滅殺の悪魔
狭い路地には、身体が無駄に大きな男が8人いる。3人が正面で、5人が私達の背後にいて私とリーリアちゃんを挟み込んでいる形だ。
「おとなしくしててくれれば、痛い目は合わずに済む。少し痛い目をみたいってなら、暴れてもらっても構わねぇんだが……どうする?」
私達をこの路地に誘導したニコニコ顔のおじさんが、縄を手にそんな脅しをかけてきた。その後ろには人が入れそうなくらい大きな麻袋が用意されている。拘束した上で、その中に詰め込んで運ぼうとしているのだろう。
「……何が目的?」
「オレ達は優しい闇奴隷商だよ。良さそうな得物を見つけては攫って、裏の世界で捌くんだ。『バレルカミシュ』って言う組織なんだけど、分かるだろう?」
全く知らん。でも悪の組織的なのは確かだろう。
「私達も攫って、奴隷にして売る?」
「ご名答!リンク族は老いないから高く売れるんでね。需要があるんだ。アスラの連中が攻めてきたらどさくさに紛れて逃げるつもりで準備してたんだが……その過程で商品をけっこう手放す事になっちまってな。勿論最低限確保はしてあるんだが、まだまだ品物不足でね。て事で、お嬢ちゃんもちゃんと売ってあげるから、安心してね。おい」
「へへ」
おじさんに顎でさされ、男達が私達に近づいて来た。
その瞬間だった。リーリアちゃんが駆け出し、男の一人の顔面に強烈なパンチをくらわした。
「がはっ!」
リーリアちゃんの強烈な拳をくらった男は、鼻血を噴き出して後ろに倒れてしまう。
更にリーリアちゃんは、その隣の男に空中回転蹴りを繰り出し、その蹴りも顔面にヒット。こちらは更に激しく後ろに倒れ、飛び出た血の量も多い。
「は、は?」
リーリアちゃんのその行動は、彼らにしてみれば一瞬の出来事だった。一瞬にして、気づけば大きな身体の男がひっくり返っていたんだから、そりゃ驚くか。
レベルが違うのだよ、レベルが。あの赤い鎧の兵士達よりも、彼らのレベルは低い。特に兄弟のような高レベル者もいないんだから、さすがに適うはずがない。
そう。彼らは間違えてしまったのだ。喧嘩を売る相手をね。
「な、何してる、さっさと取り押さえろ!多少痛めつけてやってもいい!」
ニコニコ顔が焦り顔になったおじさんの指示で、男達が武器を抜いた。
相手が武器を抜くのなら、リーリアちゃんにも武器を抜く権利がある。でもリーリアちゃんは腰にさしたその刀に手を掛ける事はなかった。ただ、薄く笑うだけである。
「と、取り囲め!全員で一斉にかか──!」
作戦を指示しようとした男の顔面に、ジャブ気味で繰り出されたリーリアちゃんの拳がヒットして指示が途切れた。それでも男は続いて繰り出されたジャブを片手でガードし、目の前にいるリーリアちゃんに向け手にしたナイフで斬りかかる。
でもそのナイフは膝を折って沈み込んだリーリアちゃんに当たる事もなく空をきり、代わりにしゃがみこんだ状態から勢いよく立ち上がりながら振り上げて来たリーリアちゃんの拳が、顎にヒット。何かが砕ける音と共に、男の身体が宙に浮いてから地面に落ちた。
さすがに今のは痛そうである。キレイに決まったからね。しかもけっこうな威力のパンチだったから。
そこに、背後からリーリアちゃんに襲い掛かった男がいる。でもリーリアちゃんは背中に目があるかのようにしてその男のナイフを避けると、身体を回転させながら勢いよく肘を男の頬に繰り出す。見事に肘が当たるとこちらも何かが砕けるような音がして、勢いよく顔から壁につっこみ、壁に顔を擦りながら崩れ落ちた。
「う、うぅ、動くんじゃねぇ!このガキがどうなってもいいのか!」
一瞬にして、4人の男がやられた。その事に危機感を抱き始めたニコニコ改め、焦りおじさんが私の背後に回り込むと羽交い絞めにし、首元にナイフを突きつけてきた。
いいアイディアだとは思う。この人たちではリーリアちゃんに勝つ事は絶対にないから、一緒にいた弱そうな少女を人質にとる。卑怯で卑劣だけど、それしかリーリアちゃんに勝つしか方法はない。
だけどそれが成立するには、本当に私がか弱くて、人質としての価値がないといけない。残念ながら私は強く、そしてリーリアちゃんの仇であり、彼女にとっては守る対象ではない訳で。
「あ?何してるのよアンタ」
「タスケテ」
「嫌」
おとなしく捕まり、手を伸ばしてリーリアちゃんに助けを求めるも即答で拒否されてしまった。
そして私が人質にとられているというのに、続いて別の男に殴り掛かって気絶させると言う行動に出る。
「おとなしくしろって言ってんだ!コイツが死んでもいいのかよ!?」
「……」
リーリアちゃんは、焦りおじさんの言葉に効く耳を持たない。
更に別の男の股間に蹴りをいれ、痛みで膝をつかせるとがら空きになった顔面に膝蹴りを繰り出した。男は勿論気絶して戦闘不能に。
暗く狭い路地が、6人の男達が様々な格好で横たわる事によって、更に狭くなっている。
「ひぃ……!」
今度は自分の番だと察した、焦りおじさんを除いた最後の1人が、リーリアちゃんに睨まれてついに逃げ出した。
でもリーリアちゃんは彼の逃亡を許さない。男達が所持していて、今は地面に落ちているナイフを蹴るとナイフが飛んで行き、逃げ出した男の膝裏に命中して突き刺さった。
「あが、ああぁぁぁっ!」
男は転び、その場で痛みにもだえ苦しむ事になる。
「さて。残ったのはあんただけだけど、どうする?」
「……舐めやがって、クソアマが」
背後から低い声が響いた。ニコニコから、焦り。焦りから、憎悪の表情へと変化を遂げたおじさんがそこにいる。そして私につきつけたナイフを、容赦なく私の首へと突き刺して私を絶命させようとしてきた。
その動きには躊躇がなく、手慣れている。恐らく今まで何人もの人を殺して来たのだろう。
でもそのナイフが私の肌に突き刺さる事はなく、傷をつける事すらなかった。
「は、は?え?」
「バカな人間……」
リーリアちゃんがそう呟くのと同時に、私のドレスから一本の触手が姿を現わしておじさんのナイフをパクリと食べてしまった。
「ひぃ!な、なんだ!?しょ、触手!?」
姿を現わした触手に、おじさんはパニックである。私から手を離して私を解放し、その場に腰を抜かして座り込んでしまう。
「あ、ああ、あああ……ま、まさかお前……!」
その触手が私から生えている物だと理解すると、おじさんの声が震えだした。
どうやら、私が何者かを察したらしい。自分が喧嘩を売ったのが、実はこの町を救った英雄様だったのだ。そりゃあ驚き後悔もするよ。
「──滅殺の悪魔!」
……はい?滅殺の悪魔?それ誰ですか。
「それ、誰の事?」
「お、お前だよ。あんた、アスラの連中をたった一人で壊滅させた魔物だろ?皆そう呼んでる。わ、悪かった!あんただと知ってたら手を出したりはしなかった!ゆるしてくれぇ!」
「……」
私はショックだった。頑張って助けた人々から、そんな二つ名をつけられて呼ばれていたなんて……ちょっとカッコイイじゃん、テンション上がるわ。
顔の前に手をあててポーズをとりたくなる。そんな二つ名である。
「そいつはどうする、アリス」
「私はアリスじゃない。滅殺の悪魔」
「何言ってんの?頭大丈夫?」
テンション上がってリーリアちゃんに名乗ったら、ゴミを見るような目で見られてしまった。
私のテンションは一気に下がったよ。いや元々こんな名前でテンション上がって名乗るとか、私がどうかしていた。一気に現実に戻されて、恥ずかしくなってきたよ。
恥ずかしくなってきたので、ひと暴れしたくなった。私は触手でおじさんの胸倉を掴み取ると、宙に浮かせて見上げる形をとる。
「貴方の組織を潰す。組織のアジトを教えて」
「ば、バカ言うな!そんな事喋ったらオレが殺されちまう!」
「喋らなければ、今殺される。でも喋れば殺さない。よく考えて、すぐに答えて。私は今、若干不機嫌」
「ああ……!ぐっ、クソッ」
おじさんは呻きながら悩み、でも結局すぐにアジトの場所を教えてくれた。