お勉強
組織を壊滅させてお城に帰ると、お姫様の熱烈な抱擁によって出迎えられた。どうやら帰りが遅い事を本気で心配していたようで、それで兵士を使って私を探していたようだ。探索の結果スラム街のバレルカミシュに向かった事が分かり、慌てて軍勢を寄越したと。大袈裟な。
でもお姫様の抱擁は中々に欲望をそそられてムラムラする。色んな所が当たっているからね。ただでさえ美味しそうな女の子が、私を本気で心配して抱き着いているんだよ。普通は食べたくなってしまう。
それでまぁそれからが大変で、私の活躍によってバレルカミシュが壊滅させられた事が、次の日には皆に伝わっていた。バレルカミシュはこの町で相当大きな組織のようで、皆に恐れられていたからその分伝わるのも早い。更に裏には貴族のお偉いさんもついていたようで、それで下手に手を出せずに放置されていた。王様もお姫様も分かってはいて、それを放置していたのだ。いや、放置せざるを得なかったのか。レベルなんて気にしてなかったけど、彼らの中には手練れもいたらしいからね。奴隷の中にも有名な人がいたらしい。加えて彼らに味方する貴族のせいで、兵隊も上手く動かせない。それを単身で壊滅させた私は更なる畏怖の対象となり、滅殺の悪魔の名前は更に広まる事になる。
更にはその功績を称えてお姫様が勲章を付与するとか、祝賀会を開くとか言い出したんだけど、全部やめさせた。ついでに言っておくと、戦争の祝賀会も断ったんだよ。私はそういう場が好きじゃないんでね。
さて。バレルカミシュを壊滅させてから数日が経過した。この日は雨。
雨が地面に打ち付ける音がうるさくて眠っていられない。だからこの日は早めに起床することになった。
「アリス様、今日はお早いんですね」
「……雨がうるさい」
「そうですね。この時期の雨は、激しく降りますから」
起床してネルルちゃんを呼ぶと、ネルルちゃんが驚いていた。そして朝の私の身支度をしてくれる。
髪に櫛を通して寝癖を直してくれたり、服を着替えさせてくれたりね。私は彼女のお世話が段々と好きになりつつある。相手を気遣い、相手のために優しくしてくれる手つきは美味しそうに見えてしまうから。
「今日はどうお過ごしになられますか?」
「今日は……皆の勉強姿を見てみたい」
「でしたら、お勉強室に行ってみますか?恐らくもう始まっているかと」
自分では早いつもりだったけど、常識的にはもうけっこう朝遅い時間だ。そして勉強はもう始まっている時間らしい。朝早くから頑張るね。いや私が遅いだけなんだけど。
という訳で早速勉強室とやらへとやってきた。その部屋は教壇があり、机が設置された学校の教室のような部屋だ。そこでフェイメラちゃんとアルメラちゃんに、リーリアちゃんが先生の授業を受けて勉強していた。
姉妹2人は、当然だけどキレイな格好になっている。お揃いの髪留めで髪をと止めてお洒落して、服もスカート姿の女の子らしい格好となっていてよく似合って可愛い。服のプロデュースはリーリアちゃん。
私は部屋の後ろに立ち、そんな皆の姿を見守る形だ。なんていうか、授業参観な気分。
「せ、先生。この問題が分からないのですが……」
「えー……コレはですね──」
この時間は算術の授業だ。年の差がある3人だけど、フェイメラちゃんとリーリアちゃんは同じような内容の授業で、アルメラちゃんだけがレベルが低めの教材を手に問題を解いている。
フェイメラちゃんは特に勉強熱心で、分からない問題を積極的に先生に聞いているね。良い事だと思う。
リーリアちゃんには人語が通じないので、通訳の女性が傍について教えてあげている。
彼女の名前はリシルシアさん。
名前:リシルシア・レンシア 種族:人間
Lv :21 状態:普通
HP:212 MP:400
『リシルシア・レンシア』習得スキル一覧
言語理解:人語
言語理解:竜語
言語理解:魔族語
言語理解:古代語
言語理解;妖精語
ステータスはこんな感じで、色々な言語を理解している言語のエキスパートだ。彼女を食べれば私もその言葉を理解する事が出来る。けど食べない。
見た目は眼鏡をかけた、やり手のキャリアウーマンって感じ。でもたまに口が悪くて、挑発的な人語をリーリアちゃんに仕込んで教えている犯人である。カッコいい人なんだけどね。リーリアちゃんとも仲良くしてくれているし、そこはいいんだけど、リーリアちゃんのような子が付き合うには教育に悪い気が……て、私はお母さんかっ。
「んー……」
フェイメラちゃんには先生が。リーリアちゃんにはリシルシアさんが教えてあげていて、どこかの問題が分からないのかアルメラちゃんが呻っているのに気づいてあげられない。
ここは私の出番だろう。
「……どこが分からない?」
「ひっ!」
私が背後からアルメラちゃんに尋ねると、アルメラちゃんが短く悲鳴を上げた。その小さな身体が震え出し、恐怖で目が潤んで泣き出してしまいそう。
この反応はさすがにショックだ。私は慌てて離れて元の位置に戻ろうとするけど、私の手をアルメラちゃんが握ってその動きを止めた。
「こ、ここ……が、分からない、です」
震えながらも分からない場所を指さし、私に尋ねて来るアルメラちゃんが可愛い。
私は内心喜んでアルメラちゃんの横に座り、アルメラちゃんの肩を抱いてくっつきながら問題を覗き込む。
問題は一桁の掛け算だった。これなら当然私にも分かる。
「コレはこっちの数字がいくつあるのかを、こっちの数字が表しているだけ。例えばこの問題だと、2が8個ある事になる」
「2が8個だから……えっと……」
どうやら問題の意味は分かっているけど、指が足りなくて数えられないから困っていただけのようだ。
「慌てなくていい。指では足りないから、紙に書くと分かりやすい」
私はペンを手にすると、リンゴの絵を2つずつに分けた状態で16個書いてあげた。そしてリンゴの絵を数えていくとおのずと答えは出て来る。
「わぁ!答えは、16!」
「よくできました。慣れたら書かなくても分かるなるようになると、もっといい」
「頑張る……!」
笑顔で答えたアルメラちゃんの頭を撫でて褒めてあげると、アルメラちゃんから恐怖心がなくなった。嬉しそうに笑顔を見せてくれると私も思わず……笑えなかった。私の顔は相変わらずの無である。
その後の問題も私が付きっ切りで教えてあげると、休憩時間に入るころにはアルメラちゃんがすっかり私に懐いてくれた。先ほどまでの私に対する反応が嘘のよう。でも子供ってそんなもんだよね。怖いと思っていた人が実は怖くない人で、自分の味方だと理解してから仲良くなるスピードが速い。
「アリスお姉ちゃんの触手さん、可愛い!見て、お姉ちゃん!」
「う、うん。良かったね、アルメラ。で、でもアリス様のご迷惑になるから……」
休憩時間に入ると、アルメラちゃんが私の膝の上に乗って来てくれたので、アルメラちゃんの前で触手をウロウロさせてあげると凄く喜んでくれた。そして触手の頭を撫でておおはしゃぎ。
触手と戯れる幼女の姿は、中々に危ない絵面だ。そんな絵面を見て、姉のフェイメラちゃんが凄く心配そうに私達の姿を見ている。
「大丈夫。……フェイメラも、来る?」
「い、いえ!私は子供じゃないので!だから大丈夫です!」
「そう……」
ついでにフェイメラちゃんとも仲良くなれればなーと思って誘ったんだけど、こちらは勢いよく断られてしまった。
アルメラちゃんと比べて少し大きいフェイメラちゃんと打ち解けるには、まだ少し時間がかかりそうだなぁ。
いやそれよりも……。
「ひいっ!?」
私が目を向けると、悲鳴を上げながらリーリアちゃんの陰に隠れてしまう女性。通訳のリシルシアさんの方が重症だ。元々ただでさえ私を怖がっていたけど、先日私が単身でバレルカミシュを潰したと聞き、更に怖がられている。
「あーもう、鬱陶しい。そんなに怖がる事ないわよ、シア。あいつは無駄に他人を食べたりしないし、もしあんたに危害を加えようとしたら私が守るから安心しなさい」
「で、でもぉ……怖いですよぉ。だってあの人、アスラの軍勢を一瞬にして壊滅させたんですよねぇ?しかもバレルカミシュも一人で壊滅させるとか、本物の化け物ですよっ。巷では滅殺の悪魔とか呼ばれて、皆から恐れられているんですからね!?」
「ぷっ。出た、滅殺の悪魔。確かにアレは強いけど、手を出さなければこの町の人間に危害を加える事はないと思うから、だから大丈夫。安心なさい」
「でもぉ……!」
リーリアちゃんが頭を撫でてリシルシアさんを落ち着かせようとするその絵面は、それはそれで中々の絵面だった。なんか、百合っぽい。というかリシルシアさんに抱き着かれるリーリアちゃんがちょっと嬉しそうで、さりげなくリシルシアさんの腰に回した手つきが際どい所に触れている。
リーリアちゃんが男勝りだからだろうか。その光景はカップルがイチャついているようにも見えて、妙な胸騒ぎがするというか……モヤモヤするというか……。
「──魔物!」
一見穏やかに過ごしているこの女の園に、突然大きな怒鳴り声が響いた。その声の主はぽっこりお腹の中年の男──この国の王様で、私をご指名のようだ。