成り行きと、気まぐれ
2人の言い争いはそれからしばらく続く事になり、この場を去りたくなってきた。
通訳さんは2人の言い争いまで翻訳していないし、2人の言い争いを心配そうに見ているだけ。リーリアちゃんなんてあくびしている。
これ、本当に私達がいる意味がない。
「──では、小国と成り下がってしまったこの国を誰が守ると言うのだ!?」
くだらない言い合いが続くのなら、おいとまさせてもらおう。そう思ってイスから立ち上がった時だった。
「簡単ですわ。諸王国を抜けた後はこの国を、アリス様に守っていただきます」
「……は?」
お姫様が私に向かって手を広げながら言って、皆の注目が私に集まる事になる。
なんか、まるでタイミングをみて立ち上がったみたいな形になってしまって恥ずかしい。いやそれよりも、私がこの国を守るとはどういう事か。抗議の目をお姫様に向ける。
「ザイール諸王国を抜ければ、父の言う通りこの国は弱小国と成り下がります。そこでアリス様の庇護下に入るのです。アスラの大軍勢をほぼ単身で退けたアリス様の庇護下に入れば、どの国もこの国に攻め入ろうなどとは考えようともしないでしょうからね」
「貴様、自分が言っている事が分かっておるのか!?この国が、魔物の支配下になると言っておるのだぞ!?」
「ええ、分かっていますよ。というか、そう言っているのです」
「そんなバカな事があってたまるか!ただ諸王国を抜けるだけではなく、魔物の支配下になるなどバカげているにも程がある!」
「父上が自分で言ったのではないですか。諸王国を抜ければこの国は小国に成り下がると。その点は私も同意見ですわ。ですがアリス様の庇護下に入る事によって強くなれるのです」
「魔物の支配下にくだるなど、絶対にあり得ん!大体にしてこの魔物が本当にアスラを退けたというのか!?このような小さく醜き魔物にそんな力があってたまるものか!ワシは絶対に信じんぞ!そんな力を持つ魔物ならとっくに人間は滅んでおるわい!そうであろう、オグモンド!」
「ひ、ひぃ!私ですか!?私はその……」
「そうであろう!?」
「はっ、はい、その通りかと……」
王様に怒鳴られて大臣のおじさんは同意した。弱いなぁ、このおじさん。王様よりも弱い。
そして同意したと言う事は、私に喧嘩を売った事になる。どうしてくれようかこの2人。
いやそれよりも、今は私がこの国を守るとかという話に対処する方が先だ。
「そもそも私は、この国が今後どうなろうと守ると言う保証はしない」
「……」
「ほ、ほら見た事か!魔物自身がそう言っておるのだ、お前の案は破綻したぞ!この話はしまいだ!デサリットはザイール諸王国を脱しない!良いな!」
「では何故、アリス様はこの国を救ったのですか?」
相変わらずニコやかに笑い続けるお姫様が、私の方を見てそう尋ねて来た。その問いに対する答えは簡単である。
「成り行きと、気まぐれ」
「……」
そう答えると、場が静まり返った。そして改めて、私に対する畏怖の目が集まる。離れてソファに座っているフェイメラちゃんや、リーリアちゃんに通訳をしてくれている女性。大臣と、先ほど私を怒鳴り散らしていた王様までもが、まるで私の事を、お姫様を見るかのような……いやそれ以上か。それ以上の恐怖の目に変わった。
それで気づいたけど、確かに気まぐれで大量の人を殺してしまうのはどう考えてもヤバイ奴だった。いやでもあんな奴らは殺されて仕方ないでしょ。それに力を行使してリーリアちゃんや、リーリアちゃんが守ろうとしたものが守れたんだから、後悔はない。胸を張っておかなければ。
「──っふふ」
私に対する畏怖の目が向けられる中、お姫様だけは違った。彼女は、笑って見せたのだ。
あと、正確に言えばリーリアちゃんも恐怖していない。机に肘をついてどうでも良さそうにしている。この子、図太い。
「さすがは、アリス様。気まぐれでアスラの大軍勢を虐殺し、その後何事もなかったかのように平然と胸を張っておられるそのお姿!お強いのは勿論の事、大勢に恐怖されながら堂々と胸を張っていられるその精神力!まさしくこの国の真の支配者に相応しいお方ですわ!」
お姫様の喜びが爆発した。狂気を含んだ笑顔で立ち上がり、天から注ぐ光を浴びるかの如く腕を広げながら私の方を見て来る。
その笑顔は本当に嬉しそうで、本当に狂っている。
この笑顔こそが、彼女の本当の顔なのだ。私がよく分からず彼女の笑顔に不気味さを感じていたのは、この笑顔が見え隠れしていたからだと思う。
私、コミュ障だけど人の顔を見つからないように見物するのは好きだったんだよね。そのおかげか分からないけど、そのおかげで分かってしまったのだと思う。
「……さっきも言った。私はこの国を守るつもりはない」
「守らないと言うなら、それでも構いません。なんでしたら、アリス様が望むのであればこの国の人間全てを貴女に捧げましょう!」
「それは、この国の人間を全て食べても良いと言う事?」
「その通りです!」
突然の売国発言に、私は驚いた。驚かざるを得ない。
この人、この国のお姫様だよね。この国を守るために色々と考えているんだよね。それが何故突然私に差し出すの。訳が分からない。
「な、何を言っておるのだ、カトレア……?」
先ほどまでお姫様と元気に怒鳴り合っていた王様も、その発言を受けて心底驚いているよ。怒鳴る元気もないくらいにね。
さて。この国の人間全てを食べる事が許される。それは私にとって、凄く魅力的な提案だ。正直、惹かれる。
この身体はいつも空腹だ。目の前の生物が皆美味しそうに見えて手を出さずにはいられない。まぁ実際大半の生物は不味いんだけどね。でも人型は別。リンク族はとても美味しかったし、人間も美味しかった。神様関連の人を除いて、ね。
だから是非とも美味しくいただきたい。返答に迷う必要もなく、今すぐにでも目の前にいる一番美味しそうなお姫様を食べてみたい。
「……魅力的な提案」
私がポツリとこぼした言葉に反応した王様が、勢いよくイスから立ち上がった。そして腰に携えた剣に手をかけ、すぐにでも私を切り捨てられる準備をする。
実際そんな剣で斬られた所で私に傷一つつける事はできないだろうけど、これが普通の反応だと思う。
「でもいらない。私は欲望のままに人々を蹂躙する化け物になるつもりはない」
「はっ。よく言うわよ。私の村で何人も食べ、私の姉まで食べたじゃない。あんたは立派な化け物よ。これは翻訳する必要ないわ」
リーリアちゃんが大きな声で言ったけど、それを通訳さんが翻訳するのは止めた。
私だって、好きでラネアトさんを食べた訳ではない。そうしなければいけなかったんだよ。でもその理由をリーリアちゃんに話せば、リーリアちゃんの生きる目標がなくなってしまう。だから私は受け入れるしかない。
リーリアちゃんにとって、私は立派な化け物だと言う事を。
「化け物になるつもりはない、ですか。ではもし私があちらの姉妹を殺すと言ったらどうしますか?」
お姫様の突然の発言に、姉妹の身体がビクリと揺れた。姉のフェイメラちゃんは突然の事に驚きながらも、しっかりとアルメラちゃんを抱いて庇うような仕草を見せる。
その発言を通訳さんに翻訳してもらったリーリアちゃんも、ピリピリとした空気を醸し出す。
「やめておいた方がいい」
「何故でしょう」
「そんな事をすると言うのなら、私は貴女達を食べなければいけなくなる」
「しませんわ。私はアリス様の敵ではありませんもの。ですが敵となり得るのなら容赦なく殺すと言うのですね。せっかく救ったこの国の者達を、化け物にはなりたくないと言いながら」
「……何が言いたい?」
「あちらの可愛らしい姉妹と、私との違いは何なのかと思いまして」
「……」
違いはない。強いて言えば、リーリアちゃんが助けようとしたから保護しただけ。
「少し意地悪かもしれませんが、弱者としてはどうしてもこう思ってしまうのです。強者の庇護を受ける事のできる、そちらの姉妹が羨ましいと。そして弱者は強き者に救われると、身勝手ながらこうも思ってしまうのですよ。救ったのなら、最後まで責任を持てと」
回りくどかったけど、それが本音か。この人は本気でこの国の人々を私に捧げると言った訳ではない。グルリと遠回りするための過程を踏んだだけだ。そして言いたい事はよく分かった。
フェイメラちゃんとアルメラちゃんのように扱ってほしくて、助けたのなら最後まで責任を持て、と。勝手だなぁ。でも人間は自分勝手なものだ。久々に、人間というものを思い出した気がする。
「アリス様は恐らく、難しくお考えなのではないでしょうか」
「……?」
「もっと気軽に、ゴミ以下の生物に名を貸すだけとでもお思いください。そしてもし見捨てたとしてもアリス様にはなんのデメリットもございません。だって、誰もアリス様に歯向かう事はできませんもの。勿論本当に守っていただけるのなら、ゴミ以下の生物はとても喜ぶでしょう。そしてアリス様万歳と高らかに叫ぶのです」
自分たちの事をゴミ以下とか、これまた過激な発言だ。
でも考え方をそう改めると、案外美味しい話なのかもしれない。だって名前を貸すだけでいいんでしょ。それだけでこの国において地位も名誉も手に入るのだから安い物である。
だけど、タダという訳にはいかない。こちとら慈善事業じゃないんでね。




