ダメだと思った
町へとやってくると、大勢の兵士に出迎えられた。友好的な感じではなく、敵対的な感じでね。でも、ウルスさんが自分の身分と私達の事を紹介し、何事もなく町の中へと迎え入れられる事となった。
町の中はやはり、石の家々を利用して防御網が構築されており、立派な壁がなくともしっかりとした守りが固められているように見える。
そして、臭い。とても臭い。神様関連の人の臭いが漂っていて、今すぐにでも彼らを排除したくなってしまう。
「ひ、ひああああぁぁぁ!」
町の中を進んでいく馬車から顔を出すと、時折叫び声が聞こえてくる。それは私を見た人物があげたもので、ただ私を見ただけで悲鳴をあげてくるから失礼しちゃう。
たぶん、デサリットを攻撃していた人なのだろう。私の攻撃を目の当たりにし、生き残った人が私を見て怖がっているだね。
神様関連の人は、今の所何もしてこない。ただおとなしくこちらをじっと見据えているだけ。それはそれで不気味だ。
まぁ今はとりあえず、こちらも手を出さずにおこう。
そんな感じでたまに悲鳴を聞きながら進んで行くと、ちょっと異様な雰囲気の場所へと辿り着いた。
ただただ白く美しいお城が目の前に出現したんだけど、空気感が通常と全く異なっているんだよね。なんていうか、凄く冷たい。そして凄く臭い。
というのも、私達を出迎え頭を下げて来た兵士達。彼らは皆、神様関連の人だからだ。
皆がレベル200前後で、この世界の人間にしては強い方。攻撃はしてこないようだけど、皆が赤い鎧に身を包み、顔や手足に神に従じている証拠である、目の紋章を刻んでいるその姿は不気味だ。
「……薄気味悪い連中」
リーリアちゃんも、何か違う空気を感じているようだ。馬車の中から外を覗き見、そう呟いた。
「──よく戻ったな、ヘッグヴェル。デサリット王国への援軍の使者の任、まことにご苦労であった」
「し、司祭様っ。わざわざ出迎えてくださり、ありがとうございます」
一言も喋ろうとしない兵士達の中を通り抜けてお城の出入り口の方までやってくると、神父服姿のおじいさんが私達一行を出迎えた。
おじいさんは赤い神父服姿で、腰が曲がっている。その服はデサリットで遭遇した神父さんと被っているけど、こちらの方が豪華な服装だ。模様がね。でもその服を着ている方は豪華という訳ではなくて、髪も髭も真っ白で、肌はしわらだけで本当にただのおじいさんって感じ。そしてめちゃくちゃ臭い。
そんなおじいさんの姿を見て、ウルスさんは馬車を飛び降りると彼に向かって跪いて見せた。けっこう偉い人らしい。司祭様と呼ばれるだけの事はある。
名前:リガッジ・ボッグズ 種族:人間
Lv :1014 状態:精神支配
HP:4084 MP:18188
おじいさんのステータスはこんな感じ。彼もまた、当然のように神様関連の人である。印は見えないけど、身体のどこかにあるのだろう。
そしてレベルがたっかい。なんだコレ。このおじいさん、牛の魔族や鳥の魔族より強いんだぜ。おじいさんが魔族と戦い、勝利する姿を想像すると笑ってしまう。いや、笑えないんだけどね。表情がないもので。
「よい、よい。此度の貴殿の働き、誠に大義であった。まさかデサリットから、我が大軍勢を退けたという守護者が援軍として駆けつけてくれるとは、思いもしなかったが……貴殿の神に対する忠誠なる働きのおかげで、この町は神に逆らいし邪悪なる魔族どもから救われたのだ」
「は……はっ。神の教えに従い、その結果がもたらした物です」
「うむ。貴殿が神に認められる日も近いであろう。……して、そちらのお二方が、デサリットからやってきたという援軍だな」
ウルスさんがおじいさんと話している間に、私とリーリアちゃんは馬車から降りていた。そんな私達に向かい、おじいさんが尋ねて来た。
「そ、その通りです。触手を生やした、魔物の方がアリス様。リンク族の方が、リーリア様です」
「ほう。伝令から話は聞いています。なんでも、町の外でクァルダウラと戦闘し勝ったとか。その結果、魔族は町の包囲をといて離れて行った、と」
「その通りだけど、クァルダウラの軍団が包囲を解いただけ。その後方にいる魔族はまた攻めて来るかもしれないから、気を付けて」
「ええ、分かっております。我らはまだ、何も戦っていませんからね。さすがに何の血も流さずに魔族どもがおとなしく撤退するとは思っておりません。しかし、一時ではありますが緊張が解れた事はわが軍としても大きい。その上アリス様とリーリア様が味方にいるのなら百人力……いや、数万力となるでしょう」
「……ところで、貴方は誰?」
司祭様と言う事は、王様ではない。何かのお偉いさんなんだろうけど、いまいち彼の立場が見えてこない。
「ああ、名乗り遅れて申し訳ございません。私、アスラ教の司祭を務めさせていただいている、リガッジ・ボッグズと申します。司祭という身ではありますが、アスラ神仰国国王、パールベル・グラスニュート様の補佐官を務めております」
王様の、補佐官か。そりゃ偉そうな訳だ。ウルスさんがペコペコする理由も分かった。
「そう。それじゃあ早速、報酬について話がしたい」
「報酬、ですか……?」
首を傾げながら、おじいさんがウルスさんの方を見る。
「お、恐れながら……わ、私はアリス様にとある条件を提示し、援軍としてやって来ていただきましたっ。そ、その条件の事なのですが──」
「ああ、そういう事なら王の前で話そうぞ。王はアリス様に、深く感謝しているはず。どんな願いも受け入れてくれるに違いないだろう」
「は、はっ!」
意を決し、私の条件を話そうとしたウルスさんの言葉はおじいさんに遮られてしまった。今聞かなくて後悔しないかな。
ところで本当に、この国の王様は私の条件を飲み込んでくれるのかな。国民を食わせろとか、そんな条件を受け入れる王様がいたらもうその人は王様じゃないと思うよ。だから、そんな勝手な事言わない方がいいと思う。
それからおじいさんに付いて歩き、美術館のように静まり返ったお城の中を歩いて行く事数十分。そこら中を曲がったり、階段を下りて上がっていった末にようやく目的地へと辿り着いた。
ついた場所は、重厚な鉄の扉が設置された部屋。窓のない廊下にそれは存在していて、ここが何階だとかという感覚はとうに麻痺している。
「この中に、我が王がいます。王妃様も一緒ですので、どうぞその美貌を目に焼き付けておくとよいでしょう」
おじいさんが扉を開く前にそう言ってから、そのよぼよぼでしわだらけの腕で扉に触れた。そして体重をかけると、明らかに重そうな扉が開いて行く。
なんていうか、異様な光景だ。おじいさんどころか、若い人でもこの扉をたったの一人で開くのは不可能だ。それをよぼよぼのおじいさんがいとも簡単になしえてしまったのだから、本当に異常。この人のレベルの高さが、ステータス以外で窺い知れる結果となっている。
でもそれ以上に、美しいという王妃様に興味がある。デサリットのお姫様も、飛びぬけた美人さんだったからな。期待してしまうよ。
「王よ。デサリットからやってきた、援軍。アリス様と、リーリア様をお連れ致しました」
わくわくしながら部屋の中へと入って行くと、そこは手狭な廊下が奥まで続く空間だった。しかも廊下は蝋燭の僅かな光で照らされているだけで、窓もないので薄暗い。ハッキリ言って、趣味の悪い不気味な部屋だ。
「──ご苦労であるな。遠慮はいらぬ。ちこう寄るが良いぞ」
そして奥の台座の上から、そんな声が聞こえて来た。
声は男の人の声なんだけど、かすれている上に高く、弱々しい声だ。なんていうか、威厳という言葉からかなり遠く離れている声だと思う。
そして声の持ち主を見て、コイツダメだと思ったね。




