ねちねち
偉そうなおじさんは、門をくぐろうとはしなかった。門の外に立ち続け、そこから私達を見ているだけ。
それならまだ、戦うと決まった訳ではない。交渉次第では穏便に済むかもしれないので、そこはまだ希望がある。
別に怖気づいている訳ではない。
「……用件は、何」
「最初にこの町の代表に伝えたはずだ。我々に降伏したまえ。しないというのなら殲滅する。今日が回答の期限であり、一斉攻撃を仕掛ける予定だったのだが……町を包囲していたクァルダウラの軍勢が勝手に包囲を解きやがった。まぁ後方にはまだ別の軍団が待機しているのだが、もう面倒だ。なのでオレがこうしてやって来た。で、答えを聞きたい」
「降伏は、しない」
「ならば殲滅だ」
偉そうなおじさんは、いとも簡単にそう言い切った。
「ふぅー……」
私は息を吐き、心を落ち着かせる。大丈夫。あの頃の私と、今の私とは別次元の強さとなっているはず。おじさんとのレベル差はだいぶ縮まったか、もしかしたら超えている可能性だってあるはずだ。
今の私の力なら、神の支配から解放され、自由となったこの国の人々を守ってあげられるはず。
「戦うというなら、構わない。私が相手になる」
「ほう、面白い。ならば相手してもらおうか。外に出てきたまえ、魔物の娘」
「ここではなく、外で?」
「オレは別に構わないぞ?ただしその場合、周囲を巻き込むことになる。外に出て来るなら、外に出た者のみを攻撃対象とみなそう。今だけな」
確かに、ここで私と彼が本気でやり合ったら、町が無事では済まないかもしれない。案外気がきくじゃない。偉そうだけど、見直したよ
「……何を話してるか分からないけど、なんかむかつくわね、あのおっさん。斬り殺してもいい?」
私と偉そうなおじさんは、魔族語で会話をしていた。なのでリーリアちゃんには全く理解が出来ていない。
彼の話し方とか、その場の空気でそんな事を言いながら刀に手をかけたリーリアちゃんなんだけど、それだけは絶対にやめて欲しい。
「ダメ。リーリアは、ここにいて。私はあの人と、町の外で戦ってくる」
私はリーリアちゃんを触手で制しながら、そう言った。
「は?なんでよ。私も戦う」
「絶対に、ダメ」
「……嫌。私も戦う」
「ダメなものは、ダメ」
「嫌!付いてく!」
「ダメ」
「っ!別にいい!あんたに許可なんてとらなくても、勝手にするだけだから!」
刀を抜き、偉そうなおじさんに斬りかかろうとするリーリアちゃんを私は触手で拘束した。
「離しなさい、アリス……!離さないなら、あんたもボコボコにするから!」
そこで気づいたんだけど、リーリアちゃんの身体が震えている。理由は単純明白だ。リーリアちゃんは偉そうなおじさんの強さを感じ取り、怖がっているのだ。それなのに斬りかかろうとするなんて、無茶な事をする。
よく見れば、怖がっているのはリーリアちゃんだけではない。偉そうなおじさんの殺気を浴びた、周辺の兵士達も恐怖している。でもこちらはただ単に、恐怖しているだけ。あのおじさんの強さなんて彼らには想像もできないだろう。
「あんたは、負けない。あんたは強いし、あんたを倒すのはこの私。だから、付いて行ってもいいでしょう……?」
「……」
懇願されるも、こればかりは付いてこさせるわけにはいかない。このおじさんを相手にして、リーリアちゃんを守る余裕は絶対にないから。
「負けるつもりは、ない。すぐに戻るから……だから、おとなしく待っていて」
「……嫌。一緒に行く」
ここまで頑ななリーリアちゃんは、初めてだ。一応頑固者ではあるけれど、聞き訳がない子では決してない。
たぶん、何かを感じ取っているのだ。あのおじさんは、今まで対峙してきたどんな敵よりも強い。私の様子が朝からおかしかったのも、彼女に不安を与えてしまったのかもしれない。
私はリーリアちゃんに歩み寄った。そして触手で拘束された状態の彼女の頬に手を当てる。
「──ガオウサム」
「なっ!?」
私は魔法を発動させた。毒ガスが彼女の顔周辺を襲い、彼女はその毒を吸ってしまう。するとすぐにリーリアちゃんの身体から力が失われ、私の触手に全体重を預ける形となった。
先日の戦いで毒耐性を手に入れたリーリアちゃんだけど、私とのレベル差は依然としてあり過ぎる。私の毒はしっかりと効いて、彼女の身体から自由を奪い取った。
「な、なに、を……!」
「ごめんね、リーリア。お願いだから、おとなしく待ってて」
「っ……!」
何か言いたそうだけど、リーリアちゃんは唇を食いしばって身体に力をいれようとするだけで、返事をしない。
私だって、こんな事はしたくない。出来ればリーリアちゃんも連れて行きたいし、一緒に戦いと思う。でも相手が相手なだけに、無理なのだ。
「ウルス」
「な、なんだ?」
「私はあの魔族のおじさんと戦ってくる。リーリアをお願い」
「そ、それはいいが……いいのか?よく分からんが、リーリアに毒を……」
「その辺の理由は、後でリーリアに聞いて」
私は最後にリーリアちゃんの頭を撫で、それからウルスさんへ手渡しておじさんの方を睨みつける。
「仲間同士でいざこざか?そういうのはオレが見ていない所でやってくれたまえ。それと、待たせすぎだ。イライラしてきた」
「……今行く」
今この場でおじさんに暴れられたら、周りを巻き込んでしまう。だから私は急いでその場を後にした。
リーリアちゃんが頭を撫でていた私の触手に必死に手を伸ばして触れていたんだけど、その手に力はない。呆気なく離れ、私は振り返る事もなく彼女に別れを告げた。
別れというのも大袈裟だけどね。私は負けるつもりはない。絶対に、リーリアちゃんの下に帰ってくる。そしたら凄く怒られそうで怖いけど……まぁ仕方ない。そこは喜んで怒られる事にしよう。
「──まったく、どれだけ待たせれば気が済むんだ貴様らは。自分たちをこのオレよりも偉い存在とでも考えているのか?それとも、ただ単にイライラさせる作戦か?どちらにしてもタチが悪い。本来であれば、もうとっくに殲滅してやってもいいんだぞ。それを情けで猶予を設けてやったのに、感謝の言葉もなく降伏はしないと来た。オマケにこのオレと戦うと。どれだけイライラさせれば気が済むんだ」
「……」
おじさんについて門の外に出たんだけど、その際のおじさんの小言がうるさい。うるさすぎる。ねちねちねちねちと、逆にこっちがイライラさせられてしまう。
でも心を落ち着かせ、この隙に出来る事をやっておこうと思って私は彼のステータス画面を開いてみた。でもやはり、見る事ができない。ステータス画面は文字化けしており、何一つとして分かる情報がない。
レベルが分からない相手と戦うのって、やっぱり怖い。今の自分よりレベルが高かったらどうしよう。不安だ……。
「──大体にして、人間はどもはいつもそうだ。無駄に数を増やし、無駄に殺し合って数を減らす。自分たちが何者かに支配されている事にも気づかず、同じ種族で争うんだぞ。一体どういう心理状況なのかね。まぁその辺は魔物の貴様に言っても仕方がない。で、もうこの辺でいいだろう」
私はおじさんの話を、ろくに聞いていなかった。聞いても意味のない愚痴ばかりで、イライラするだけだから。
そしてその時はやってきた。門から少し離れたところでおじさんが止まり、私も止まる。そして対峙する形で睨み合う。
「もう、始めても?」
「まぁ待て。クァルダウラを倒したと言っても、所詮貴様も雑魚だ。オレが手を下す必要もない。でだ。最近丁度、面白い魔物を手に入れてね。そいつにやらせようと思う」
「……?」
この場には、おじさんと私以外いない。不思議に思って周囲を見渡すも、やっぱりいない。視覚的には、ね。
何かが動く気配がして、そこで私はようやく気付いた。たった今、私達がくぐった門。その門が設置されている壁に、何かがいたのだ。その何かは壁に張り付いて擬態化し、ずっと私を見ていた。
その擬態化していた何かが擬態をとくと、私の方へ向かってジャンプし、おじさんの傍に着地した。
「こいつだ。こいつが貴様の相手をする」
おじさんの隣に着地したのは、これまた見覚えのある白い魔物だった。