胸騒ぎ
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クァルダウラは敗北を認めると、フラフラとしながらも立ち上がった。斧を杖代わりにしているんだけど、それでも上手く立つのは難しい。それほどのダメージを彼に与えたのはこの私だ。
思わず触手を伸ばして支えてあげると、遠慮なく掴んで体重をかけて来た。
「この巨体を、難なく支えるか……」
そして感心された。褒められると、照れる。
でも私の役目はそれで終わりで、戻って来た大きな馬が心配するように彼に頬ずりをしてから、彼が乗れるように足を折ってその場に座り込んだ。
なんて賢く、優しい馬なんだろうか。私は感動したよ。
「すまんな、ザーグ」
このお馬さん、名前をザーグというらしい。クァルダウラを乗せて立ち上がると、私を威嚇するように睨みつけて歯を剥き出しにし、今にも襲い掛かって来そう。
「ダメだぞ、ザーグ。オレはこの娘に負けたんだ。これ以上オレをみじめにはしないでくれ」
しかしクァルダウラに頭を撫でながらそう言われると、しょんぼりとして威嚇をやめた。
更に可愛いな、この馬。欲しい。
「……向こうで戦っていたのは、貴様の仲間か?」
私とクァルダウラが戦う一方で、リーリアちゃんが鳥と牛の魔族と戦っていた。こちら程ド派手な戦闘ではなく、静かに戦っていたんだけどもう終わっている。
遠目で確認する限り、勝者はリーリアちゃん。魔族がどうなったかはここからでは判断できない。
「そう。あちらも、こちらの勝利」
「そのようだな……。部下は、殺したのか?」
「それは分からない。でも、一応出来るだけ殺さないようにとは言ってある」
私とクァルダウラは、様子を確かめるためにリーリアちゃん達の下へ向かって歩き出した。そして近づいただけで、様子は分かった。
立っているリーリアちゃんに、刀を突きつけられる牛と鳥の魔族。鳥の魔族は、気絶してひっくり返っている牛の魔族の下敷きになっており、とても苦しそう。2人とも切り傷だらけで、痛々しい。でも生きている。
一方のリーリアちゃんは、無傷だ。安心した。
「終わったの?」
「終わり。私の勝ち」
「そ。こっちも終わったわよ。言われた通り、殺してもない」
「うん。偉い」
私は触手でリーリアちゃんの頭を撫でてあげる。
それから、鳥さんが苦しそうなので余った触手で牛の魔族を退かしてあげた。優しいでしょ。
「それにしても凄い戦闘だったわね……でも当然のようにあんたは無傷な訳ね。私は一体いつになったら、あんたを殺せるようになるんだか……」
リーリアちゃんは頭を撫でられるのに抵抗はしない。刀を鞘に納めると、悔しいような、呆れたような感じで俯き、そう言って来た。
確かに、先ほどの戦闘はかなりド派手だった。炎が飛び散り、水も飛び散り、この辺りにも炎が届いたのか大地が焦げている。遠目にみて、あんな戦闘現場には絶対に近づきたくないね。自らにとばっちりが来ないように、手を出そうとも思わない。そんな戦いを、私とクァルダウラは繰り広げたのだ。
「グギャ……く、クァルダウラ様。そのお姿、まさかこの魔物に……?」
のしかかる牛から解放された鳥の魔族が、どうにか羽で上体を起こしながら、馬に跨るクァルダウラに向かって尋ねた。
「うむ!オレはこの魔物……アリスに敗北した!しかしアリスは命をとるつもりはないらしい!代わりに、あの町の包囲を解く約束をしている!すぐに戻って軍を退かせるぞ!」
「よ、よろしいのですか?勝手にそのような行動をすれば、クァルダウラ様がなんらかの処分を受ける可能性が……」
「よい!このままアリスと戦えば、わが軍は莫大な被害を被る事になるだろう!その事態を回避するためにはやむなき事よ!」
「は、はっ。クァルダウラ様がそう決定したのなら、我らは従います。グギャ」
「ウーゴ、いつまで寝ているつもりだ!さっさと起きんか!」
「はっ!?クァルダウル様!?そ、そのお姿は……まさか、魔物に負けたのですか!?」
「その通りだ!退くぞ!」
「で、ですが……は、はいっ」
起きたばかりの牛の魔族は納得いっていない様子だったけど、なんだか清々しい表情のクァルダウラを見ると頷き、おとなしく従った。
「そうだ、アリスよ」
「何……?」
「オレが出来るのは、あの町の包囲を解く事までだ。包囲しているのはオレの軍だからな。約束通り、包囲を解除する事は出来る。だが、後方の軍勢はオレの指揮下にない!オレの軍勢が引き下がった後、どうなるかまでは保証できん!」
「……分かった。そっちはそっちでなんとかする」
「うむ。時にアリスよ。この後貴様はどうするつもりなのだ?」
「……とりあえず町を包囲から解放した訳だし、報酬をもらいにいく。その後は町を守るための行動をとる」
「そうか……。その報酬とやら、受け取った後すぐに町を去るつもりはないか?」
「今のところは、そのつもりはない。どうして?」
「……いや。なんでもない、忘れてくれ。……では、な」
クァルダウラはまだ何か言いたそうだった。けど、目を伏せてどこか残念そうに挨拶をし、去って行く。
途中で鳥の魔族が倒れそうになったのを、彼が拾い上げて馬に乗せてあげたのが印象的だった。牛の魔族の方も倒れそうだったけど、あの巨体はどうにもできない。代わりに彼を励ますクァルダウラの大きな声が、離れても聞こえてくる。
なんていうか、面白い人だったな。約束も守ってくれるみたいだし、後腐れもない。食べないで良かったと思える、そんな人だ。
「で、どうなったのよ」
「……今の、あの大きな馬に乗っていた人が、あの軍勢の一番偉い人。私が勝ったから、町の包囲を解いてくれるらしい」
「へぇ、良かったじゃない。手っ取り早く町を解放できて」
「うん。とりあえず、報酬をもらいに町に入ろうと思う。……ところで、ウルスは何をしているの?」
「ああ、なんかずっと馬車の下に潜り込んで震えてるのよね。一応言葉をかけてみたんだけど通じないから、放っておいた」
ウルスさんは今リーリアちゃんが言った通り、馬車の下に潜り込んで頭を覆い隠し、震えている。そんな不思議な行動に私が近づいてしゃがみ込んで顔を覗くと、ようやく顔をあげてくれた。
「どうしたの?」
「……本物だ。あんたの実力は、本当に本物だ。あの凄まじい戦いを見て、情けない事にオレは怖くなっちまったんだよ。オレは……オレは、とんでもない化け物を『ギギルス』に連れ帰っちまった……!」
本人を前にして化け物とは失礼なっ。
でもまぁ、そう言われるのはもう慣れている。だから怒りもしないし、そもそも人から見れば化け物だという自覚はある。
「……大丈夫。私は、貴方を食べたりはしない。だからウルスが私を怖がる必要はない。だから、出て来て。魔族は町の包囲を解く事を約束してくれて、じきに町は解放される。貴方は町を救った英雄として、あの町に帰還する事になるのだから。こんな所に隠れている場合ではない」
「……魔族が、町の包囲を解いてくれる、だと?」
「そう。だから、早く出て来て。町へ向かうのに馬車が必要」
本当は歩いて行ってもいい。だけどウルスさんをそこから引っ張り出すために、彼が必要だと言う事を暗に伝えた。
「あ、ああ……。分かった。取り乱してすまなかった。今、出て行く」
ようやくウルスさんが馬車の下から這い出て来てくれて、馬車を出発させる準備を始めてくれた。
それから少し経ち、町を包囲していた魔族の軍勢が少しずつ後退を始めた。約束通り、クァルダウラが包囲を解いてくれたのだ。それを確認し、私達も馬車で町へとゆっくり向かう。
クァルダウラの指揮下にないという、後方に配置されている魔族が気がかりだけど、今のところは町に迫って来る様子はない。攻撃して来る様子もないので、放っておくに限る。
でも、なんだろう。なんだか胸騒ぎがする。
その胸騒ぎの原因が分からないまま、私は馬車に揺られながら異臭が漂ってくる町の方を見据えるのだった。
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