魔王の覚悟
スキル『???』は、ラネアトさんを食べた時に覚えた物だ。と思う。
ラネアトさんを食べた直後からあったから、たぶんそう。あの時はラネアトさんや他のリンク族の住人たちのスキルまでは確認しなかった。だから確信はない。
けど、思い当たってしまった。私はラネアトさんに叱られたあの時、確かな温かみを感じた。自分の中の闇が浄化されていくような……そんな感覚だった事をハッキリ覚えている。
クエレヴレと戦った時、ラネアトさんに叱られた時の台詞を思い出し、闇に堕ちそうだった意識を引っ張ってくれた時の感覚と同じだ。また、一つ目の触手……つまり、邪神と思われる部分が浄化された時も、同じ感覚だった。
「……聖女の力はたぶん、ラネアトさんを食べた時に受け継いだ物」
「お、お姉ちゃんから!?」
「そう。最初は、何のスキルか分からなかった。でもそのスキルがいつの間にか変化して、聖女の力になっていたから、たぶんそう」
「スキルっていうのは良く分からないけど、でもお姉ちゃんのおかげでアリスはその……邪神から意識を取り戻せたって事よね」
「その通り。私にはスキルイーターという力があって、食べた人が持っていたスキル……対象が持つ特別な力を奪う事が出来るから」
「お姉ちゃんが……助けてくれたんだ……」
リーリアちゃんが、嬉しそうに呟いた。
全くその通り。私はラネアトさんに救われた。おかげでリーリアちゃんを食べないで済み、邪神が消え去り、クエレヴレにも殺されずに済んだ。感謝してもしたりないよ。
「スキルを奪うスキル、か。それにより、聖女の力を受け継いだお主が、自らの力で闇を浄化したと……。ふ……ははははははは!」
クエレヴレが笑った。本当に愉快そうに笑う。その姿に私とリーリアちゃんは唖然とした。
「ふ、くくく、いや、すまぬ。千年も復活を目論んでいた邪神が、まさかこのような形で復活するとは思わなくてな。邪神は案外、運がないのかもしれぬ。お主がこの世界に生まれ落ちてからの行動は、確かに生きるために必要であった。それは邪神の復活に近づく道だが、その道はあまりにも緩やか。本来であれば、欲にのみこまれてもっとたくさんの人々を喰らって強くなっていたやもしれぬ。そうさせなかったのは、聖女の力を持ったリンク族の少女じゃ。その力はお主が喰らって受け継ぐことにより、邪神の力は抑えこめられた。愉快じゃ。実に、笑える」
「でも分からないのが、最初は聖女の力として機能していなかったと思う」
「聖女の力は相応しき者にしか力を与えん。お主の想いが、お主を聖女として認めさせ、その力が発現したのじゃろう。つまり、お主は聖女に相応しき人物という事じゃ。そうなる可能性もまた低いはずだったのじゃがな」
「……」
あの時想ったのは、リーリアちゃんの事だ。私はリーリアちゃんに明確な愛を抱き、それで気づいたら一つ目の触手が消え去っていた。その想いが聖女に認められたと……なんか恥ずかしい。
でも私が、聖女?聖女って、清らかな女性なイメージがあるんですが。
私を見てよ。触手を生やした化け物だよ。何人もの人を殺し、何人もの人を食べて来た。心も清らかではなく、陰湿で、顔を隠していないと上手く喋れないコミュ障で、聖女として評価されるべき所がどこにも見当たらない。
「ま、まぁアリスは可愛いし、それに優しいから……聖女っていうのも納得ね」
リーリアちゃんは若干恥ずかしそうに、でも嬉しそうに言ってくれるんだけど、私はなんだかムズムズするよ。
「何はともあれ、一旦邪神の脅威は消え去った。お主が邪神である限り、邪神は復活できんじゃろうからな。それに……万が一邪神に精神を飲み込まれるような事があれば、我が殺す。お主の気配はしかと記憶したからのう。バニシュがお主に殺されかけた時、我が駆けつける事ができたのは転移魔法のおかげじゃ。我はこの世界のどこにでも転移出来るという事を覚えておけ」
ゲームの中でクエレヴレは魔術師で、転移魔法というのも使えた。その魔法は訪れた場所にポイントとして魔力のこめられた水晶を設置し、転移魔法を発動させればいつでもどこにいても設置した場所に飛べると言う物だ。
転移魔法……いいな。ゲームの中でも便利だったのに、現実で使えたらヤバイでしょ。
でも発動には上記の通り、水晶の設置が必要なはず。この世界のどこにでも転移できるというのは、ちょっと盛っている。ま、それを指摘するつもりもない。
「……覚えておく」
先ほどは、力を欲するあまり邪神に力を要求してしまった。それがキッカケで、私は邪神に心を奪われる事になってしまったのだ。
もう二度と、邪神から力を欲しない。例え死にかけても、邪神の力を借りる事はないだろう。
「……」
リーリアちゃんが、心配そうに私を見つめている。そんなリーリアちゃんの頭を触手でなでなで。
「大丈夫。もう二度と、邪神は復活しない。この先私はずっと、アリスであり続ける」
私がそう宣言すると、リーリアちゃんは静かに頷いた。
「そうしてくれれば、我も安心じゃ。さて、アリス。この世界には今、この世界を支配しようとする存在が復活をとげようとしている」
「……神」
「その通りじゃ。千年前、お主も見た通り我らは神を倒した。しかし邪神がそうしたように、神もまた別の命に取りつき、復活の時を待っていたのじゃ。そしてその時がきた。長い年月がかかったが、神は倒されたあの日から千年の時が経過したこの時代に復活し、今再びこの世界を手中に収めようとしている。今度は邪神はおらん。奴ら自身が、真の支配者として君臨しようとしているのじゃ」
千年前の、アリスエデンの神殺しの世界が再現されようとしている。
凄く嫌だ。嫌なんだけど、思った事がある。
「アスラ神仰国は、もう既に神に支配されていた。クエレヴレは、何をしていたの?」
責めているつもりはない。でも千年も生きていて、神様の復活に備えていた彼女がこうなるまで神様を自由にさせていたのには違和感がある。
「我はこの五十年ほど、闇に呑まれたアリスエデンで神を探していたのじゃ。アリスエデンから帰って来たのはつい先日じゃ」
「アリスエデンに、神様がいるの?」
「確信はない。しかし神を探す以外にも、あそこには用があってな……が、長居をしすぎた。我がいない五十年の間に神は復活。アスラ神仰国を支配下におき、他にあと三つの国も支配下に置いている。いずれも神仰国を名乗り、いずれも人族の国じゃ。日に日に力を増大させており、その力はアスラ神仰国など足元にも及ばん程に膨れている。何故人間から支配を始めたのか……それは人族が元来魔族と対立しているからじゃろう。神を倒した後、人族と魔族は完全に仲違いとなった。大きな戦争がおき、我はその争いを止める事も出来ず大勢が死んだ。我が動けば、魔族と人族がその昔繰り広げられた凄惨な戦いが再現されてしまう。我がその戦いを躊躇すると神も踏んで人間の支配から始めたのだろう。しかし我は決断してアスラ神仰国を攻める指示を出した」
そこにクエレヴレの覚悟を感じる。クエレヴレは、神に支配されていた世界を知っている。だから何がなんでも神の支配をゆるさない。
その気持ちは、私もよく理解できる。むしろ、理解しかできない。この世界を神に支配させるくらいなら、大勢の血を流す事を選択するだろう。それ程までに、神の支配は残酷だ。
「しかし神も一筋縄ではいかん。邪神がいたころは、自らが邪神の餌にされる事を恐れて力をセーブしていた。しかし今邪神はいない。我等が倒したからじゃ。そして復活した邪神もお主に身体を奪われ眠っている。力を抑える必要のなくなった神の力は、当初よりも比べ物にならないくらい強大じゃ」
「うん。この世界に来て神様関連の人と戦った事があるけど、ゲームで見たよりも強かった」
「やり方も汚くなっているぞ。例えばあの町、アスラ神仰国は、我等が攻撃を仕掛けにくいよう、神に支配されている者の数は極端に少ない。そしてもし我等が攻撃を仕掛ければ、神の支配下にされておらん者は神によって皆殺し……その罪は我ら魔族に被せられる。残忍で、残酷な魔族……それを相手に人々が手を取り合い、全面戦争に発展する。そういう筋書きじゃろうな。それから、『勇者の加護』のスキルを持つ者が神の支配下にあるようじゃ。アレは厄介なスキルじゃ」
皆殺し……。確かに、神様ならやりかねない。
勇者という存在には出会った事ある。勇者の加護をもった男の人で、成り行きでぶっ飛ばしてしまった。その後は生きているかどうかも分からない。
ただ言えるのは、雑魚だった。あんなのを、邪神に支配されかけた私をいともたやすく倒して見せたクエレヴレが厄介だというなんて、意外だ。
「しかしここで踏みとどまっている訳にはいかん。我は多くの血を流す事もいとわん。じゃから、猶予をもうけて攻撃を仕掛ける事とした。それまでに神々が降伏し、国を解放するのならよし。抵抗するのなら……被害をなるべく押さえながら殲滅するつもりであった」
魔族の偉そうなおじさんも、殲滅すると言っていた。でも何か若干戸惑いを感じたのは、クエレヴレの方針がなるべく被害を出さないようにするからだったんだ。でもいくら抑えようとしたって、普通にやったら大勢の血が流れる事になっていただろう。それはクエレヴレの覚悟であり、ここで全てを始め、大勢の血を流す事も、人族と全面戦争に至る事も厭わないと言う意思である。
でも、アスラ神仰国に限ってはもうそんな事をする必要はない。だって、神様関連の人は全て私が食べたから。臭いで確認もしたので、断言できる。あそこにはもう、神様関連の人はいない。だから、殲滅するどころか戦う必要もないのだ。
「お主に出鼻をくじかれたが、あたえた猶予はとうに過ぎている。明日改めて、アスラ神仰国に我等魔族は攻撃を仕掛ける予定じゃ。神に支配された者共を、あの地から根絶やしにしてくれよう」
「待った」
そういえば回想で、アスラ神仰国にいた神様関連の人を、一人残らず食べた話をするのを忘れていた。だからクエレヴレは引き続き、アスラ神仰国に攻撃を仕掛けようとしている。私が寝ている間にやられなくてよかったよ。
「なんじゃ?我の話を聞いてもなお、我の邪魔をすると言うのか?」
「そうじゃない。あの国に攻撃を仕掛ける必要は、もうない」
「……理由はなんじゃ。我は神の支配を絶対にゆるさない。そのために、あの国を攻撃する必要がある」
クエレヴレは若干不機嫌になりながら、私に言放った。
でも私は彼女の邪魔をするつもりはない。というか最初から邪魔なんてしていない。
「もうあの国に、神様関連の人はいない」
「……?意味が分からんぞ。何故そう言い切れる」
「私はクエレヴレと同じように、神様という存在に対して嫌悪感を抱いている。私と魔族が争う理由は最初からなくて、でもすれ違いがあって衝突してしまった」
「それはお主と話して理解した。リンク族の娘からも予め話は聞いている。お主が神という存在を嫌っている事もな」
「そう。私は神様が嫌い。目の前の神様関連の人は、容赦なく食べるつもり。そしてあの国にいた神様関連の人は、全て食べた。私がこの国に援軍として駆けつける条件として、あの国の人を自由に食べてもいいという約束。その約束を、神に支配された人だけを食べる事で果たした。王様も変わってもらってもらったけど、勿論彼に神様の息はかかっていない。だから、攻撃しないでほしい」
「食った……?神の支配下にある者を、全て食った……お主……」
ヤバイ。さすがにちょっと、発言が怖すぎたか。
でも食べたのってたった数百人程度で、しかも全てが神様に支配されてしまった人だ。クエレヴレも神様の事は嫌いみたいだし、たぶんきっと大丈夫。ゆるしてくれるはず。
「お主……最高か?」
ゆるすどころか、最高と言われてしまった。照れる。