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聖女の力


『こら!お前今、私に噛みつこうとしていただろう。ダメだぞ。噛まれた方はとても痛いんだからな』


 ラネアトさんの声が聞こえた。それは私がラネアトさんと初めて出会った日、ラネアトさんに襲い掛かろうとしたラネアトさんの台詞だった。

 その瞬間、私の中の闇が浄化されたのだ。ラネアトさんはあの時、闇に堕ちそうだった私の意識を引き上げてくれた。


 ……ああ、そうだ。そうだった。ラネアトさんは、そういう力の持ち主だったのだ。

 彼女の力により、私の中から闇が浄化された感じ。それで私は衝動を抑え込むことが出来た。


 今頃になって私は理解した。それと同時に、意識が闇から戻って来る。私の中に潜んでいた闇が浄化されていき、そして消え去った。

 それはリーリアちゃんに襲い掛かろうとしていた一つ目の触手も消し去り、私は元の4本触手の魔物へと戻る事が出来た。

 しかしボロボロだ。片腕はないし、もう片腕は真っ黒になっていて動かす事が出来ない。体中が切り裂かれており、黒い血が溢れ出ている。いつもは元気な4本の触手がうねうねと動き回っているのに、形を保っている触手は残り1本だけ。しかも地面に横たわっている。

 HPは、残り2000弱。満身創痍だ。


「……邪神の気配が消えた」


 クエレヴレがそう呟く。

 そう。一つ目の触手、アレは確かに邪神だった。しかし消えた。恐らくラネアトさんが何かしてくれたおかげだ。その何かが何かは、まだ分からない。


「お願いだから、殺さないでよ……!見た目はこんなだし、よく人を食べてるけど……本当に危ない奴じゃないから。だから、お願い……!」


 私を抱き締めたまま、リーリアちゃんがクエレヴレにそう願う。

 そんなリーリアちゃんを、私は食べようとしてしまった。その肩の傷を見ると、心が痛む。あの一つ目の触手はリーリアちゃんを食べる寸前の所で消えてくれたけど、本当に危なかった。アレは私のコントロール下になかったけど、それでも私がしようとしたのと同じ事である。


「どけ、娘。貴様が例え何を想おうと、それは危険な存在じゃ。今ここで消しておかねばならん。どうしても邪魔だてするというのなら、貴様ごと消す事になる」

「っ……!」


 クエレヴレに睨まれ、リーリアちゃんの身体が震えた。でも決して私を離そうとはしない。

 私は……嬉しかった。怖いのに一生懸命私を庇ってくれて、本当に嬉しい。

 本当は、知っていた。リーリアちゃんは私の事を、姉の仇として恨んでいる。でも同時に愛してくれている。その関係はちょっとだけ歪んでいるのかもしれない。それでもいつも一緒にいてくれて、傍で笑顔を見せてくれるリーリアちゃん。本当に大好きで、愛しい。

 私はリーリアちゃんを残る一本の触手を使って自分から引き離すと、背に置いてクエレヴレから庇う形をとる。


「……ラネアトさんは、本当に美味しかった。あの時の、ラネアトさんがこの世に残した最期の顔は傑作だった。彼女は私を怖がっていて、迫り来る死に震えていた。滑稽だった」

「あ、アリス。何を言って……」

「所詮人なんて、私にとってただの餌でしかない。苦しむ姿は面白いし、醜くもがく姿はもっと面白い。リーリアも、私にとってはただの餌。貴女を育てて来たのは……大きくなったら美味しく食べるため。そのために育てていただけ。勘違いしないでほしい」

「ふざけるな!そんな丸わかりの嘘で悪役を演じないでよ!ふざけた事言ってるとぶん殴るから!いやそれよりも、いいからコレを外しなさい!」

「……」


 すぐに嘘だとバレてしまった。でもまぁ、別にいい。

 悪役を演じた私はリーリアちゃんの願いを無視して、クエレヴレを見つめる。そして目で、リーリアちゃんには手を出さないで欲しいと訴えかけた。


「……一体なんなのだ、貴様は。どういう存在なのか、我には全く理解できん。……いや、惑わされん。我は貴様を滅する。良いな」


 私は頷いた。本当は、もっと生きていたい。せっかくリーリアちゃんが庇ってくれたわけだし、出来れば助けて欲しい所である。

 でもまぁ、もういい。リーリアちゃんが生きているなら、それで。


「キルシェド」


 クエレヴレが魔法を発動させた。その魔法は、私の足元に闇の沼が出現して私を飲み込もうとしてくる。黒い手が沼から伸びて、私を闇へと誘う。その闇に飲まれれば、私はこの世から消滅することになるだろう。


「やめて……!お願いだから、やめて!」


 リーリアちゃんが泣いて私に手を伸ばしている。でも私は彼女を拘束して動けないようにしたまま、どんどん闇に飲み込まれて行く。


「アリス!アリス!アリスー!」


 必死に叫ぶリーリアちゃんに、私は反応を示さない。無視し続け、ただじっとして自分の身体がなくなるのを待つだけだ。

 だったのだけど、突然闇の沼が消滅した。何かに浄化されたかのように、何の前触れもなくだ。


「……」

「……」


 クエレヴレが驚きの表情を浮かべ、呆然としている。私も呆然としている。

 なんか知らないけど、助かってしまった。その理由が分からない。クエレヴレも分かっていない。リーリアちゃんも分かっていない。その場にいる皆で呆然とし、黙り込んでしまう。


「この力は……まさか、聖女の力……!?闇の化身たる邪神が、聖なる力によって闇を消し去ったと言うのか!?」


 そんな事を言われても困る。聖女?なにそれ、美味しそう。なんて冗談を言っているような状況でもない。


「……分からん。貴様という存在が、我には全く理解する事ができん」


 でもクエレヴレは頭を抱え、とりあえず今だけは私を殺そうとする行動を開始する様子は見られない。それでも、瀕死状態な私はその場に座り込んでクエレヴレの判断を待つ事しかできない。今下手に行動すれば、殺されてしまうかもだし。

 そうして油断していると、それは突然私に降り注いだ。

 一時は、もしかしたら助かるかもしれない。そう思ったのだけど、そう上手くはいかない。突然私に降り注いだ幻影の剣により、私の身体が吹き飛ばされてしまった。


「アリス!このおおおぉぉぉ!」


 私に降り注がれたその剣は、あの偉そうなおじさんが放った物だ。クエレヴレの背後に待機していた彼は、クエレヴレが私にとどめをささないのにイラついたのか自らの手で私に止めをさしてきた。

 クエレヴレに殺されるのなら、文句はない。でもおじさんに殺されるのは何か違う。彼はクエレヴレが駆けつけてくれなければ今頃私の胃の中だったのだから。そんな存在に殺されるとか、本当に冗談ではないよ。

 でも、左半身が吹き飛ばされてしまった。顔も半分しかない。地面に横たわり、空を見上げる事しかできなくなった私にはもう喋る気力もない。

 リーリアちゃんの叫び声が聞こえる。でも彼女は未だに私が触手で拘束しており、なんとかその行動を制限している。でも、もうダメそう。触手から力が抜け、意識が飛び始めた。空が真っ白に染まっていき、ついにその時が訪れようとしている。


 リーリアちゃんの声が、聞こえなくなった。息も出来なくなった。何もかもが遠くなっていく。

 そこに、誰かが私の顔を覗き込んで来た。それはクエレヴレだった。口が動いているので何か喋っているんだろうけど、私にはもうその言葉も聞こえない。もしかしたら、これからトドメをさすよとか、そんな感じの事を言っているのかもね。

 何も分からないまま、クエレヴレの顔も遠くなっていく。そして突然視界が真っ暗闇に包まれ、こうして私は意識を失ったのだった。


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