欲にまみれた姿
すさまじく切れ味の鋭い光が、私の腕を通り抜けたのだ。その光により、腕があっさりと切断されてしまった。
「汚い手を伸ばすでない、邪神」
それは彼女が使用した魔法だ。何がおこったのかも分からないまま、私の腕は彼女によってあっさりと失われた。
……この人は、邪神の存在をしっている。それもそのはず。この人は、アリスエデンの神殺しに出て来るキャラクターで、頼れる魔族の仲間。名前を──
「──クエレヴレ」
「その通りじゃ。千年も昔のことを覚えていてくれたとはの。これは光栄じゃ」
私がその名を呼ぶと、彼女は喜んだ。喜んだと言うか、意外だったようで驚いている。
それよりも私は千年も昔のことと聞いて、確信した。やはり彼女が邪神と戦ったのは、千年前。私がゲームで体験した物語は、この世界の千年前の出来事だったのだ。
「……」
ステータスを覗こうとしたけど、当然のように彼女のステータスも覗き見る事ができない。
「邪神と長話をするつもりもない。我がこの場にやってきたのは、お主の気配を感じたからじゃ。そして殺しに来た」
好きにすればいい。私は今、とてもお腹が減っている。彼女を食べればきっとその空腹は紛れるに違いない。
だから、私の身体は自然と彼女に向かって進みだした。触手たちも復活し、彼女へと向かって伸びていく。
「随分と弱くなったものじゃな」
クエレヴレがそう呟くと、伸ばした私の触手たちが突然枯れたように腐り落ち、動かなくなってしまった。
防御系の魔法か何かが展開されていたのだろうか。触手たちはクエレヴレに近づく事が出来ない。本体も近づいたらああなってしまうのだろうか。
「メテオシャモール」
クエレヴレが魔法を発動させた。すると、空に紋章が出現する。その紋章の中にはまるで宇宙のような空間が広がっており、そこから私に向かって風が降り注いだ。最初は、物凄く強めの突風くらい。でもその風はどんどん強くなっていき、風が地面を抉って吹き飛ばしていくほどの威力となる。
飛ばされないよう、一つ目の触手が踏ん張る事で私はその場に留まれるけど、身体にはダメージがある。身体が削られて行き、なくなっていくかのような感覚。風が強すぎて、当然息も出来ない。
痛い。苦しい。それでも、空腹が勝る。
私の身体が、風圧にも負けずにクエレヴレに向かって進みだす。すると、風が少し弱くなった。その瞬間、私は駆けだしてクエレヴレに突撃を仕掛けた。
自分が腐り落ちてしまう可能性すらも忘れ、私はとにか彼女を食べたい。その欲求が収まらない。
「欲にまみれた醜き姿じゃ。千年前と全く変わらん」
クエレヴレが杖の先端を私に向けて来た。すると、私の足元の地面が変形。無数の岩のトゲが突然飛び出て、私の身体を串刺しにして来た。私の身体はズタズタに切り裂かれる事となる。そして動けなくなった。地面からはえたトゲが私の身体を貫通しているから。
「もうじきお主は死ぬ。何か言い残す事はあるか?」
「……」
確かに、私のHPはだいぶ減っている。それでもなお、私の身体は彼女を求めている。自分の命など顧みない行動に、自分も驚く。
何故これ程までに、食にこだわるのか……。それは私の心が堕ちたせいだ。力を欲する代わりに、私の心は欲望に支配されてしまった。元々この身体は、私の物であっても私ではない。分かっていた。分かっていて、声に導かれるように力を欲してしまった。
神に支配される事により、力を得た人たちとなんら変わらない。私も愚かで、こんな姿になってもやっぱり人なのだと痛感させられる。
でも仕方ないでしょ。あのままおじさんと戦っていたら、こちらが殺されていたんだから。だから力を欲するのは当然であり、誰にも文句は言わせない。
「……」
「何もないか。では、消えよ」
クエレヴレの杖の先端に、紋章が出現した。その魔法が発動すれば恐らく私は死ぬだろう。
それでも身体はクエレヴレを欲している。串刺しにされた状態でもがき、身体が傷つく事にもお構いなしにトゲから身体を引き抜こうとする。
一つ目の触手も、同じだ。クエレヴレをじっと見つめ、食べる機会を窺っている。絶体絶命の危機に瀕していると言うのに、呑気なもんだ。
……ああ、リーリアちゃん。ごめんね。どうやら私はここまでのようだ。もっと一緒にいたかった。私よりも強くなって欲しかった。その成長を傍でずっと見守っていたかった。
頭の中がリーリアちゃんで埋め尽くされていく。
「──待って!お願いだから、待ってえええええええぇ!」
何故か、リーリアちゃんの声が聞こえて来た。そして現れたリーリアちゃんが、私とクエレヴレの間に立って私を庇うようにして立ちふさがる。
幻影だ。幻聴だ。あり得ない。私は彼女に毒をくらわし、町に置いて来たのだから。だから、こんな所にいる訳がない。
「はぁ、はぁ……」
服が泥だらけでボロボロになり、息も乱している。
「なんじゃ、貴様は」
「こ、コイツは……悪い奴じゃないの。だから、殺さないで」
「こ奴はこの世界全ての生物にとっての敵じゃ。今ここで処分せねば、この世界に大きな災いをもたらすであろう」
「それはきっと勘違いよ!コイツはそんな危険な存在じゃない!」
幻影じゃ、ない……。リーリアちゃんが、そこにいる。リーリアちゃんが、いる。
ずっと会いたかった。ずっと、抱き締めていたかった。ずっと、ずっとずっと、食べたかった女の子がそこにいる。
その姿をみて、食欲が爆発した。私は全力で身体をもがくと、身体を傷つける事でトゲから身体を外す事に成功。リーリアちゃんに向かって歩み寄る。
それに気づいたリーリアちゃんが、両手を広げて私を受け止める仕草を見せてくれる。その胸の中へと向かって私は突っ込んでいき、そして抱き締めて受け止められ、リーリアちゃんの肩に噛みついた。
「っ!?」
驚いて身体を震わせるリーリアちゃんだけど、私を手放そうとはしない。血と肉の味が、私の口の中に広がる。美味しい。美味しすぎる。でも、何かが違う。リーリアちゃんは、食べるための存在だっけ?違う気がする。
「それでも危険でないと言えるのか?」
「これは違う……!コイツは私に噛みつかない。私を傷つけたりなんかしないんだから!」
「では何故噛みつかれている。そのままではそ奴に食われて死ぬぞ。死にたくなければ捨て置け。そうすればすぐに我が消し去ってやる」
「嫌……!絶対に、嫌!」
……リーリアちゃんの温もりを感じる。とても温かい。リーリアちゃんに噛みついた私の顎の力が抜けていく。
そうだよ。リーリアちゃんの言う通り、私がリーリアちゃんを傷つけるなんかあってはならない事だ。この世界で、絶対に食べたらいけない対象。私が守るべき存在。ずっと傍にいて、見守るべき存在。それがリーリアちゃんだ。
我に返り、私はリーリアちゃんの肩から口を外した。
でもそのリーリアちゃんの頭にめがけ、一本の触手が伸びていた。邪悪な一つの目玉がついた触手だ。
触手がリーリアちゃんに襲い掛かろうとしている。その触手は私の意思では動かない。
嫌。やめて。リーリアちゃんを殺さないで。いくら願っても、いくら動かそうとしても、何も出来る事はない。私はただただその光景を見つめ続けるだけで、今目の前でおきようとしている現実を受け入れるしかない。
こんな事になるなら、リーリアちゃんを村から連れ出さなければよかった。おじさんに殺されていればよかった。生まれなければよかった。後悔しても、何も変わらない。
私がこの世界で一番愛しく思う存在。その子に自分の触手が襲い掛かるのを、私は止める事が出来なかった。