表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/164

名前の由来


 町は、さほど荒れてはいない。戦争が始まった訳でもなければ、大きな戦闘が起きた訳でもない。ただ私が歩き回って、神に支配された人を食べただけだ。その際少し建物も壊れたけど、必要最低限だと思う。

 それよりもまずは私がおこした混乱を納めるべく、ウルスさんが兵士たちを集めて指示を出して回った。ウルスさんは軍人出身らしく、知り合いの兵士がたくさんいるらしい。知り合いの兵士達が中心に混乱を納め、それに追従して別の兵士達も混乱を納める協力をしてくれて、案外すぐに混乱は収まった。

 そして次に、この国の新しい王をウルスさんに決めるための会議が開かれた。でも、国のお偉いさん達は大体神に支配された人で、既に私の胃の中だ。

 会議には町の地区の偉い人やらが参加し、それなりに話し合ってそれなりに議論されたけど、まぁウルスさんが王になる事に反対する人はいなかった。皆たぶん、面倒なんでしょ。それとも私が見つめていたからかな。

 なんにせよ、ここにウルス王が誕生しましたとさ。めでたし、めでたし。


 デサリットと比べると、この国は絶賛混乱中と言う事もあって豪華なご飯だとかは望めない。そもそも私はご飯がいらないので別に良いんだけどね。リーリアちゃんも、ご飯に対してそんなにこだわる人じゃない。肉を与えておけば勝手に焼いて食べてくれる子だ。

 諸々のすべきことを済ませると、リーリアちゃんがお腹が減ったと言い出したんだよね。それでお城の食糧庫にしまってあった食材を適当に調理して食べ、日が暮れた。

 という訳で、今夜はこの混乱の最中にある国に泊まる事となった。部屋も、豪華なホテルとはならない。何せ使用人もほとんど食べちゃったからね。雑用をしてくれる人がいないのだ。

 だから、自分たちで適当な部屋を見つけ、自分たちで寝床の支度をした。寝床なんて、ベッドと布団があればそれでいい。デサリットのように広い部屋も必要ないので、ベッドが2つ置かれてそれだけで部屋がいっぱいいっぱいな部屋を、リーリアちゃんと使う事にした。


「ねぇ、アリス。あんたは何で、そんなに神様を嫌うの?」


 上着やら装備やらを脱ぎ払ったリーリアちゃんが、ベッドに寝転がりながら私に向けてそう尋ねて来た。

 私達の部屋の光源は、枕元にある一本の蝋燭の火だけだ。暗いけど、でもどこかキレイな光景だ。

 私はベッドに腰かけ、そんな蝋燭の光をぼんやりと眺めながら質問に答える。


「……神に支配されると、人は狂う。私は神に支配された人が、どういう末路を辿るのか知っている。だから、神が嫌い」

「あんたに反論する訳じゃないけど、神様っていうのは世界を作り出した偉大な存在だって、お姉ちゃんが言ってた。私の知る神様と、あんたが嫌う神様って別物なのかな?」

「そうかもしれないし、同じかもしれない。私にも詳しくは分からないけど……でも、神様と関わるのは絶対にいけない。神様は人を玩具としか見ていないから。例えどんなに甘い言葉で誘惑されても、押しのける必要がある」

「……ま、あんたがそこまで言うなら、相当悪い奴らなんでしょうね。でもそれじゃあ、あんたにアリスなんて名前つけなければよかったな……」


 リーリアちゃんが天井を見つめながら、苦笑した。

 私の名前のルーツが、神様と関係あるという事だろうか。興味がそそられ、私は蝋燭からリーリアちゃんへと視線をうつした。


「私の、名前?」

「ん……そう。あんたの名前は、かつて神々が作り出した最初の地──アリスエデンからとったのよ」


 私はその単語をきいて、目を見開いて驚いた。

 アリスエデン──それはアリスエデンの神殺しというゲームのタイトルの、舞台となった世界の名前だ。

 ゲームの中では、主人公たちが活動するその世界そのものの名前をアリスエデンと呼んでいた。その名はこの世界に来てから聞いてもいない。だから勝手に、アリスエデンと呼ばれる物は存在しないのかと思っていた。


「アリスエデンとは、何なの?」

「気になるの?そりゃまぁ、自分の名前の由来だからね……」


 私が興味ありげに尋ねると、リーリアちゃんがベッドから起き上がって私の方を見て来た。そしてアリスエデンの話を始めてくれる。


「アリスエデンっていうのは、千年前に神が暮らしていたと言われている地の名前よ。そこでは人間、リンク族、魔族、妖精族に、獣人族と鬼人族。ドワーフ族も暮らしていて、それぞれの種族はそれぞれ異なる神を崇拝しながら、各種族に割り当てられた土地で皆幸せに暮らしていた。神はアリスエデンから人々が出る事を制限し、アリスエデンの外の世界は禁断の地と呼ばれていたわ。でもある日、好奇心を抑えきれなくなった人々がアリスエデンの外に出るため、神に対して反旗を翻したの。結果、神々は人々に失望して見捨て、この世を去った。神に勝利した人々は、幸せになりましたとさ」

「……」


 リーリアちゃんが話してくれた筋書きは、言い換えればアリスエデンの神殺しだ。

 ゲームでは正確に言うと、神に支配され無下に扱われていた人々が反旗を翻し、神を殺した。そして自由となった人々が、幸せになる。


「ま、ここまでは良かったんだけど、その後は幸せとはいかなかったのよね」

「何かあったの……?」

「神は怒り狂い、人々に罰を与えたの。まず、最初の地アリスエデンを破壊した。アリスエデンは闇に飲み込まれ、土地ごと闇に飲まれた妖精族とドワーフ族が絶滅。難を逃れた残りの種族は、アリスエデンを飲み込んだ闇から逃れるように新たな土地を探して旅立った。幸いにも、アリスエデン以外の地にも様々な種族が住んでいて、まったく最初から土地を開発する事に、なんて風にならずに済んだわ。でもそこからが大変で、アリスエデンを逃れた人々はやがて自分たちの富と名誉を優先するようになり、争うようになった。神がこの世を去る際に、人々に憎しみを植え付けたと言われているわ。人々は互いに憎み合い、殺し合い、それを止められる者はいなかった。神という存在を除いてね。何度も戦争を繰り返し、土地をとってとられ、そして今の世界の形に落ち着いた……て所。古い伝記というか、うちの部族に代々語り継がれてきた話よ。この話が本当かどうかは分からないけど、でもデサリットにも似たような話があるみたい」

「……」


 主人公たちは、命懸けでアリスエデンの人々を神の支配から救った。そしてその後は真のボスである邪神に立ち向かう事になる。

 アリスエデンが闇に包まれてしまった描写は、エンディングにはなかった。人々は神の支配から解放され、それぞれが自由に逞しく生きていく。そんな感じだったはず。邪神を倒した後の真エンディングは見ていないので分からない。

 でも、もし私が知るアリスエデンの神殺しの物語が今から千年前にあった出来事だとして、神を殺した後の話はあまりにも残酷だ。主人公たちは、本当に頑張ったんだよ。神という強大な敵を……いや、神だけではない。最初は世界中が敵だった。始めは神の支配から偶然逃れる事のできたたったの数人で、死に物狂いで頑張って戦ってやがて神を倒し、人々を解放していく。愛する者を刺客として神に差し向けられ、泣く泣く手にかける事になった人もいた。

 彼らは、二度とそんな悲しい出来事がおきないように頑張り、人々を神の手から解放したのだ。神から解放された人々が争うなんて、あまりにも虚しい。


「ちょっ、何泣いてるのよ」

「……?」


 気づけば私は、目から涙を零していたようだ。自分の顔があまりにも無表情すぎて、リーリアちゃんに指摘されるまで気が付かなかった。


「そんなに悲しい話だった?」

「……少し」

「……しょうがないわね」


 リーリアちゃんがそう言うと、私の隣に座った。そして私の顔を自らの胸の中に抱きしめ、頭を撫でててくれる。


「よしよし。大丈夫だから、泣き止みなさい……」

「……」


 リーリアちゃんの暖かな体温と、心臓の音が私の心を落ち着かせてくれる。鼻にはリーリアちゃんの良い匂いが通り抜け、私の食欲をそそるんだけど勿論食べたりはしない。舐めるくらいなら……いや、ダメか。そんな事したら殴られる。

 だからおとなしくしておいた。


 私にとって、この時間はかけがえのない幸せな時間となった。リーリアちゃんは、本当に優しい子に育ってくれたと思う。私がそうしたのではない。ラネアトさんがリーリアちゃんの地を作り、あとはリーリアちゃんが勝手に育ってくれただけ。私は何もしていない。

 この子はもうきっと、1人でも生きていける。それくらいにちゃんとしていて、しかも強い子だ。そう思うと寂しくて、縋るように、手放さないように私はリーリアちゃんの胸に強く顔を押し当てた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ