共闘
作戦が上手く行った。
ジアスブロートによって地面に穴をあけ、そこに触手を突っ込んで出口まで伸ばし、待機させていたのだ。そこにのこのことテレスヤレスがやってきて、岩の巨人に気をとられている内にどさくさに紛れて触手を穴から出し、テレスヤレスの首輪だけをかみ切った。という訳。
テレスヤレスは見事におじさんの支配から解放され、自由の身となった。私ってもしかして、自由の使者なのかもしれない。皆を支配から解放してあげて、偉い。
偉そうなおじさんが、少々取り乱し気味に眼鏡を掛けなおす仕草を見せる。彼にとってかなりイレギュラーな出来事のようで、その慌て具合を見た私は心の中でひそかにほくそ笑んだ。
「まさか、テイム魔法を無効化する事が出来るなんて……貴女は何者なのですか?」
「テイム魔法?」
「分かっていてやったのではなかったのですか……?」
「知らない」
「そ、そうですか……。テイム魔法とは、対象を肉体的と精神的の両方を追い詰めた上で発動させると、その精神を支配出来るようになる魔法です。ハッキリと言えば、術者の奴隷になってしまうのです。奴隷となると身体に奴隷の首輪が出現し、その首輪を外さない限りは奴隷となり続けます。しかしこの首輪は──」
「その術を発動させた者にしか外せない。無理に外せば首が吹っ飛んで奴隷は死ぬ。そういう魔法だ」
途中からイライラしたように、おじさんが遮って説明をしてくれた。そんな感じの事を、バレルカミシュの奴隷の人たちも言っていたな。
つまりあの人たちもそのテイム魔法によって支配されていたと言う事か。
そういえば、このおじさんが魔物使いという可能性があるのを思い出した。アリスエデンの神殺しの世界で、魔物を使役して戦うジョブの事だ。ゲームの中では対象の魔物を弱らせてから使役するという選択肢を選ぶだけで魔物を操れるようになり、魔法とかはなかったな。
細かな所で、どこか私の知るアリスエデンの神殺しの世界とは違う。
「あり得ねぇ。せっかく捕まえたペットを解放しやがって……しかも、お気に入りだったのに……!」
「よくもこの私を奴隷にして好き放題してくれましたね。貴方に受けた辱めはそのまま返しますよ」
「はっ!言うじゃないか。ペットから解放されたといっても、強くなったわけじゃない。勘違いするなよ、魔物風情が。……いいだろう。今度は首輪なしでも二度と逆らおうと思わないくらい痛めつけてやろうかね」
おじさんが、その長い爪を外した。そして亜空間操作により穴を作り出し、その中に手を突っ込むとそこから黒い剣を取り出す。
少なくともその剣を使わなければいけない相手だと判断したらしい。つまり、最初から本気という訳だ。本気なんて出さなければいいのに……。
「あの人を倒すのに、協力してくれる?」
「それはこちらの台詞です。私だけでは無理でも、貴女が協力してくれるなら勝てるかもしれない。是非、協力させてください」
「……」
ふと気が付いた。私はフードを外したままだった。
それを慌てて直してから前を向きなおす。
その様子をテレスヤレスが首を傾げ、不思議そうに見ていた。まぁフードを被って顔を隠しただけだ。ああ、落ち着く。
……さて。ここからが本番だ。テレスヤレスも、普通に強かった。あのまま戦っていたら、触手の一本や二本くらい持っていかれていたかもしれない。実際一本串刺しにされてしまっているしね。ダメージは大したことないんだけど、これが繰り返されたら本当に失う事になってしまうだろう。
今から戦うのは、それよりも遥かに強い敵だ。更に気合をいれなければいけない。
「……面倒だね。まったくもって、面倒だ。こちらの要求に従う様子もないし、かと言ってあの方に逆らって町ごと殲滅する訳にもいかない。いや笑うしかない。本当に──」
おかしいと言いながらも、おじさんは笑っていない。むしろ怒りのこもった目でこちらを睨みつけて来る。
ていうか殲滅殲滅言ってる割に、本当は殲滅するつもりなんてなかったの?その前にあの方ってなに。誰の事。
そんな疑問を投げかける暇もなく、その姿が消えた。いや、分かっている。消えたのではない。駆けだしただけだ。会話の途中でなんのモーションもなく、唐突に。
そして一気に私とテレスヤレスに迫ったおじさんが、テレスヤレスをその手に持った剣で斬りつけようとした。
私にはその動きが見えている。咄嗟にテレスヤレスに触手を伸ばしていた私は、テレスヤレスを引っ張ってバランスを崩させる事でその一撃を回避させた。でもおじさんの剣はテレスヤレスの腕を一本斬り落とす事に成功してしまう。
「……」
テレスヤレスはそのスピードに遅れて反応したけど、落ちた腕に反応するどころか目もくれずに目の前にやってきたおじさんに向けて巨大な剣を振り落とした。
その剣を軽々とかわすと、おじさんが今度はこちらを向く。
「レデンウォール」
あんな素早い攻撃を何度も繰り出された避ける自信がない。だから前もって透明な壁を出現させて防御態勢をとったんだけど、その壁が脆くも崩れ去った。一瞬にして、かつて私がされたように細切れである。
でもその際に振り回されたおじさんの剣に斬られないルートを一瞬にして見極めると、私はそのルートに触手を伸ばしていた。おじさんへと迫る、私の触手のお口。
「──シャプロット」
おじさんが魔法を唱えた。すると、私の触手が突然スローモーションになった。でもすぐに動き出したんだけど、その間はおじさんに私の触手を避けるための時間を与えた事になってしまう。
「おー、危ないな。オレの動きについてくるとは、大した魔物じゃないか」
触手を避けたおじさんは、私とテレスヤレスに挟まれた状態でそんな事を言い出し、余裕を見せる。
今のは自分でもいい線いったと思う。下手したらあの口でおじさんの頭を食べて戦闘終了となっていたはず。なのに何で慌てないのこの人は。
逆に、目の前でフリートークを繰り広げるおじさんに慌てたのは、私とテレスヤレスだ。やや間を置いてから同時におじさんに襲い掛かったけど、おじさんはその場からジャンプする事で私とテレスヤレスの攻撃を避けて見せた。
でも、ジャンプしたと言う事はもうおじさんは避ける事ができない。彼には翼がないからね。下から攻撃されればひとたまりもないず。
先に攻撃したのはテレスヤレスだ。全ての手で握っていた武器を砲弾に形を変化させ、空中のおじさんに向かって一斉に投げつけた。
「ふっ」
おじさんが迫り来る砲弾を見て笑い、それから黒い剣を私達に向かって放り投げて来た。勿論ただ投げただけではない。黒いオーラを纏って降り注ぐその剣には、おじさんの何かしらの力が込められている。
その危険度を表すように、黒い剣とすれ違った砲弾が黒いオーラに触れると砕け散り、そのままテレスヤレスの方へと降って来る。
その剣の対処は狙われているテレスヤレスに任せる。今私がすべき事は、空中で武器を失ったおじさんを食い殺す事だ。魔法では効かない可能性がある。だから確実に、防御耐性も何もかもを無効化できる、この触手で攻撃を仕掛ける。
思いきり伸ばした触手が、黒い剣を手にしたおじさんに襲い掛かろうとする。
ん?黒い剣を手にした──?
気づいた時はもう遅かった。おじさんが手にした黒い剣により、私の触手が刻まれる。
「っ!」
痛い。黒い血と共に、切断された私の触手が地面に落ちた。でも寸前で気づいた事により、2本の犠牲で済んだ。残る2本はまだ無事だ。
一方私の隣で、降り注いできた剣をテレスヤレスが巨大な手で防いでいる。ややせめぎ合ったけど、でもその両手が砕け散った。両手の犠牲でおじさんの剣を弾く事には成功したけど、その損害は大きい。
そして弾かれた剣が地面に転がる。
同時におじさんも空中浮遊の旅を終えて地面に着地した。
「……」
おかしい。おじさんが手に持っている剣が、どう見ても地面に転がっている。もしかしてこの剣、2本あったの?
「不思議か?種明かしすると、これは『幻影魔人剣』と呼ばれる代物でね。魔族の有名な鍛冶師が数百年前に作った最高の剣だよ。その価値なんと、金貨三千枚だ」
「……武器の価値なんてどうでもいい。性能を教えて」
「……この剣はオレが今したように放り投げようと何をしようと、この手に戻って来るんだよ。しかし放った物も紛れもなく幻影魔人剣であり、御覧の通りそこに実在する。さて、どちらが本物だと思う?正解はオレが手に持っているコレだ」
聞いておいて、答える前に正解を言われてしまった。
そして地面に転がっていたおじさんの剣が消滅。1本に戻った。
後に残ったのは、大きな両手を失ったテレスヤレスと、触手を2本失ったこの私である。




