恐ろしい子
お姫様に突然牙を向けたのは、臭いの発生源の大臣である。
気の弱そうな男にあるまじき、強烈で素早い一撃だ。しかしお姫様に襲い掛かった剣は、私が触手を伸ばして食べさせてもらった。
先端のなくなった剣だけど、毒はついているのでまだ危ない。しかしお姫様は私が守っていると判断したのか、ターゲットを王様に変えて王様に斬りかかった。
机の上に立って王様に一撃をくらわそうとするけど、今度は残った剣を丸呑みさせてもらった。大臣の腕ごとね。
「──なっ、何のつもりだオグモンド!」
そこに至り、ようやく王様が反応。剣を構えて大臣を威嚇する。
名前:チャルス・オグモンド 種族:人間
Lv :97 状態:精神支配
HP:1080 MP:901
大臣のレベルは普通よりも少し高いくらい。そして神に支配されているため、状態が精神支配とある。
そんな大臣の攻撃を、ただの雑魚人間である王様が反応するのは難しいはずだ。だから、今更になってようやく反応して来た。
一方お姫様の方は特にリアクションをおこしてないけどね。目の前に剣が迫った時はさすがに驚いてはいたけど、ほんのちょっと驚いたくらい。
「ふ、ふふふふぅ。申し訳ありません我が王よ。この国の情報を流せぬようになった今、神にとって私は無用な存在。なので、せめて貴方方を殺して神のお役にたちたかったのです」
腕がなくなったというのに、大臣が笑う。彼は正気ではない。
大きな音がたってしまったので、合図もなしに扉が開かれて兵士たちが部屋へと入って来た。そしてこの状況を見て皆一様に戸惑う。
「よく聞くのだ、愚かな人間ども!神に従えば、素晴らしき生活が待っている!しかし神に逆らえば待つのは絶対なる死だ!先の戦のような出来事が、神に逆らう者がいなくなるまで続くであろう!死にたくない者は神に従え!神を崇めるのだ!」
「っ!」
高らかに頭のイカれた事を言い出した大臣に対し、王様が剣を抜いて彼を斬りつけた。片手を失っている大臣に対し、容赦のない本気の一撃である。
大臣は完全に隙が出来ていたというか、攻撃される事に対してなんの行動もおこさなかった。そのため王様の剣は大臣に大きな傷をつける事になる。
「……神を。神を崇めよ!」
片腕を失っても、身体を斬りつけられても、それでもなお大臣はそう叫ぶ。
ここら辺で終わりにしてもらう。彼に対して私の触手が襲い掛かり、一瞬にして彼をこの世から消し去ってしまった。
全てを食べきる前に、念のため足を残して印を確認しておく。するとやはり神父と同じ印が刻まれており、それを確認してから残った足も食べさせてもらった。
「……何故だ、オグモンド!」
王様が怒鳴りながらイスに座り直し、そして頭を抱えてしまった。
どうやら彼は、大臣の事を信頼していたようだ。信頼していた人物に裏切られるのはとても辛い事だろう。
でもそれは神のせいである。あの印を刻まれた人は神に従うという名目の下で、なんでもしてしまう。それこそ、愛する人ですら殺してしまうからね。ゲームでそういう描写を嫌という程見せられた。
だからあの印が現実として目の前に存在すると言う事実が、放っておく事が出来ない。
「神に支配されている人は頭がイカれている。だから、神の印を身体に刻んでいる人を私の前に連れて来て。本当に神に支配されているかどうか私が確認してから、私が処分する。それはこの国の人のためでもある」
「聞きましたね。この紙に書いてある印と同じ物を量産して国民に配ってください。そしてこの印を身体に刻み、神なる存在に陶酔する者を城に連れてくるのです。それはこの国の敵とわきまえてください」
「はっ、はい!」
兵士たちにお姫様がそう指示を出し、私が書いた紙を持って出て行った。
会議とやらは、これでお開きだ。大臣が神様がどうのとか言い出して兵士たちの前で私に食べられてしまい、その混乱の中で会議を続ける事は無理と言う事になったのだ。
まぁ重要な事は決まった。私がこの国を守る事になり、私がこの国の裏の支配者になりましたとさ。
面倒だなぁ。どうして私が見ず知らずの人のために頑張らないといけないのさって感じ。特に今の私は人に対して特別な感情を持たない。自分とは明確に違う生き物であり、平気で殺せるし殺したとしても何の罪悪感もないんだよ。
特定の子だけならまだしも、知り合いでもない有象無象を守るなんて、ホント面倒なだけ。
ま、お姫様の言う通りでそこは気楽に考えるしかない。私は名前を貸しただけである。本当に守るも守らないも自由。本当に面倒になったら、おいとまさせてもらうか。
それとこれは私の勘だけど、お姫様は大臣が危険な人物だと言う事が分かっていたんじゃないかと思う。彼女は彼の強さを知っており、そのため何も知らないフリをしていつも通りに接していたのだ。でも彼を処分するチャンスは窺っており、そのチャンスが私。私の目の前で正体を暴き、私に殺させた。彼女頭が良さそうだし、一連の騒ぎの中でずっと冷静だったしあり得る。
ホントに恐ろしい子。
私とリーリアちゃんは、とりあえずしばらくはこの町に滞在する事にした。私はこの町にまだ残っていると思われる神様関連の人を処分しなければいけないし、姉妹の様子も気になる。
それに、初めてまともに堂々とこの異世界の町の様子を見る事が出来るのだ。このチャンスを物にしない訳にはいかない。
幸いにして神様関連の人はほんの10人程度だけで、二日ほどでこの町から駆逐する事が出来た。連れて来られた人々は全員が目立つ場所に神様の印を刻んでいて、周りの人がチクる形で連行。私の前に連れて来られて、そして食べた。まぁ大体が城内の人だったので、分かりやすかった。それでもまだ臭いがしていたので、それはこちらから出向いて食べに行った。それでこの町から臭いがなくなったので、もう神様関連の人はたぶんこの町にはいないはず。美味しそうな匂いで溢れかえっているので、これで私のお仕事お終いである。
あとはゆっくりできる。
宿泊場所は最高級のホテルのような、お城。無駄に広い部屋に、無駄に高級そうな家具や芸術品が飾られ、無駄ではないふかふかのベッドが設置されている。こんなふかふか、経験した事がないよ。この世界に来る前も含めてね。更には突然魔物に襲われる心配もない安全地帯。それだけでも贅沢なのに、オマケに身の回りのお世話を何でもしてくれるメイドさんまで用意されたんだよ。
「ね、ネルル・ケイロンとも、申しますっ。何でもお言いつけください!」
若くて可愛い女の子。いやホント若すぎるくらい若い。15歳くらい?茶色の毛はちょっとパーマかかっており、その所作はぎこちない。それは私の前で緊張しているからか、それとも彼女がメイドさんとして未熟だからなのか、現時点では判断しかねる。
「……アリス」
「は、はい!お名前は既に伺っております。せ、精一杯頑張るので、だからどうか食べてないでくださいお願いします!」
「……」
まぁうん。彼女顔面蒼白だし、私の事を心底怖がっている事は分かっていた。
でも初対面で食べないでくださいと本気の懇願をされるとは、思いもしなかったよ。
確かに彼女は美味しそうだ。強烈に私の食欲をそそる、可愛い女の子である。でも私は彼女を食べたりはしない。
そう理解してもらうのは、今は無理そう。
まぁそんな感じでこの世界に来てから初めて、サバイバル生活ではない生活が始まった。




