素直に
──私は死に、全てが終わった。
なんて事はなくて、私は目を覚ます事が出来た。目が覚めるとまず布の天井が目に入って、次に周囲を確認すると私の身体は簡素なベッドの上に寝かされていた。
そんな私の手を、イスに座って私に上半身を預けて眠っている、リーリアちゃんが握っている。
その目は赤く腫れていて、しかも苦し気であまり良い寝顔とは言えない。それでも、世界一愛おしい女の子がそこにいる。私は嬉しくて、上半身を起こすとその頭を優しく撫でた。
そこで気づいたんだけど、私素っ裸だ。顔を隠すためのフードも周囲に存在しない。
でも身体は治っている。身体の半分が吹っ飛んだと言うのに元に戻っているのは、なんだか不思議な気分だ。まぁナマコの時はもっと酷い状態になったんだけどね。
「目が覚めたか」
そこへ、幕で仕切られた奥の部屋からクエレヴレが姿を現わした。
その姿を見て私は再び殺されてしまう気がして、警戒する。
「さすがの回復力じゃな。ああ、安心しろ。今は貴様を殺すつもりはない」
そう言うと、クエレヴレは木のコップに入った飲み物に口をつけ、息を吐く。それからイスを引っ張って来て私の傍におくと、その上に腰をかけた。
足を組むと、太ももが丸出しで凄くセクシー。
「お主は、間違いなく邪神じゃ。我が千年前に倒した、邪悪なる存在。アリスエデンを闇に包み込んだ諸悪の根源である。合っておるな?」
「……」
「何故黙る。言葉は分かるじゃろう?喋る事も出来るはずじゃ」
「……」
確かにそうなんだけど、クエレヴレの目が私をじっと見つめていて、しかも相手は初対面の女の子だ。顔を隠さずに喋るのは若干キツイ。
「……ん、あ。アリス!」
そこでリーリアちゃんの目が覚めた。上半身を勢いよく飛び起こしたリーリアちゃんが、同じく上半身を起こしている私を見てしばし固まった。
そしてその目から静かに涙が溢れ出す。
「アリス……よかった、アリス。おきて、ぐれで……ぼんどうに……!」
リーリアちゃんの顔面が崩れていく。涙を流し、鼻水をたらし、くしゃくしゃに歪んだ顔に変化していく姿は連続写真でも見ているかのようだった。
私が手を広げると、その歪んだ顔で私の胸の中に飛び込んでくる。よく考えたら私は今素っ裸なんだけど、生のおっぱいの中に女の子を抱きとめるとか、凄い事をしてしまった。けどリーリアちゃんはお構いなしだ。力強く抱き着いて私の生おっぱいに顔をこすり、甘えて来る。
受け入れるしかない。私は優しく頭を撫でてよしよししてあげる。
「その子との関係は?」
「……」
私はその質問に答えるため、かけ布団を触手でまくった。そして頭を隠すようにしてはおり、顔を隠す。
「ふぅ……」
ようやく落ち着いた。けどその代わり、素っ裸の身体が丸見えである。まぁいっか。女の子しかいないし、見られても。
「何故頭を隠して身体を隠さんのじゃ」
「……この方が、落ち着くから」
「訳が分からん」
そう言われても、そうなんだから仕方がない。
「この子は、私が育てている子。だけど、この子にとっては大切なお姉さんの命を奪った仇で──」
「違う!それはもういい!」
私の言葉を遮り、突然リーリアちゃんが怒りだした。たった今まで私の胸で泣いてた癖に、突然どうしたの。
「良くない。私はラネアトさんを食べた」
「分かってる。けど、もしあんたが食べなきゃお姉ちゃんが苦しんで死ぬ事になったのも知ってる」
「……」
驚いた。リーリアちゃんは、ラネアトさんがハスタリクにかかっていた事を知っていたんだ。しかも、ハスタリクにかかった者がどういう最期を迎えるかも知っている。
「病気を村から駆逐して、皆を助けてくれたことも知ってる。あんたが私を村長から守るため、あの村から連れ出した事も知ってる。私を一生懸命育ててくれたことも、悪夢にうなされる夜は抱きしめてくれたことも知ってる。私は自分のためにあんたを悪者にした!あんたを悪者にする事で自我をたもって、現実から目を背けてたのよ!私にアリスを殺す資格なんてない!恨む資格もない!全部逆で、あんたには私を恨む資格がある!」
……成長するにつれて、リーリアちゃんは理解できるようになってしまったのだ。最初はただ私を恨んでいれば、それでよかった。
いつか私を殺すために生きると言う目標が出来たのは、私が狙った通りである。
だけど成長して疑問ができてしまった。何故、あの時ああなったのだろう。何故、今こうなっているのだろう。自分で考えられるようになり、疑問に対する答えが出てしまったのだ。
いつから理解していたのかは知らないけど、リーリアちゃんだっていつまでも子供な訳ではない。そう気づかされると、なんだか肩に乗っていた重圧から解放され、軽くなった気分である。
リーリアちゃんが、私の事を愛してくれているのはなんとなく理解していた。口ではつんけんした態度をとりながら、私と一緒にいたがっていたからね。でも全てを理解した上でとは思っていなくて……だから驚くと同時に、素直に嬉しく思う。
「……恨まない」
「何でよ!私はあんたに、酷い事をいっぱい言って酷い事をしてきたのに!」
「私はこの世界に生まれて、何もなかった。何の目的もなくて、ただなんとなく生きてなんとなく強くなろうとしていただけ。それは空っぽで、何もない。でもある日、目的が出来た。リーリアを育てると言う目的。リーリアと一緒に行動するようになって、凄く楽しかった。一人じゃなくなって、二人で色々な事をするのは本当にやりがいがあって……いつかリーリアと過ごす日々に依存するようになって、私はずっとリーリアと一緒にいたいと思うようになった。けど、リーリアは私が嫌い。恨んでいて、いつか殺されるかもしれない。でもそれでもいいと思っていた。だって、私はリーリアの事が好きだから」
「っ!もう、ここで宣言しておく!私はアリスを恨んでいない!殺したりなんかしない!私だってアリスが好き!大好き!愛してる!ずっと傍で守ってくれたアリスの事を、嫌いになれる訳ないじゃない……!生きててくれて、良かった!あんたが死んじゃうと思って、凄く悲しくて胸が張り裂けそうだった!」
私の目を真っすぐにみて、やや頬を赤く染めながらリーリアちゃんが私にそう言ってくれた。
嬉しい。嬉しすぎる。今までの人生で一番嬉しいその言葉に、私は無表情のまま目から涙を零した。
なんだ。私とリーリアちゃんって、相思相愛だったんだ。私が描いていた未来像の、リーリアちゃんに殺されるという未来がこの瞬間に消滅した。代わりに、リーリアちゃんと幸せに暮らすと言う未来像が浮かび上がる。
毎日リーリアちゃんと手を繋いで歩いて、毎日リーリアちゃんとお話しして、毎日リーリアちゃんと笑い合う。素敵な未来だ。
「嬉しい。リーリアが私を好きと言ってくれて……凄く嬉しい」
「……今まで本当にごめんね。私って、本当にバカだ。大切に育ててくれて、いつも傍にいてくれたのに……キッカケがなくて、ずっと素直になれなかった。アリスはいつも私を優先してくれて、私を大切にしてくれた事も知っていたはずなのに。……言葉にして認めたら、尚更今までの自分がバカに思えて来た。愚かな自分を殴りたい」
「そんな事はない。私も、リーリアからたくさん学ばせてもらったし、たくさん貰った物がある。だから……そう。お互い様」
「……お互い様って訳でもないけど、とりあえず今はそういう事にさせてもらっておくわ。ところでつまりこれって、両想いって事よね」
「そう。私はリーリアが好きで、リーリアも私の事が好きだと言ってくれたから」
これで名実ともに、リーリアちゃんのママを名乗れるようになった気がする。これからは堂々と、リーリアちゃんの保護者を名乗ろうと思う。
「……アリス」
リーリアちゃんに名を呼ばれた。そしてリーリアちゃんに顎を片手で掴まれる。リーリアちゃんの顔は私の目の前にあり、その距離が段々と縮まって行くという現象を目の前に見る。
どうしたんだろう。早速ママに甘えたくなったのかな。仕方ないなぁ、この子は。と受け入れようとしたんだけど、様子がなんだかおかしい。
リーリアちゃんの目が蕩けていて、私を見つめるその瞳は……そう。まるで恋する乙女のそれである。
「──大好き」
そう囁きながら、目の前にあったリーリアちゃんの顔が更に近づいてきて、私の唇にリーリアちゃんの唇が重なった。
凄く柔らかい唇の感触を、自分の唇で感じる。唇からリーリアちゃんの愛が身体の中に入ってくるようで、幸せな気分になった。
でも私は内心パニックに陥った。なんか、自分が描いていた愛とは少し違ったから。