無茶振り
依然として、私達がいるこの場では人間同士の戦闘が行われている。
でもそんな中で、異変がおきた。優勢な赤い鎧の兵士たちが、いっぺんに十数名が死んだ。
それは、戦場の後方での出来事である。女性に暴力をふるうくらい暇な男達の集まりで、その隙をつかれた形だ。
「……ふんっ」
刀を鞘に納めつつ、リーリアちゃんが鼻で笑った。
その笑いは今リーリアちゃんが殺した兵士たちに向けられた笑いだ。彼らへの蔑みがその笑いにはこめられている。
彼らは欲望に敗け、欲望のままに行動していた。戦場という異様な空気がそうさせたのかもしれない。だけど、欲望に敗けた者には時として天罰がくだる。彼らの行動がたまたまリーリアちゃんの逆鱗に触れる物で、だから殺されてしまった。
元々醜くて生きていても仕方がないくらいの姿で、殺されても文句は言えないと思う。でも今回は本当に運がなかったね。少しだけだけど、同情するよ。
「あ、ありがとう、ございます……。貴女は……?」
先ほどまでの恐怖が抜けきっていないのか、リーリアちゃんに助けられた人間の女の子の身体は震えている。姉妹共にだ。
その姉妹のお姉さんの方が、震えながら妹ちゃんを抱き締めつつリーリアちゃんにお礼の言葉を述べた。
「……」
お礼を言われたと言うのに、リーリアちゃんは頭をかいてそっぽ向いてしまった。
完全に照れている。分かりやすくて可愛い。
「──リーリア」
「何も言わないで。私はただ、子供を虐待するこのゲスどもが許せなかっただけだから。だから、殺しただけ。それ以上でも、それ以下でもないから」
ただリーリアちゃんの名前を呼んだだけで、リーリアちゃんがそんな言い訳をしてきた。
別に私は子供を助けた理由を尋ねようとした訳ではない。大勢の兵士たちに囲まれそうなこの状況を相談しようとしただけだ。
「おい、てめぇら何してやがる!」
ほら。私を追って来た兵士と、突然死んだ兵士に気づいた周囲の赤い鎧の人たちが、私達を囲んで来た。
「ひっ」
一旦は救われたと思った姉妹が、再び訪れようとする絶望を感じて短く悲鳴を上げた。
「どうする、リーリア」
逃げるのは簡単だ。いくら大勢で私達を囲んできても、雑魚の集まりだから。
でもその場合、今せっかく助けた姉妹や他の女性たちを見捨てる事になる。
別に私はそれでもいい。彼女達に恩がある訳でもないし、知り合いでもなんでもないから。
「どうするって……何で私に聞くのよ」
「リーリアが招いた事態。だから、リーリアが決めて」
「っ……!今までは喋らずに黙って私に指示してくれたのに、喋れるようになった途端に私の自主性を尊重するって訳?」
「……」
意識して彼女の意見を聞き出そうとしていた訳ではないけど、ふてくされたようにリーリアちゃんに言われて確かになと思った。思っただけで、どうでもいいけど。
「分かったわよ、私が決めればいいんでしょ」
リーリアちゃんがそう言って、震える姉妹の方を見た。
それから再び刀を鞘から抜いて構える。
「……ここまでやっちゃったんだし、やるわよ。ここいら一帯のこの赤い鎧の連中、全員殺してやる」
「そう。それじゃあ、頑張って」
「あんたはどうするつもりよ」
「見ている。全部リーリアちゃんが一人で始めて、一人で決めた事。だから私が関わる必要はない。でも、あの子達は私が守る。だから思う存分暴れて自分のやりたいようにして」
「一人で乗り越えろって事ね。了解。あんたの無茶振りにはなれてるわ」
リーリアちゃんはそう言って、赤い鎧の兵士たちの方へと突っ込んで行った。
確かに私はリーリアちゃんによく無茶振りをする。あの魔物を倒して見せろと、魔物の目の前に放り出す事もあった。
でも私は彼女が勝てると思う相手にしかそんな事をしない。私の目には対象のレベルが映るからね。それを参照にしているので、リーリアちゃんは安全にレベル上げにいそしむ事が出来る。
むしろ、感謝してもらいたいくらいだよ。そんな無茶振りだなんて言い方、よくないと思います。
「──へぐっ!?」
私の後方で、男がおかしな声をあげてその半身を跡形もなく吹き飛ばした。しかし残った半身も一瞬にして消え去ってしまう。
私に背後から襲い掛かろうとしていた赤い鎧を身にまとった男は、一瞬にして私の触手によって食べられてしまった。味はそこそこ美味しい。
更に、私がリーリアちゃんに守ると約束した姉妹にも男達の手が伸びる。けど彼らも一瞬にしてその姿を消した。私の触手の餌食である。
「っ……!」
自分たちに襲い掛かろうとした男達が、目の前で一瞬にして私に食べられる。そのシーンを目の当たりにした姉妹が、私に対して畏怖の念を抱いて震えだす。
いや確かに怖いよね。私のような人ではない魔物が、目の前で人間に対して圧倒的な力をふるっているんだから。もしかしたら、自分も食べられてしまうのではという考えに至るのは当然だ。
「な、なんだコイツ……!」
「魔物なんかが、なんでこんなガキどもを守ってんだよ……!」
「落ち着け!相手はた、ただの魔物だ!落ち着いて、囲んで──」
「ひぃぃ!」
周囲に向かって指示を飛ばそうとしていた男の首がなくなった。
面倒なので、指示系統から崩壊させてもらう。するとあら不思議。私に下手に攻撃をしかける者があっという間にいなくなった。腰を抜かす者。逃げ出す者。様々である。
そんな者達をランダムにつまみ食いしながらリーリアちゃんの方を見る。と、あちらも派手にやっていた。
「はああぁぁぁ!」
赤い刀身が真っすぐに抜けると、数名の首が吹っ飛んだ。
順調に、赤い鎧の軍団の数を減らしている。しかし私と比べると力の示し方が下手で、リーリアちゃんの周囲の男達の士気は衰えていない。
「おとなしくしろ、リンク族のメスガキがぁ!」
「くっ……!」
と言うのも、実力差は明らかなのに相手の数が多すぎて、剣と剣が交わる機会が多いのだ。一人と剣が交わうと、隙が生まれてしまう。その隙を突かれて攻撃されるけど、どうにかその攻撃を回避して剣を押し戻し、目の前の男達を斬りつける。
まさに、ギリギリの戦いである。
最初に一瞬にして男達を殲滅させた彼女の刀は、隙を突いたうえで全速力で駆け抜ける事によってなしえた技である。勿論周囲の男達とはレベル差があるので、リーリアちゃんの方がパワーもスピードも上だ。けど、パワーもスピードもいつまでも全力で戦うという訳にはいかない。今彼女を囲っているのは、数百もの大群だ。それを踏まえてペースを考えて戦っているので、実力が拮抗しているように見えてしまう。だから男達も諦めない。
「メスガキ、ぜってぇに犯してやる!!」
あと、リーリアちゃんが美人さんなのも影響してるね。男達の目が血走って興奮しているように見えるのは、そう言う事だ。
「ああ、もう……鬱陶しいのよこのゴミども!シャイニングスラッシュ!」
その状況にシビレをきらしたリーリアちゃんが、技を放った。いくつもの閃光が一瞬にしてリーリアちゃんの周囲を通り抜け、そして男達が斬り刻まれる。
「なっ……」
それにはさすがに、リーリアちゃんに群がっていた男達が怯んでその足が止まった。
それでも周囲の男達とは別格の男が2人、リーリアちゃんを見つめていて、その2人が足を止めた兵士たちの間を縫うようにしてリーリアちゃんに歩み寄って来た。




