使者
謁見の間とは、王様に誰かが会いに来た時に使われる、奥行きのある広い部屋だ。高い天井と、立派な石の柱に囲まれた赤い絨毯の先に、壇上に設置された無駄に大きなイスがある。
これはファンタジー世界ではお馴染みの光景だ。大きなイスは、権力者の権力を象徴するかのような効果がある。
「よく来た、アリス!それと、リーリアも!突然の呼び出しに応えてくれた事を感謝するぞ!」
大きなイスには、王様が着席していて訪れた私とリーリアちゃんを労ってくれた。
別に良いんだけど、私って一応この国の支配者だよね。だったら、そのイスに座るべきは王様じゃなくて私じゃない?王様が偉そうにふんぞり返って座っているので、そんな事を思ってしまう。
「アリス様。この町に、アスラからの使者が参りました」
早速本題に入って話を進めてくれたのは、カトレアだ。彼女は王様がいる壇の下の柱の陰に立っていて、そこから姿を現わしてナチュラルに私の隣に立ち、そして腕を組んで来た。
「ちょっと。話をするのに、いちいちくっつく必要なんてあるの?」
「この方が、アリス様を身近に感じられますもの。必要ですわ」
「いらない。離れろ、暑っ苦しい」
「嫌、ですわ」
「……」
何故か、私を挟んでにらみ合いを始める美少女2人。やめて。私のために争わないで。そう言いたくなるけど、リーリアちゃんが本気でカトレアを睨んでいるのでとりあえずカトレアから離れておいた。
「ああ……!」
「ふふん」
名残惜しそうに私に手を伸ばすカトレア。でもリーリアが間に入って勝ち誇ったように笑い、カトレアがどす黒く染まった目でリーリアを睨み返すという、サスペンスな劇場でも始まりそうな空気が流れる事になってしまった。
「あー……本題に入るぞ。アスラからの使者、アリスはどう思う」
そんな空気を裂いたのは、王様だ。最初はイラっとしたけど、ナイスだよ。
「……使者は、もうこの町に?」
「まだ城門前にいるはずだ。町の中にはいれておらん。もし使者が貴様の言う神の使いだとするのなら、強力な力の持ち主である可能性があるからな」
「……嫌な臭いはしない。使者は恐らく、神の使いではない。でも会うのなら、念のため私も傍にいる」
「無論、そうしてもらうつもりだ。そのために呼んだのだからな。しかしそもそも、会うべきかどうかという問題もある。何故、アスラが使者を寄越す。この国はアスラによって蹂躙されたばかり。過去を水に流して手を取り合おうなどと言いに来た訳でも、先の戦争を謝罪しに来た訳でもないだろう。目的の見当がつかんぞ」
王様が悩み、カトレアも使者の目的には見当がつかないようで、悩む様子を見せる。
「──で、用事って何。所々しか分かんないけど、使者が謝りに来たとかなんとか……?」
人語が分からないリーリアちゃんが、悩む私たちを前にして翻訳を求めて来た。
勉強の甲斐あって、少し理解できているのは感心させられる。偉いから頭を撫でながら話の内容を教えてあげた。
「へぇ、あの赤い連中から使者ね……で、何を悩んでるの?」
「会うべきか、否か」
「それって悩む必要ある?何の用が知らないけど、来たなら会って用件を聞けばいいじゃない。バカな事を言うならぶん殴って、謝るって言うならケジメとしてぶん殴らせてもらう。だけでしょ」
「リンク族は単細胞で良いですわね……」
と、お姫様が呟いた。人語でね。それならリーリアちゃんには分からないと踏んだのだろう。
「あ?誰が単細胞だ?」
「何故言葉が!?」
「……リシルシアが、変な言葉をよく教えている。特に悪口系には強い」
「くっ。シアめ、余計な事を……!」
「で、誰が単細胞だって?言ってみなさいよ、ねぇホラ」
「……はぁ。仕方ないですわね。単細胞の言う通り、会って確かめてみましょう。下手な行動をするようならアリス様に対処をお願い致します。それでよろしいでしょうか」
「いい」
「もう隠さず竜語で言うとか、喧嘩売ってるわよね!?」
話はまとまり、お姫様が兵士に命令して使者をここへ連れてくる事になった。
カトレアに襲い掛かろうとするリーリアは、触手で拘束して動けないようにしてあげる。あんまりこの娘を挑発しないでくれないかな。この子、けっこう単細胞なんだよ。あ、合ってるか。いやでも口に出して言うのはダメ。
でもホント、つい先日この町に攻め込んで国中を巻き込んだ戦争をおこした国が、一体何の用だろう。まさか、また攻め込んでやるからなという宣戦布告をしてきたって訳でもないよね。
何にしても、不気味だ。本来なら門前払いにして会う必要もない相手だけど、相手が神様関連な人を要しているので会わないっていうのも気になって夜も眠れなくなっちゃう。だから、リーリアちゃんの言う通り会って確かめるしかないのだろう。
という訳で、しばらくして使者がこの謁見の間へとやってきた。
訪れたのは、なんていうか普通のおじさんだ。身長は180センチくらい。体格は普通。髭を生やしているんだけど、顔には傷跡があり、傷のある場所だけ髭が生えていない。年齢は40歳くらいかな。腰には剣も携えているけど、戦う気はあまりにもなさそう。ビクビクと怯えているように見えるからね。
名前:ウルス・ヘッグヴェル 種族:人間
Lv :42 状態:恐怖
HP:340 MP:0
スキルにめぼしい物はない。レベルも低い。本当に、ただの人間だ。
「お、お目遠しいただき、誠にありがとうございますっ!デサリット王国が王、ゲイルグ・ベルハート・レ・デサリット国王陛下におかれましては、誠にご健勝──」
王様に向かい、跪いて挨拶をする使者のおじさん。柱の陰では私とリーリアが様子を覗き、カトレアが壇の下に立って彼に睨みをきかせている。
「口上はよい!アスラがこの国に何の用件があって使者を寄越したのか、ただそれだけを答えよ!」
「はっ、ははっ!じ、実は……!」
使者のおじさんが、言いにくそうに言葉を詰まらせるとその場で更に頭を低くし、そのまま床に勢いよく頭を打ち付けた。土下座のポーズだね。
「なんの真似だ?」
「どうかっ……!どうか、我アスラ神仰国に援軍を派遣願えないでしょうかっ!」
「……何があったか、申してみよ」
「実は、先日の戦でデサリットに敗北を喫し、兵力を大幅に失った我が国に向けて魔族の軍勢が進軍を開始したのです!兵力差は、一目瞭然!我が国は周辺に親交のある国が少なく、急な援軍は望めぬ状況!先日の戦でデサリット王国は、守護者によって我が国の精鋭を一方的に蹴散らしたと、生き残った兵から聞き及んでおります。その力を、どうか……!どうか、お貸し願いませんでしょうか!」
「……」
場は、静寂に包まれた。
そのあまりにも図々しいそのお願いに、私は唖然としてしまう。カトレアも、まさかそんなお願いをされるとは予想外だったようで驚いた表情を見せている。
王様はというと……。
「……──この国に一方的に攻め入り多くの命を奪った貴様らが、逆の立場になった途端によりにもよってこの国に援軍を求めると言うのかあああぁぁぁぁ!」
キレた。
頭に血管を浮かび上がらせ、イスから勢いよく立ち上がって使者のおじさんに向かって思いきり怒鳴りつけた。その怒鳴り声は壁に反芻してとても大きく聞こえ、迫力をあげている。
この時点で、どう考えてもそのお願いが受け入れられない事が分かったはずだ。いや、それ以前だ。そんなお願いを、この国が……大勢の命を奪われたこの国が、受け入れるはずがない。この人もそれくらい分かっていて、それでいてこの国へとやってきて、そんなお願いをしている。異常だ。
「王様、何キレてるの?」
「この国に使者が援軍を求めていて、それで怒ってる」
「援軍?」
「魔族に攻められているらしい」
「はっ。なるほど、そりゃ怒るわ」
柱の陰でリーリアちゃんに会話の内容を教えてあげると、彼女は鼻で笑ってそう吐き捨てた。
「デサリット王のお怒りは、ごもっとも!ですが、どうか援軍を……!」
「出さん!出す訳がなかろう!それ以上言うのなら、貴様この場で打ち首にしてやってもよいのだぞ!?」
「っ……!」
使者のおじさんは、頭を下げ続ける。本気で援軍を懇願し続けるその姿は、お見事だ。でも送ってもらえるわけがない。なのに、どうしてそこまで必死になるのだろう。
「──アスラの使者よ。貴方は神と呼ばれる存在を信じますか?」
怒り狂う王様に代わり、カトレアが使者に向けてそんな質問を投げかけた。
それまで意地でも顔をあげるもんかって感じだったのに、その質問を聞いた使者のおじさんが、顔をあげてカトレアの方をしっかりと見て口を開く。
「神など、滅べばいい……!」
憎しみがたっぷりとつまった目でカトレアを見ながら、ハッキリとそう呟いた。