蹂躙する者と、蹂躙される者
リーリアちゃんは私を殺すための力を求めている。ラネアトさんを殺した、憎き私を殺すための力だ。
私と旅をする事により、リーリアちゃんは強くなった。でもその力はまだまだ私には及ばない。私を超えるための力が今すぐ手に入るとしたら、リーリアちゃんはついていってしまうのだろうか。
それは嫌だな。私は心がチクチクと痛むのを感じながらも、2人の間に入る事ができない。入る勇気がない。リーリアちゃんに拒絶されるのが怖いのだ。
「……その力っていうのは、どれくらいの?」
「それはそれは素晴らしい力です!私は元はしがない料理店のオーナーだったのですが、ある日神の声を聞き神に心を捧げる事で力を手に入れたのです!この力で、神に仇名す敵を数多く殺して来た!誰も私には敵わない!神に心を捧げる限り、力は無限に溢れ出る!神に忠誠を誓えば貴女にもこの力が与えられるでしょう!」
「力が、手に入る……」
「その通りです。共に神に忠誠を捧げ、神のために働きましょう」
神父が優し気にそう言い、リーリアちゃんに近づいて手を差し伸べた。
確かに力は魅力的だ。私も洞窟でたった1人で彷徨っていた時、もし目の前に力をくれる人がいたら迷わずその手を取っていただろう。
でもダメなんだよ。その力は、絶対に何かヤバイ物だ。私には分かる。
でもリーリアちゃんが望むなら、私にはそれを止める資格がない。そう言い聞かせ、今すぐにリーリアちゃんの下に駆け寄って神父からリーリアちゃんを遠ざけたい気持ちを引っ込ませる。
「……いいわね、力。ちょうど欲しい所だったの」
「では──!」
「でもあんた、ちょっと臭すぎるのよね。体臭的にも、話的にも。それに、あんたが信じる心の狭い神に忠誠を誓うとか、冗談じゃないわ。あんたについていくくらいなら、姉の仇の触手の魔物についていった方が百倍マシ」
「……そうですか。では、先ほどの不敬者と同じ目に合ってもいいと」
「ふ。私も同じ目に合わせるっていうの?勝手に誘っておいて、断られたら殺すとかイカれてるんじゃない?あんたが信じる神って、実はただの虐殺者とか」
「なんとでも言いなさい。残念です。まことに、残念です。貴女程の力を持つ者なら、きっと神も愛してくださるはずなのに……。ですが仕方ありません。貴女に、神の祝福があらんことを」
神父の手がリーリアちゃんに向かって伸びる。
私はリーリアちゃんが助けた姉妹を両手に抱えると、神父に向かって一直線に駆け寄った。神父が途中で私の気配に気づき、リーリアちゃんに伸ばした手を引っ込めて飛び退くと、私は神父と入れ替わってリーリアちゃんと神父の間に立つ。
「……?魔物が何の用だ?」
「リーリアに触らないで。臭いがリーリアにうつる」
「どういう意味かな?」
「貴方はとても臭い。リーリアに触れると言うなら、食べる」
「これは神の意思だ。神の意思は絶対であり、例えこの身が滅びようと私は神の意思に従う。だから君こそ邪魔をしないでくれ。いいね」
私はちゃんと、警告をした。その上でリーリアちゃんに手を伸ばそうとするのだから、容赦をする必要はない。
ま、元々容赦するつもりなんてないんだけど。この臭い、臭くて本当にイラつく。
周囲の人々にとって、それを目で追う事は難しかったはずだ。リーリアちゃんをどうしても殺そうとする彼に私の触手が襲い掛かり、一瞬にして半身を食べた。
そこで一旦間が開いたので、かろうじて残りの身体半分が残った彼の姿を見れた者がいるかもしれない。だけどもう一度触手が通ると彼は跡形もなく姿を消した。
彼は私の触手に飲まれ、私の栄養となったのだ。そしてやはり、クソ不味い。吐き出しそう。
でもスキル『怪力』を手に入れた。神の加護とかいうのは手に入らなかったけど、別にいらないかな。なんか気持ち悪いし。
「……今の人間、ちょっとおかしかった」
「分かるの?」
「ええ。なんかよく分からないけど、凄く嫌な感じ」
レベルでいえば、リーリアちゃんにとっての格上。そう感じるのは無理もないくらいの実力差だ。そういう勘は大切で、リーリアちゃんが成長してくれたみたいで私は嬉しい。
なにより、あの怪しい神父よりも私についていく方がマシだと言ってくれた。力ではなく、私を選んでくれたのだ。嬉しい。
だから私はリーリアちゃんの頭を撫でた。姉妹をリーリアちゃんの傍に置き、麻痺して動けない彼女の頭をなでなで。リーリアちゃんは受け入れるしかない。だって、麻痺して動けないから。
「……で、どうするのよ」
「何が」
「私は見ての通り、動けない。周りは怯える兵士。ここはこんな感じだけど、前線では未だに戦闘が続いてる。ここいら一帯の兵士を殺してやるだなんて言っておいて、このざまよ。情けないでしょ?自分一人じゃ何もできない私をあざ笑いなさい」
「別に、笑わない」
リーリアちゃんの選択は、姉妹を守る事。そのために戦い、出来る事はやった。子供が頑張ってここまでやったんだから、あとは保護者が受け継いでなんとかすればいいだけの事。笑う要素はどこにもない。
「……」
さて。リーリアちゃんの後を受け継ぐため、私はリーリアちゃんの頭を撫でるのをやめて未だに戦闘が続いている前線の方を見た。
町の守り手側の兵士は、やはり劣勢だ。赤い軍団に攻められて今にも壊滅してしまいそう。
そして私は天に向かって手を掲げる。掌に空気が集約して力が集中するのを感じ、そして魔法を発動させた。
「──テラブラッシュ」
前線の赤い鎧の兵士たちの後方の地面が隆起し、そこに巨大な岩石の手が現れる。岩石の手は出現と同時に複数の兵士を巻き込み、そして眼下の兵士たちを見下ろすように鎮座した。
突然の出来事にパニックになる兵士達。でもそれだけではない。もう1つ……2つと岩石の手が同じように出現し、彼らは戦闘を一時停止して岩石の手を見上げ、静まり返る。
先ほどまでは、圧倒的な兵力で敵を蹂躙していた。それが今、蹂躙される側になろうとしている。
私は天に掲げた手を、ゆっくりと振り下ろす。その動きに呼応するようにして、岩の手が振り下ろされた。
ただ呆然と見上げていた者は手によって押しつぶされ、潰されなかった者も巨大な岩石が降り注いだことによって隆起した地面や飛んできた岩の破片が直撃した事により、死ぬ。大きな地響きと、たちこめる土煙。一瞬にして何百……もしかしたら何千もの人の命が奪われた光景を前にした者達は、叫び声をあげる事もなくただただ静寂を貫き立ち尽くす──或いは、腰を抜かして地面に座り込む。
永遠に続くかと思われた静寂だけど、その静寂はすぐに終わりを告げた。
「ひっ──ひいいいぃぃぃ!」
私がその光景を作り出した事を知っている、私の周囲の赤い鎧の兵士たちが叫び声をあげながら逃げ出したのだ。1人が逃げ出すとそれはあっという間に伝染し、楽しそうに女性に暴力を振っていた者も、それ以外の者も武器をその場に放り出し、尻尾をまいて逃げ出す。
そんな恐慌のただ中に立ちながら、私はある事に気が付いた。習得魔法が一個増えている。
きっと大勢を一気に殺した事によって魔法の経験値が溜まったんだね。増えた魔法の名前は、『テラクェール』。私の知る限りでは、これが最後に覚える土魔法。つまりは最上位の土魔法と言う事になる。
出し惜しみするつもりもない。目の前にはまだまだ大勢の兵士が残っている。早速使ってみようか。