うちはうち、よそはよそ
何はともあれ、怖いお姫様のおかげで無事に門をくぐる事ができた。そして町の中へと通された私達一行は、お城へ向かって一直線に伸びている大通りへとやってくる。石で舗装されたその道は段差がなく、僅かに坂道になっていて途中に障害物は何もない。
道の左右を囲む中世の欧州を思わせるような街並みは、美しくも現代っ子の私から言わせてもらえば脆そう。具体的に言えば地震ですぐに崩れてしまいそうでちょっと頼りない。
その町には人が見当たらず、それでもいるんだけど鎧を身にまとった兵士や軽く武装した男ばかり。町の規模を考えると明らかに人が少なく、戦時と言う事もあってどこかに隠れているようだ。匂い的に、お城の方にたくさんいるね。
「ぐぬぬぬ……」
お姫様に案内されて歩く私の後を、王様がついてきている。大勢の兵士を引き連れ私を警戒している様子がうかがえるけど、王様に対しお姫様が私にそれ以上近づくなとメンチを切っていたので、王様はこれ以上近づいてこない。ついでに黙れと言われたので何か言ってくる事もない。
なんていうか……お姫様の言う事を睨まれただけで聞いてしまう王様が、だんだんと不憫に思えて来た。だって王様って、この国で一番偉い人だよね。お姫様より偉い人だよね。それがお姫様の、娘の言いなりなんだからちょっとかわいそう。
でも気持ちは分かる。だってこのお姫様、怖いもん。
この間に自分のステータスも確認しておこうかと思い、アナライズで自分のステータス画面を開いて見た。するとやっぱりお姫様が笑いかけて来る。絶対にこの人、気づいている。
それはたぶん、彼女が持っているスキル感知とかいうスキルによる物だろう。説明画面を開く前に閉じてしまったから詳しくは分からないけど、たぶん文字通り。スキルを感知できる能力だ。それによって私がスキルを発動させた事がバレている。
でも今は彼女のステータスを覗き見ている訳ではない。自分のステータスを開いているだけだ。だから気づかれても後ろめたい事などなにもない。堂々と自分のステータスを見る。
名前:アリス 種族:邪神
Lv :2010 状態:普通
HP:37377 MP:17431
レベルが大きく上がっている。コレはリンク族を食べた時と同じ現象で、人間を大量に殺したからだろう。何故か人的な種族を倒した方が、高レベルの魔物を倒すよりも遥かにレベルが上がりやすいんだよね。
理由は分からないけど、弱くて美味しくて経験値も美味いとか最高か。
あと、スキルの邪神のレベルがあがっている。1から2に。他はめぼしいのはないかな。魔法でテラクェールが増えているくらい。
スキル的にはあまり変化ないけど、レベル的には久々の大量レベルアップである。ここまで来たらもう無敵なんじゃね。洞窟で出会ったあの偉そうなおじさんにも勝てるんじゃね。そんな気がして来た。
いや、冗談だ。アレに勝つにはきっとまだまだ修行がいる。
「さぁ、皆さま。ここからは馬車での移動になりますので、こちらの馬車にお乗りください」
しばらく進んだところで、お姫様が停められていた馬車を指さして乗るように促して来た。どうやらここからは足ではなく、馬車での移動となるらしい。
馬車は、なんていうか派手さのない地味な物だった。お姫様の馬車ってピンク色でド派手な感じのイメージがあるけど、それは私の先入観による勘違いで実際なこんなもん。それでも扉が開かれると中は豪華で、ふかふかのクッションが用意されている。
その馬車の扉を開いてくれた兵士の手が震えている。ここはさっさと乗り込んであげた方が良さそうだ。
「あ、あの、私とアルメラはさすがに……わっ」
馬車に乗り込んだ私に付いてこず、遠慮しているのか乗ろうとしない姉妹に向かって私は触手を伸ばした。そして2人まとめて触手で持ち上げて馬車の中へと引き込み、イスに座らせる。
「はぁー……疲れた」
リーリアちゃんはイスに座るなり、座るだけではしんどいのか倒れるようにして横になってしまった。毒のせいでかなり疲れているっぽい。歩くのもしんどそうだったから、好きにさせておこう。
「出発してください」
お姫様も同じ馬車に乗り込んで上品な所作でイスに座ると、お姫様の合図で馬車が進みだした。
寝転がるリーリアちゃんにも、小汚い格好の姉妹が馬車に乗り込む事にもお姫様は何も言って来ない。
お姫様の事だから、「なんてはしたないっ」とか、「小汚い平民を私の馬車に乗せないでくださる?」とか言ってきそうだと思ったけど、コレも私の先入観による物なのでそんな事にはならなかった。
ただ、私と対面上に座るお姫様の笑顔がやはり怖い。フードを深くかぶって顔を見ないように、そして見られないようにしよう……。
「よろしければなのですが……貴女のお名前をお聞かせ願えませんでしょうか」
そこへそう尋ねられた。さすがに相手に名乗ってもらってこちらが名乗らないのは失礼だろう。
「……アリス」
「アリス様……!なんて素晴らしいお名前なのでしょう!まさに、まさしく!貴女様に相応しきお名前ですわ!」
「っ!」
名乗っただけでお姫様のテンションがあがってしまった。また手を取られて顔を下から覗かれる。
これ、やめてほしい。本当に恥ずかしくて心臓に悪い。
「そちらの、リンク族のお方は?」
「……」
「……リーリア」
「リーリア様。そちらの可愛らしい少女たちは?」
「か、カヤック村の、フェイメラ・リングレイシアです。こちらは私の妹のアルメラといいます」
リーリアちゃんは、寝転がったままどうでもよさそうにしたままなので私が答えた。というか、言葉が通じてないのか。
姉妹は礼儀正しく狭い馬車の中でお姫様に向かって頭をさげて自己紹介。
私に対してやってきたテンション高めの恥ずかしい行為は、彼女達にはしなかった。差別だよ。
「なるほど。丁度良いのでカヤック村の状況をお教え願えますか?」
「っ!」
お姫様の質問に、姉妹のお姉さん──フェイメラちゃんの肩がビクリと揺れた。そして目が泳ぎ始めて今にも泣きだしそうな表情となってしまう。
「……カヤック村は、この町から離れた場所にあります。アスラの軍勢の通り道にあり、自警団はいますがアスラの大軍勢の前ではあまりにも無力。この様子では恐らく皆殺し……運良く生きている者も捕まり、男も女も関係なく、それどころかこのようなか弱き少女たちにまで暴力をふるおうとした。と言った所でしょうか」
フェイメラちゃんの反応を見ただけで、お姫様は状況を察したようだ。喋れないフェイメラちゃんの代わりに、尋ねる形に変更した。
「そ、その通りです。お父さんもお母さんもっ……」
「お姉ちゃん……?」
フェイメラちゃんは最後まで言わず、アルメラちゃんを抱き締めた。
たぶん、フェイメラちゃんは見てしまったのだ。でもアルメラちゃんは不安げにしているだけで、反応から察するに恐らくこちらは見ていない。或いは幼くて意味が理解できていないだけか……なんにしろ、2人の両親はもうこの世にいない。村丸ごと虐殺みたいなめにあってしまったので、知り合いもいない。だから私なんかに付いて来た。
「辛く、悲しいですわよね。私も国民の少女が打ちひしがれる姿を見るのは断腸の思いです。ですがこの国は、アリス様に救われて蘇ります。蘇るためにはフェイメラやアルメラが必要なのです」
「私達が、必要……?」
「ええ。だからどうか、どんなに辛くても前を向いてください。それがアスラによって蹂躙され殺された者の無念を晴らす事に繋がると同時に、デサリットを見捨てた者や蹂躙した者達へのせめてものやり返しとなるのです」
お姫様はそう言いながら、フェイメラちゃんに向かって手を伸ばす。フェイメラちゃんはその手をしばし見つめながら涙を流し、そして掴んだ。
「……」
誰かに必要とされるのは、嬉しい事だろう。それが自分の国のお姫様となればなおさらだ。
このお姫様は、頭が良い。私にはこんなに器用に誰かに生きる希望をもたらす事はできないから。
嫉妬って訳じゃないけど、ちょっとだけ羨ましい。私も彼女のように器用だったら、リーリアちゃんに恨まれるような事もなかった気がしてね。でもうちはうち、よそはよそだ。