神父
リーリアちゃんの目つきが鋭くなる。突然の攻撃にも動じず、迫り来る大剣を見据えるその目は狩人の物と同じだ。
今この瞬間、兄弟はリーリアちゃんにとって狩りの対象となった。
「すぅ……」
リーリアちゃんが静かに息を吸うと、その息を止める。そして迫り来る大剣に向かい、それと比べてあまりにも細い刀を振りぬいた。
その一撃は空気の振動も感じさせない、ただ光が通り抜けただけのように見えるような一撃だった。そして大剣が、その一撃によって切り裂かれて真っ二つとなる。切り裂かれた刀身が宙を舞う。
それが切り裂かれる事なんてないように見える物が、リーリアちゃんの刀によって呆気なく、キレイに切り裂かれたのだ。
更にリーリアちゃんの一撃は斬撃を生み出し、大剣のその先にいた大剣の持ち主にも襲い掛かる。
先ほどは、リーリアちゃんの刀を防いだ彼の鎧。鎧には何かの力が宿っているのだと思う。でも今回はリーリアちゃんの攻撃を防ぐことが出来なかった。
リーリアちゃんが生み出した斬撃に添って鎧がパックリと割れると、その中から血が噴き出した。
「──光花新月」
え。なにそのカッコイイ技名。
ていうかいつの間にそんな技覚えたの。凄いよ、リーリアちゃん。
「ぶはっ……!」
巨体の持ち主である男は鎧ごと身体半分を切り裂かれ、その身体の中に入っていた物を噴き出し溢れ出させると背中から倒れて天を仰ぐ。
「見事……!」
そして最期にリーリアちゃんに賛辞の言葉を贈り、呆気なく死亡した。
「ふんっ」
「……」
巨体の弟を倒したリーリアちゃんが、鼻で笑いながら地面に突っ伏す兄に刀の切っ先を向けた。
弟が死んだことがショックなのだろうか。兄は黙って俯いたまま地面に突っ伏すだけで、リーリアちゃんと戦う気が失せたかのように見える。
すると本当に戦う気がない事を証明するかのように、両手をあげながら降参のポーズをとりながら上体を起こした。
リーリアちゃんはその姿に満足してしまったようだ。刀を構えるのをやめ、兄から興味を失ったように隙を作ってしまう。
その姿を見て兄が笑う。そして同時に、リーリアちゃんに向かって口の中に含んでいた物を霧状に吐き出した。
顔を伏せてリーリアちゃんから見えない所で、口に毒を含んでいたのだ。
「んなっ!?」
慌てて身を守ろうとするリーリアちゃんだけど、吸ってしまった。そして直後に変化が訪れる。足に力が入らないかのように、地面に片膝をついてしまう。息も苦しそうだ。
「リンク族のメスに毒をくらわした!そいつはしばらく動けねぇ!野郎ども、犯せ!欲望をぶつけてやれぇ!」
そう叫び終わると、兄が地面に倒れる。その目を血走らせたまま固まり、そして絶命した。
リーリアちゃんにかけた毒は、即効性のある毒だ。それも少量を吸っただけですぐに身体が動かなくなるような、かなり強力な。そんなものを口に含ませていたんだから、彼もただでは済まない。
彼は自分の命と引き換えに、リーリアちゃんに屈辱を与える事を選択したのだ。それは卑怯であるのと同時に、潔い。なんとしても目の前の敵を倒そうと言う気迫を感じる。でも死んだら何にもならないと思うのは私だけかな。
「はー……はー……」
片膝をついたリーリアちゃんの息が深くなっている。目の焦点も合っておらず、今にも倒れてしまいそう。
心配になってステータスを覗いたけど、HPは大丈夫。状態も麻痺とあるだけなので、命に別状はないはずだ。男とくらべ、くらった毒は僅かだからね。
「でぃ、ディール兄弟がやられた……」
「嘘だろ。……だが、あいつはもう動けないらしい」
「へ、へへ」
「なら、オレ達が後始末してやらねぇとな」
そんなリーリアちゃんに向かい、周囲の兵士達が歩み寄って来る。下卑た笑いを浮かべながら、兄弟が最期に託した想いを叶えようとしているのだ。
でも気持ち悪いよ。そんな想い、捨ててしまえ。
リーリアちゃんがこんなになってしまったし、仕方がない。ここは私が守ってあげよう。
「──……これくらい、平気よ!」
私が一歩踏み出すと、リーリアちゃんが叫んで立ち上がった。でもフラフラだ。明らかに無理をしている。
「こんな所で……こんな事で倒れてたら、いつまでたってもアイツに勝てやしない!だから──!」
私の方を見ながら、リーリアちゃんは胸の内をぶちまける。だけどやっぱり膝をついてしまい、フラフラだと言う事を周囲に誇示してしまう。
周囲の兵士達は一度は驚いて止めた足を、再びリーリアちゃんに向かって進み出す。
しかし突然響いた拍手により、兵士達の歩みが再び止まった。拍手の持ち主は兵士達が避けた事によって姿を現わし、そのままリーリアちゃんに向かって歩み寄って来る。
男はスキンヘッドでガタイのいいおじさんだ。やはり赤い服を身に纏っていて、でも他の兵士たちとはまた違う装いだ。どこか神父っぽい。
その姿を見て私は目を見張った。彼の容姿や服装はどうでもいい。だけど、彼の顔に刻まれた黒い紋章。アレには見覚えがある。
人の目のような印を囲むように、火がたちこめている。そして目にはトゲが突き刺さって何かが目を支配しているかのようなデザイン。
それは『アリスエデンの神殺し』の世界で、人が世界に生まれるのと同時に刻まれる紋章。神によって心を支配されている事を意味する神への従属の証だ。
「素晴らしい!まさかディール兄弟を倒す者が現れるとは……コレも神のお導きか。皆の者よく聞け。この娘には力がある。神に仕えるに相応しき力だ。彼女を穢すなどもったいない。国に持ち帰り、神の素晴らしさを教えて仲間に迎え入れようではないか」
「……何勝手な事を言ってやがる、おっさん。コイツはここで犯す!」
「待ちたまえ。コレは神の意思だ」
「神だかなんだか知らねぇよ。やらねぇならすっこんでろ、不能ジジイ!」
「──……反逆者めっ」
神父の言葉を聞かず、一人の兵士がリーリアちゃんに近づこうとする。そんな彼の頭を、神父が片手で掴んで止めた。
「はっ、がっ……!」
男の身体が地面からうく。男は神父程ではないにしても大柄の上に鎧を身に纏っているので、相当重いはず。それを片手で持ち上げているんだからタダごとではない。
ま、人間目線でだけど。
「ああ、神よ!神に忠誠を誓うと決めた我がアスラ神仰国に、このように不敬で罰当たりなゴミにも劣る者が混じっていた事をお赦しください!そしてどうか、神を侮辱した者に罰を!罰をお与えくださいいいいぃぃぃ!」
天を仰ぎながら、神父が叫ぶ。その目には涙が浮かんでおり、彼のその姿は狂気をはらんでいる。
「ぐがっ、ぎゃあああぁぁぁぁ──!」
神父に頭を握られている男の叫びが増した。そして何かが弾ける音がするのと同時に叫び声が消え、男の身体が神父の手から解放されて地面に落ちた。
彼の頭は潰れてなくなり、死んでいた。神父が頭を握りつぶしたのだ。まるで、トマトでも潰すかのようにいとも簡単に。
「……神が与えた罰により、この者は死んだ。他に神に逆らう者は?」
顔についた血と涙を拭いながら、神父が周辺の兵士に尋ねる。兵士たちは新たに登場した異常な力を持つ者に恐怖し、その場を動こうとする者はいなかった。
何が、神が与えた罰だ。ただ自分で握りつぶしただけじゃないか。
彼に向かってそう言う勇気がある者は、兵士たちの中にはいない。
「よろしい。では、行こうかお嬢さん。大丈夫。神は貴女の味方だ」
リーリアちゃんに手を差し伸べる神父。私はその間にアナライズによって神父のステータスを覗き見て、やはりおかしな事になっていた。
名前:サグベル・ジンクス 種族:人間
Lv :802 状態:精神支配
HP:10200 MP:0
『サグベル・ジンクスス』習得スキル一覧
・言語理解:人語
・言語理解:竜語
・言語理解:魔族語
・神の加護
・怪力Lv3
種族こそ人間で、神の使いとなっていた弓の子とは違う。状態も、精神崩壊ではなく精神支配だ。ただ、レベルが高すぎる。先ほどの兄弟よりも、リーリアちゃんよりも高い。
スキルは少ないけどこんな物がある。
『神の加護』
全ての身体能力が上昇すると共に痛みと魔法に対して耐性を得る。神の声が聞こえる。
明らかに、神様関係のお方だ。神様関係てなんだって話だけど、でもそうとしか言いようがない。
「……何を言ってるか分からないけど、あんた頭イカれてるの?」
近づく神父に向かってリーリアちゃんがそう言い放った。
「おっと、失礼した。リンク族は人語が話せないのだったね。ええとリンク族は……竜語を話すのだったかな。……私と共に来るのだ。これで通じたかな」
「……」
敵対的な目つきのリーリアちゃんに対し、神父はあくまでニコニコと笑顔を絶やさずにリーリアちゃんに話しかける。
彼とリーリアちゃんの会話を聞いて気づいたけど、リーリアちゃんはどうやら人語が分かっていなかったようだ。今神父が竜語に切り替えて話している訳だけど、スキルの言語理解によって両方の言葉が理解できる私には、あまりにも自然に頭に入って来るものだから失念していた。でも注意して聞けば分かるって感じ。
「悪いけど、知らないおじさんについていくなって言われてるの。断らせてもらうわ」
リーリアちゃんは先ほど受けた毒により、最早立ち上がる事も出来ない。額に汗を浮かばせ、それでも刀を震える手で握ったまま神父を睨みつけた上で強い口調で返す。
「これは失礼を……。私の名は、ザグベル・ジンクス。アスラ神仰国で神に仕える神職を務めております」
「名前を知った所で、おとなしくついていく訳じゃない。味方を殺してどういうつもり?」
「彼は神を冒涜した異端の者……。死が降り注ぐのは当然の事です」
「はっ。随分と心の狭い神がいたものね」
「ご安心ください。神は力ある者を望んでいる。力ある者に対し神は寛大で、愛をくださる。神が求める力を持つ者よ。私についてくるのだ」
「ついてこいついてこいって、気持ち悪い……!」
「気分を害したのなら謝ります。ですが私についてくれば貴女にとってのメリットもあるはずです」
「何よ。金でもくれるっていうの?」
「──力です。力を授けます」
示されたメリットに、リーリアちゃんの眉が動いて反応した。




