい訳でもない。魔族は勿論、魔物も、人間も、その他の種族も見下すな。見下すのは神だけにしろ」
「し、しかし──!」
尚も食い下がろうとするバニシュさんに、レヴの額の目がギロリと向いてその口を塞ぐ形となった。レヴに睨まれたバニシュさんは、黙り込む。
あの凶悪で偉そうなおじさんが、レヴの前ではまるで子供のようだ。ちょっと信じられない光景だね。
「お、おいアリス。何を言い争っているんだ?本当に大丈夫なのか、この連中は」
ここまでの会話は、魔族語で繰り広げられていた。魔族語が分からない、この国の新たな王様──ウルスさんが、私に耳打ちをしてそう尋ねて来た。
「大丈夫。ウルスには関係ない事だから……。私が町を出てから、何か異変は?」
「……特にない。相変わらず混乱はしているが、マシな方だとは思う。が、今日更に混乱する事になった」
それは、魔族が町の中に入って来たせいだね。周囲は町に入って来た魔族を取り囲む住民でいっぱいで、皆不安がっている。
それに魔族の中には魔王もいる。下手に逆らったら殺されてしまうという憶測が住民たちの間に流れ、ビクビクと震えている者も多い。そんな中で果敢ににも魔族を追い出せと声をあげる人たちもいるから、不安がっている人たちの懸念を煽る形となっているのだ。
ま、レヴは無駄に人を殺したりはしない。だから安心していいと思う。でもやり過ぎたら、保証しないけど。
「いやそれよりも、お前ら一体何があったんだ……?」
ウルスさんがさしているのは、私の腕に抱き着いているリーリアちゃんの事だ。素直になったリーリアちゃんは幸せそうな笑顔を浮かべながら、ずっと私にくっついている。まるでカトレアみたい。
「……色々あって、デレた」
「デレ……?よく分からんが、お前が去った後、少し目を離したすきにリーリアがいなくなっていてな。毒で動けないだろうから大丈夫だとタカをくくっていたんだが……すまない」
「別に、気にしなくていい」
毒が切れたなら、ウルスさんにリーリアちゃんを止める事は出来ない。私も、毒耐性のスキルをみくびっていた。まさかこんなに早く毒が切れるなんてね。
「──よく聞け、人間たちよ!我は魔王レヴ!この町を神の支配から解放したアリスの友である!」
レヴが聴衆に向かって人語でそう訴えかけた。私の名前を使い、まずは自分が敵ではない事をアピールしようとしている。
「我等魔族はお主らに危害を加えるつもりはない!むしろ、手を取りあう友になれれば良いと思っている!そのため、この町を魔族と人間の交流の場にしたいと考えている!」
そう。レヴの目的はコレだ。レヴは人間と交流を持ち、人間の魔族に対する警戒心を解こうとしているのだ。神に対抗するうえで、それが大切な事だとレヴは言う。
神様とは関係ない国とまで対立してたら、手遅れになっちゃうからね。そうならないための、布石だ。
「反対する者もいるだろう!不安に思う者もいるだろう!しかしそれを乗り越え、我は手を取り合いたいと考えている!この国の新たな王、ウルスも我の友となった!対等な立場として、交流を深めると約束をしてくれた!お主らも、彼の意思を尊重し、従ってほしい!我が貴殿等に望む事はそれだけじゃ!」
それだけいうと、レヴは人々に背を向けて歩き出した。私達もそれに続いて歩き出す。人々の反応を窺う間もない。
「──ああ、それから、バニシュにはしばらくこの町に滞在してもらう。魔族代表として、この町の人々と交流を深めながら皆を守って見せよ」
「は、は?オレが、この町で、人間とですか……!?」
歩きながら、ついてきたバニシュさんに対してレヴがそんな命令を下すのを私は聞いた。
バニシュさんはかなり取り乱している。先ほどレヴに叱られた時よりも、更に動揺が見えるね。でも私も動揺している。彼を魔族代表としてこの町に滞在させるとか、危険すぎやしないだろうか。
「二度は言わん。やれ。お主は少々、やり過ぎた。この期間で頭を冷やせ。もし人間から何か不満の声が聞こえてきたら、我がかけつけてお主を原型とどめなくしてやるからな。その覚悟で務めよ」
「……ハイ」
しかしレヴは押し切った。押し切られると、バニシュさんはもう従うしかない。力なく頷き、その命令を受諾した。
うーん、マジかぁ。不安だなぁ。
でもま、いっか。レヴが強烈な釘を刺してくれたし、下手な行動をする事はないだろう。強力な護衛がついたとでも思えばいいよね。それにこの国がこの先どうなるかは、ウルスさん次第だ。私には関係ない。頑張れウルスさん。負けるなウルスさん。
私は心の中で、勝手にこの国の王様に君臨させたウルスさんを応援するのだった。




